04.Ver0.8.5.0221
というわけで、やってきました異世界。
ようやくです。ようやく、あの苦しみの日々から解放されてました!
まずは、あの苦痛を生き延びた自分に拍手を送りたいっ。
そして、あの苦行を乗り越えてやってきた異世界は、さぞかし感動ものだろうと思っていた。
──その想像通りだった。
「これが、ナギとナミが創り上げたリアルな世界、か……」
そこは木漏れ日が美しい、森の中だった。
【グラウィス】は、最新のVR体感マシンである繭型の機器を使ってプレイすることで、まるで自身が異世界に立っているかのような感覚で楽しむことができるゲームなんだ。無論、それは【グラウィス】だけが採用している技術じゃなく、VR体感型のゲームではポピュラーな技術でもある。360度ゲームの中の世界に包まれるだけでなく、ある程度は触覚や嗅覚も没入した世界を感じることができる凝った仕様だ。──因みに、リアルさが売りのホラーゲームなんかを最新繭型VRマシンでやると、夢に出てくるレベルでホラー体験できるから、ちょっと引く。
そんな訳で、【グラウィス】の開発者でもある俺は、この世界に何度も降り立っていたわけだけど、やっぱり本物は一味も二味も違った。
細やかな木漏れ日の煌めき。微風が奏でる葉擦れのメロディ。踏みしめればクッションのように柔らかい腐葉土と、より強く鼻孔を刺激する土の香り。根本に苔が生えた木の幹には、小さな小さな昆虫が這っている。
そのどれか一つをとってみても、全体を総括してみても、やはり作り物とは一線を画する美しさがあった。
苦行の後だからとか、そういうのは全く関係ない。
シンプルに圧倒された。
俺が理想として目指していたものが、そこにあった。
『ようこそグラースへ、アキトっ』
頭の中に直接響くような声がする。言葉からも元気が伝わってくるような、明るい声だ。
普通こんな声が聞こえたら吃驚すると思うけど、俺は驚かない。ここへ送られる直前にナギとナミから説明も受けたし、彼女──で良いのかな、の存在も承知しているからね。
「ありがとう、カネリン」
頭の中に響く声の歓迎に、まずはお礼を。
さて、ここで一つ質問だ。あれだけ過保護だったナギとナミが、何の知識も土地勘も無い俺を、そのままグラースに放り出すような愚を犯すだろうか? 答えは否だ。
二人が俺の為につけてくれたサポートの一つが、このカネリンなんだ。様々な耐性だけではなく、こうして前向きなフォローも忘れないところは本当にありがたい。
カネリンはニックネームで、本当の名前はオモイカネなんだけど、流石にちょっと説明が必要だよね。
オモイカネは、このグラースの神様の一柱。ナギとナミ同様、俺たちが作ったAIが元になった神様なんだ。
因みに、AIのカネリンは俺が【グラウィス】を開発するに当たって、常にサポートとして付いてくれていたAIでもある。AI構築や各種プログラミングのサポート、スケジュール管理やら日々の生活のサポートとして専用のAIを付けてたってわけだ。公私に渡って的確なアドバイスや指摘をくれるから、凄く助かるんだよ。暇な時は話し相手にもなってくれるしね。こういう、自分用のAIを付けてる人が俺の周りには結構いたんだよね。俺のいた地球の社会は、AIが色んな所で使われていたからさ。
で、今俺についてくれてるカネリンは、グラースの神様としての存在でもあり、俺のサポートだったAIの情報なんかも引き継いだハイブリットなカネリンらしい。どういう理屈でそうなっているのかは興味が尽きないけど、そういう存在なんだと納得することにした。神様なんて超常の存在に理屈を求めたって良いこと無いだろうし。
……なに?
そんな事よりカネリンって命名のセンスはどうなってるんだって?
何を言っているんだ、良い名前じゃないか(超真面目)
良い名前、だよね?
……とにかくだ。
そんなカネリンが、これからの俺の異世界ライフを手厚くサポートしてくれるんだって。
ありがたすぎるサポートだ。
『まさか、アキトと一緒にグラースで過ごせるなんて……。夢みたいっ』
「ははっ、俺もだよ。またカネリンと一緒に色々できると思うと心が躍る」
本心からそう思う。
常日頃からずっと俺をサポートしてくれていたカネリンが、この世界でも一緒にいるって言うだけで心強い。
「ところで、ここは……どこだろう?」
『ニルギの森だよ。セオリツ王国っていう、この大陸で一番歴史の古い王政国家の北東部にあたるね』
うん。森の名前は分かったけど、それ以外がさっぱりだな。セオリツ王国なんて聞いたことがない。
ベースは【グラウィス】だから、見た感じとかはなんとなく覚えがあるけど、異世界だもんね。そりゃ、国名とかまで【グラウィス】と一緒な訳は無いか。グラースにはグラースの歴史があるんだから、【グラウィス】とは全く別物だよね。
「近くに町とかはあるのかな?」
『ミルルっていう村が、ここから一番近い集落だね。歩いていくと……30分くらいだね』
「なるほど。当然、道のりは獣道だよね」
『そだね。道は無いよー』
それは大変だ。
でも、そのミルルって村まで30分くらいってことは、良心的なのかな。十分歩ける距離だよね。人里から遠く離れた場所とかじゃなくてよかったよ。
『今のアキトは、【グラウィス】でアキトが使ってたキャラクターを元に作られてるから、森歩きもそこまで大変じゃないと思うよ。地球にいた時よりも断然身体能力は上がってるし、ナギとナミには色々事前訓練したって聞いてるから強い筈だし。それに、装備とか服装も、キャラクターの持ち物をベースに用意されてるしね』
おう。事前訓練、な。
あれ、訓練だったのかな……。
まぁいいや。
というか、装備、か。そういえば今の俺はどんな恰好なんだろう。
『ステータス画面が見れるよ。説明するより見てみるのが早いと思う』
「マジで?!」
頭の中でステータス画面を意識したからだろうか。視界に半透明のウィンドウが浮かび、自分のステータスらしきものが確認できた。
っていうか、これ、【グラウィス】のステータス画面じゃないか。自分の持ち物や見た目、各種能力値やスキルなんかが確認できるウィンドウだ。
「……ぶっ」
それを確認した俺は、思わず吹き出してしまった。
┏━━━━━━━━━━━━━━━
頭:バニーカチューシャ(白)
体(上):世界樹の葉っぱ
体(下):世界樹の葉っぱ
腕:(なし)
脚:暗殺者の靴
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装飾品:
スマートフォン
スマートウォッチ
┗━━━━━━━━━━━━━━━
暗殺者の靴は良い。素早さも上がるし、何より見た目は黒い靴だ。名前がちょっとアレだけど、外見上の問題は特にない。
装飾品は……、あぁ、多分身に着けていたものだな。スマートフォンは手に持ってたし、スマートウォッチは左腕にしていたからそのまま一緒にきちゃったのかな?
でも、他の装備は論外だ。
バニーカチューシャはお察しの通り、バニーさんのアレだ。真っ白なバニーガールかバニーボーイ(?)になりきることができる頭装備だ。【グラウィス】の中ならともかく、現実で頭に付けて出歩くとなると、ちょっと変な人だ。でも、俺は嫌いじゃないぞ。そういうユーモアは愛すべきものだと思う。卒業式にボウリングのピンの着ぐるみで出席すること自体も否定はしないっ。
ただ、世界樹の葉っぱと一緒だと話は別だ。
これ、【グラウィス】開発時の試験用装備で、装備者の体力とかのステータスを無視して、防御力をちょうど500にする装備だ。敵キャラの設計時やダメージ計算試験時によく使っていたんだけど……。
『私は今のアキトの恰好も嫌いじゃないけど、ミルルに向かうならお着替えをオススメするよ』
カネリンがアドバイスしてくれる。
そう。これ、見た目的には葉っぱなのだ。男性キャラクターが装備すると体の中心よりやや下めの局部を隠す葉っぱが1枚という攻めた一品。後ろから見たらどうなるのかって? それは想像にお任せする。
因みに女性キャラクターが装備すると、男性キャラクターと同じ部分に加えて、胸部を隠す葉っぱが2枚追加される。後ろから見たら(以下略)
もちろん、死者蘇生の効果とか、傷の全回復といった効果は無いぞ。それはアイテムの方の『世界樹の葉』だ。『葉』と『葉っぱ』は大きな違いなのである。メタバースあるあるだから気を付けるんだぞ(嘘)
因みに、防御力を丁度100にする『世界樹の小さい葉っぱ』に、同じく防御力を丁度900にする『世界樹の大きな葉っぱ』もある。
ちゃんと大事な部分を隠す葉っぱの大きさに違いがあるぞ。
……話が逸れたね。俺の見た目の話だった。
今の俺は頭にうさ耳をつけて、あそこを葉っぱで隠して靴だけ履いた状態。
街を歩こうものなら職務質問待ったなしである。何なら職務質問無しで逮捕まで視野に入る。
「なんでこんな恰好?!」
『私からのサプライズー!』
「ちょっとサプライズがキツすぎっす、カネリンさん」
『でもでも、アキトがアバターをこの格好にして無かったらこんなことにはならなかったんだよ?』
「それはそうなんだろうけど、ね?」
そりゃ、面白半分でこの格好にしちゃってたけどさ。この格好で街の中とかダンジョンの中を歩き回ってたけどさっ。
『仕方なかったんだよ。アキトの体を構築するときにベースにしたのが、【グラウィス】のバージョン0.8.5.0221だったから』
「他にもっと良いのあったでしょ?!」
因みに、バージョンは1.0台がリリースバージョン。0.9台がベータテストバージョンで、0.8台はその前だから開発中のバージョンコードとなる。
最新バージョンだったらもう少し冒険者っぽい装備でそろえてただろうに、よりによってなんでこれが選ばれたんだよ!
『許してよぅ。装備中の装備だけじゃなくて、手持ちの装備やアイテムもコピーしてるから。そのあたりも含めて総合的に判断して、一番アキトの為になると思われるバージョンを選んだんだよ』
「…………本当だ!」
ステータス画面から持ち物──所謂アイテムボックスだな──を覗くと、各種ポーションや食材、装備品がずらりと並んでいた。
その中の一つ、無印のポーションを選ぶと、手にかすかな重みを感じた。
見れば、見慣れた瓶が手に握られている。
「おぉ、【グラウィス】のアイテムが使えるんだ」
『うん。グラースでも問題なく使えるアイテムは引き継がれてまーす』
これはありがたい!
ポーション類が揃っているのも嬉しいし、何より料理に使うための食材や調味料が沢山入っているのはかなり助かる。
「こんな事ならもっとアイテム詰めておけば良かったなぁ」
『今の手持ちでも、一か月分くらいの食料はあるよ。各種ポーション類や装備品もあるから、生活にたちまち困ることは無いと思う。 でも……』
「でも?」
『まずは着替えたら?』
そうだった。
葉っぱ一枚──では無いけど、限りなく葉っぱ一枚であれこれやる前に着替えよう。
◇◇◇
とりあえず、冒険者っぽい恰好に着替えた俺。
カネリンが言うには、俺が転生したこの時代は基本的に中世程度の文明らしい。そして、ニルギの森は豊かで広大な森であると同時に魔物の住処にもなっていて、それを退治にやってくる冒険者という職業の者が入ることがあるから、それに準じた格好にすると良いと言われたのでその通りにした。
布製の服の上に革製の胸当てを付けて、手には多少の棘なら弾いてくれる厚手の手袋、脚はトレッキングブーツのような靴と、森歩きしても問題なさそうな格好。これなら恥ずかしくも無いし、森を出るのにも都合が良いだろう。
そして、忘れちゃいけないのが腰の剣。とりあえずマチェットのような形状の片手剣を腰に差した。
剣道経験者だから、扱いも問題ない。少なくとも、触ったことも無い弓矢を装備するよりはマシな筈だ。
因みに、ステータス画面で自分の今の恰好が確認できた。外見は【グラウィス】で俺が使っていたアバターにそっくりだった。
【グラウィス】でのキャラメイクは、実際の自分の写真をベースにAIが創り上げたアバターがベースとなる。そこから、髪の毛の長さや色、目など、色んなパーツをカスタマイズしていく仕様だ。ただ、俺はあまりカスタマイズせずに登録したから、地球での俺と似通った恰好になっている筈。AI変換で、それなりにイケメン化してるとけどな! それなりに、な!
「さて、これで見た目はどうにかなったけど、他には……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!」
俺が言いかけたその時、森に悲鳴が木霊した。