03.しかし、転生も簡単じゃない
思い返せば子供の頃からAIを作るためだけに生きてきたような気がする。
子供ながらに無理を言ってパソコンを買ってもらったことは、今でもはっきりと覚えている。AIを作るにあたって、パソコンが無いと何もできないからだ。
そこからは水を得た魚のごとく、調べまくったなぁ。AIに関する説明サイトや動画も見漁ったし、色んなAIアプリを動かしてみたりもした。それでも飽き足らず、プログラミング言語を自分で勉強して既存AIをカスタマイズしていったりした。最終的には学術誌や論文を読み漁って、AIを自作するに至った。その過程で培ったスキルでバイトをしてお金を稼ぎながら、開発環境も整えていった。そんなガキだったから、学校では少々どころか、かなり浮いてたと思う。
高校からはAIの開発だけじゃなく剣道も始めた。始めた理由は単純で、AI研究で先進的な大学が剣道でならスポーツ推薦を取っていたからだ。AI関連の技術やスキルはともかく、学校の勉強、特に受験勉強が苦手で、しかも成績がなかなか上がらなかったから、勉強以外の手段で大学に行けるならそれに賭けてみるのも悪くないと思ったんだ。
結局、剣道と学問の両面から総合的に判断されて推薦枠を勝ち取ることが出来た。もやしっ子かなと思っていた俺は、なかなかどうして剣道の才能もあったようで、それなりの成績を残すことができたのが幸いだった。過程はどうあれ、何とかその大学に合格した俺は、AI研究に没頭した。そこで知り合ったのが、【グラウィス】の開発メンバーだ。俺がライフワークとして作っていた自作のAIをベースに研究を重ねて、みんなで試行錯誤しながら創り上げていったのが【グラウィス】の元になったAIが様々な管理を行うメタバースだ。
開発メンバのリーダ格であり、親友でもある一輝の一声でベンチャーを立ち上げて、更に開発を重ねて【グラウィス】が出来上がった。
それが今や、神様なる存在の目に留まって、一つの世界として構築されたというのだから驚きだ。
そこへ行けるなら、行かない理由は無いでしょ。
てなわけで、転生? を承諾したわけだけど、何故か、目の前のナギとナミの表情が少し硬くなった。
「転生するに関して、アキトにふさわしい器……というか体は用意してるんだ」
「……最高傑作だよ」
そう言い切って胸を張るナミ。だけど、二人の表情はまだ硬いままだ。
「でもね、多分、痛いんだ」
「……アキトの意識を体に馴染ませるのが、ちょっと大変」
「お、おう、そうなんだ」
痛いと聞くと、ちょっと尻込みしてしまう。
──でも。
「良いよそのくらい」
「本当?」
「……想像を絶するくらい痛いと思うよ?」
おう。なんか念押しされると更に尻込みしてしまうな。でも、やっぱり答えは変わらない。
「ナギとナミは、それでも良かれと思って転生を勧めてくれたんだろ? だったら、断る理由は無いさ」
「アキト……、ありがとう」
「……絶対、損はさせないから」
俺たちはそうして、また笑いあった。
◇◇◇
いや、まぁね、俺もちょっと恰好付けたところがあったかも知れない。
自分が作ったAIと対面で話ができて、本当に舞い上がっていたんだと思う。
想像を絶するくらい痛いという、ナミの言葉を軽視した俺も悪かったんだと思う。
……本当に痛かった。
痛いなんて表現じゃ済まされないくらい痛かった。
まぁ、ナギとナミが献身的に介護というか、調整したり様子を見てくれたりしたから死にはしなかったけど、俺の体感的には何度も死の淵を彷徨ったんじゃないかと思っている。
ナギとナミはアストラル体って呼んでたけど、魂?みたいなものは、地球の俺がベースになっているんだそうだ。これが、俺自身の感情なんかを司るらしいんだけど、これが大きく変わると人格が変わっちゃうらしいんだ。だから、アストラル体は地球の俺から持ってきたそうだ。地球から持ってきたそれは、地球の俺の肉体に最適化された状態らしくて、新しい肉体に適応させるには再構築が必要なんだと。
何言ってるのかさっぱり分からないだろ? 安心してくれ、俺も分からん。
他にもエーテルがどうとか言ってたけど、もうイミフ過ぎて俺の理解を超えていたから、説明もできない。
とにかく、そのアストラル体の再構築っていうのが本当に苦行で、痛いなんて言葉では表現できないくらい痛いんだ。滅茶苦茶痛いんだ。語彙力が酷いけど、とにかく痛いんだ。
しかも、痛い場所が良く分からない! そうだな、腕が痛いときは腕が六本くらい痛むんだよ。腕は二本しか無いにも関わらず。意味が分からなかった。ナギ曰く、それがアストラル体らしいんだけど、マジで意味が分からない。
痛いのは肉体的なものだけじゃ無かった。寝ているときも、頭の中が掻き毟られるような痛みがするし、呼吸をするたびに胸が裂けるんじゃないかとも思った。
多分、地球であんな拷問を受けていたら一時間もしないうちに発狂して死んでいると思うけど、死ねもしない。一番つらかったのは、この痛みの終わりがいつくるのか分からないことだ。転生できるという事実があるから、いつか終わりはやってくるんだろうけど、それがいつなのか分からない。偶に、痛みが少しだけ和らぐ時があって、その時にはナギとナミの声が聞こえたけど、会話した内容は殆ど覚えていない。でも、その声があったから耐えられたことは、疑いようが無いね。
延々と続いた激痛地獄。
本当にどれくらいそうしていたのか分からないけど、苦行はそれで終わりではなかった。──その次は病気地獄だった。
転生先の世界の病気に対して何の耐性も持っていないから、それらに対する免疫を付けるためにありとあらゆる病気に罹患し、自力で克服するという苦行が待っていたのだ。
正直そこまでする必要ないだろ?! とは思ったけど、これをやっておかないと転生後すぐに風土病に罹って死んでしまう可能性があるんだとか。創世神の力があればその辺も良しなにできたんじゃないかとも思ったけど、どうやらそれは出来なかったらしい。難しい話はよく分からなかったけど、神様として格が上がれば上がるほどできないことも増えてしまうそうで、世界に対して介入するのが難しくなるそうだ。下手に介入すると天変地異が起こるらしい。だから、転生先の肉体はナギとナミが居る神界で作って、それを向こうの世界に送るんだとか。
だから、肉体自体、つまりは俺自身をある程度強くしてから送り込む形になるとかで、病気地獄も激痛地獄も不可避だったそうだ。
「肉体は本当に最高なんだよ!」
「……これ以上ない芸術作品!」
と、二人は供述している。
なので、この苦行は、その体をグラースで最大限に活かすために必要な措置らしい。
そして問題は更にここからだ。
「でもさ、ここまでやったら、後悔しないようにとことんやりたいよね」
「……うん」
なんて、不穏な言葉を口にするナギとナミ。
俺は、もう十分だよと思ってはいたけれど、病気で体力が削られていた状況で、そんな不安や不満を口にすることはできなかった。
「パパは魔法の無い世界で育ったから、状態異常系の耐性も必要じゃないかなっ」
「……確かに。それに、単純な魔法耐性だってないよ。肉体は頑丈でも、変に油断してるときに攻撃されたら、危ないかも」
「それは盲点だった。ナイスだ、ナミ。器だけ頑丈でも駄目な場合もありそうだ」
まだ何かやるんでしょうかっ。もういい加減心身ともに燃え尽きかけてるんですが。見てよ。腕なんか枯れ枝みたいだぜ?
全身像は転生してからのお楽しみって言われて見せてもらってないけど、絶対悲痛な表情してると思うんだ、今。
「こんなことでは、パパの息子を名乗れないね。パパは【グラウィス】のことならどんな些細な事にも全身全霊で臨んでたのに」
「……危ないところだった。パパの娘として、妥協しない」
そろそろ妥協して良いんじゃないかなっ?!
これ以上の苦行はキツいです。
「そうすると時間が足りないね。まずは状態異常耐性から始めるとして、今後の計画を見直さないと」
「……他に見落としが無いか見直す」
「分かった。そっちは任せたよ」
「……かしこまり」
──転生は、まだ遠そうだ。