第9章 「奥河内の大地に沈んだ大怪蛇」
レーザーブレードに搭載されたパラライザー機能が見事に功を奏して、巨大ツチノコも空中で無様に昏倒しちゃったね。
あんな獣害事件を引き起こした猛獣も、こうなっちゃえば他愛もない物だよ。
だけど今回の捕獲作戦には人命が懸かっている訳だから、取り逃がしたり二次被害を出したりする訳にはいかないんだ。
要するに万全を期して十重二十重に設けた策は、私と京花ちゃんで終わりじゃないって事だよ。
「よし!次は頼んだよ、英里奈ちゃん!」
「御任せ下さいませ、京花さん!千里さんと京花さんの御膳立て、決して無駄には致しません!」
赤々と輝くレーザーウィップを巧みに操る少女士官へ上品に頷いた華族令嬢は、逆手に構えたレーザーランスを大きく振り上げたの。
そして気品高いソプラノボイスで力強く叫んだんだ。
「レーザーランス、地裂衝!」
裂帛の叫びと共に叩き付けられた槍の穂がグサッと突き刺さった刹那、そこを起点に奥河内の大地へ亀裂が走り、轟音と共に崩れ落ちたんだ。
見事に陥没した大穴は、空中に仰向けの姿勢で拘束された巨大ツチノコを埋めるのに手頃なサイズだったよ。
「今です、京花さん!」
「よし来た!ホールインワンにしてあげるよ!」
棒高跳びの要領で宙を舞い、間合いから離脱を図る英里奈ちゃん。
その気品高きソプラノボイスに応じるかのように、京花ちゃんはレーザーウィップの柄を握る腕を思いっ切り振り下ろしたんだ。
「そ〜れっ、大穴を寝床におネンネしてなよ!」
そして次の瞬間、ツチノコの巨体は奥河内の大地へ叩き付けられたんだ。
土煙は濛々と吹き上がり、大地は激しく揺れ動いて。
本作戦のフィナーレを飾るには、なかなか派手な演出だったかな。
空気の乾いた晩秋だけあって、土煙も豪快に上がっちゃったね。
古典落語の「延陽伯」に倣うなら、差し詰め「土風激しくて小砂眼入す」って感じかな。
バイザー付きのヘルメットやガスマスクを付けていて、お互いに幸いしたね。
「やったの?奴は一体…?」
濛々と立ち籠める土煙の中、私は本作戦の捕獲対象を注視したんだ。
陥没した大穴へとピッタリ減り込んだ巨大ツチノコは、微かに痙攣こそするものの完全に戦意を喪失していたの。
「捕獲対象の沈黙を確認。生体反応は依然継続中。」
この特命機動隊下士官の本作戦がキッカケで、いよいよ本作戦も最終局面に突入したんだ。
「総員、小銃を用意!弾薬の換装を確認!」
「はっ!承知しました、吹田千里准佐!弾倉確認、良し!」
部下である下士官の子達に命令を下しながら、私も自分のアサルトライフルに装填されている弾倉を改めて確認したんだ。
何しろ今回の巨大ツチノコ捕獲作戦には、作戦の進行状況によって使用する弾薬を使い分ける必要があってね。
さっきまでは麻酔薬の入った甲種特殊弾頭で良かったんだけど、巨大ツチノコの戦意が喪失した今では乙種特殊弾頭の出番なんだよ。
「乙種特殊弾頭、撃ち方始め!」
「復唱します、撃ち方始め!」
勇ましい復唱の声から間髪入れずに鳴り響くアサルトライフルの一斉射撃の銃声には、猛々しさと美しさが感じられるよね。
この調和の取れた雄々しい旋律こそ、兵士の心を高揚させる戦場のメロディだよ。
そんな激しい一斉射撃を浴びる巨大ツチノコの身体に変化が訪れたのは、間もなくの事だったんだ。
身体の表面が老廃物と化してボロボロと崩れ、みるみるうちに巨体が縮んでいくじゃないの。
突然変異によって異常成長した部位を正常なサイズへと縮小化するこの効果こそ、乙種特殊弾頭の特徴の最たる物なんだよ。
あの巨体ツチノコと初めて交戦した太秦栄華准佐の銃剣には、例の個体の体組織が残っていてね。
調べてみた所、異常成長した体組織は腫瘍に近い構造になっていたみたい。
この事実を知った専門家の先生方は、「霊的エネルギーの奔流を直撃したツチノコの体組織が、腫瘍の一種として異常発達した」という仮説を立てられたの。
そこで癌細胞や腫瘍の研究に力を入れている医学博士の芹目アリサ先生に協力を要請して、抗癌剤等をベースにした乙種特殊弾頭を開発する運びとなったんだ。
直接お会いしたのは完成した特殊弾頭の使用上の注意説明の時だけだったけど、まだ三十代そこそこな若い女医さんで、理知的な雰囲気の美人さんだったよ。
オマケにあの若さで難しい腫瘍摘出手術を何度も成功させているんだから、外科医としても研究者としても優秀なんだね。
私もあんな風に、優秀な人材として皆から尊敬の目で見られたいよね。
そんな凄く優秀な女医さんなんだけど、穏やかで理知的な言葉の端々にファナティックでエキセントリックな雰囲気が感じられたのが、ちょっと風変わりに思えたかな。
もっとも、理系の研究者だったら多少のマッドな所があっても不思議じゃないし、前線の私達としては新装備がカタログスペック通りにキチンと機能してくれさえすれば構わないんだけど。
そしてその点に関しては、どうやら心配御無用だったみたいだね。
陥没した大穴を満杯にした老廃物の中に半ば埋もれるようにして、一匹のツチノコが腹を見せて横たわっている。
どう大きく見積もっても一抱えが精々の常識的なサイズに縮んだツチノコは、人事不省に陥りながらも確かに生体活動を続けていたの。
「目標の沈静化を確認。確保!」
「はっ!承知しました、江坂芳乃准尉!」
下士官の子達にケージへ回収されても、あのツチノコはピクピクと微かに痙攣するばかりだった。
後は体組織を研究して血清を開発するだけだね。
こうして奥河内の滝畑地区を震撼させたツチノコ騒動は、無事に終息へと向かったんだ。