第3章 「民間人の消えた町」
全長二メートル半を越える巨体を誇り、従来型の血清にも勝る毒性を備えたツチノコの変異体。
コイツを殺さずに生け捕りにするだなんて、全くもって厄介この上ない話だよ。
だけど本作戦には管轄地域住民の健康が懸かっているんだから、四の五の言ってる場合じゃないよね。
この大捕物を成功させるため、私達特命遊撃士を始めとする公安系公務員は一致団結して作戦を展開したんだ。
必要な人員と物資の動員に組織間の調整、そして研究班による現地調査と専門家会議。
そうした諸々の準備が、それはもうキビキビと展開されたんだよ。
それもこれも、公安組織の緊密な連携体制の賜物だね。
先月に市内で開催された堺祭りでも、県警や陸自の皆さんと共同で広報活動をさせて頂いたし、防犯パトロールで御一緒させて頂く機会も多いんだよ。
「お久し振りです、枚方京花少佐。皆様とお会いするのは先の合同軍事演習以来ですね。本作戦もよろしくお願い致します。」
「お久し振りです、相良精華三曹。また貴官の部隊と御一緒出来て光栄であります。」
ああして京花ちゃんが面識のある陸自隊員のお姉さんと旧交を温めているのも、我々公安系公務員が日頃から相互交流を盛んにしている証だよ。
だけど獣害対策に公安組織が大規模作戦を展開するって事は、その地域に在住する一般市民の平穏な日常生活に多大な影響を与えるって事でもあるんだよね。
そんな遣る瀬無さが待機中に脳裏を過ぎったのか、マリナちゃんが難しそうな顔をしながら口を開いたんだ。
「しかしなぁ、ちさ…この滝畑地区も、三年前に起きたサイバー恐竜事件の時には大騒ぎだったろう?ラプトルだのオルニトミムスだのが走り回ってさ。」
「然りだね、マリナちゃん。そのまた前にはテロ組織が滝畑ダムの水源に毒を混入しようとして、激しい銃撃戦があったんでしょ。そして今回は、ツチノコ騒動で避難勧告…こんな長閑な所でドンパチなんて、似つかわしくないよね?」
制御を失った生物兵器の暴走に、テロ組織による水源への毒物混入。
そして野生動物による獣害事件。
事件の内容はまるで違うけれども、管轄地域の一般市民にとってはいずれも「平穏な日常の破壊」である事に変わりはないよね。
今回の巨大ツチノコ捕獲作戦の展開にあたっても、一般市民の皆さんには多大な御協力と御辛抱をお願いする事になってしまったよ。
何しろ滝畑キャンプ場を始めとする滝畑地区一帯は、安全が確認されるまで封鎖される事になったんだからね。
避難地域に指定された滝畑地区在住の皆様方には、不自由な避難生活を強いる事になってしまって本当に心苦しい限りだよ。
滝畑地区の人達が平穏無事な日常生活を一刻も早く取り戻せる為にも、今回の巨大ツチノコ捕獲作戦は何が何でも成功させなくちゃね。
とはいえ避難地域に指定された滝畑地区の調査成果は上々で、事態を解決する糸口となり得る重要な事実が色々と分かったんだ。
件のキャンプ場から程近い茂みに設けられた祠から奇妙なエネルギー反応が確認されたんだけど、祠の周囲を調べてみたら今回の変事に繋がる痕跡が幾つも発見出来たの。
一つは例の巨体ツチノコが這ったと思しき地面の窪みで、もう一つは真っ二つに割れた要石だったんだ。
専門家によると、この要石は霊的エネルギーの暴発を抑える役割を担っていたんだって。
本来なら簡単に割れたり砕けたりしないらしいんだけど、ここ最近は南近畿地方の陰陽のバランスが乱れているからね。
それで偶発的に吹き出した霊的エネルギーの奔流が要石を割っちゃった所に、ツチノコが偶然通り掛かってしまい、霊的エネルギーの奔流に直撃した事で突然変異を引き起こしちゃったんだって。
霊的エネルギーに関連する分野の専門知識に乏しい私に理解出来るのは、これが精一杯だね。
そうした難しい話は専門家の先生方や上層部の御歴々に御任せするにしても、実働要員である私達も色々と大忙しだったの。
作戦エリアの地理的状況の把握に、組織間の連絡体制の再確認。
そして捕獲作戦に向けた装備の最適化。
どれもこれも重要な案件だったけど、私にとっては最後に挙げた装備の最適化が飛び切り厄介だったんだよね。
「おやおや、千里ちゃん。そんなに予備弾倉を見つめてもレーザーライフルのバッテリーにはならないよ。」
「分かってるよ、京花ちゃん。そんなに茶化さないで。」
青いサイドテールの少女士官をジロッと一瞥した私だけど、今回の捕獲作戦を遂行する為に支給された特殊弾頭が悩みの種だって事は、自分でも重々理解していたんだ。
この特殊弾頭は高い汎用性を誇っていて、特命機動隊の標準装備である二三式アサルトライフルと護身用の自動拳銃との互換性は勿論、陸上自衛隊や警官隊の銃器にも装填出来る優れ物なの。
その高い汎用性の数少ない例外を挙げるとしたら、実弾を装填出来ない光学兵器だろうね。
そして私が個人兵装として運用しているレーザーライフルこそ、その数少ない例外だったんだ。
さっきもマリナちゃんが言っていたけど、そもそもレーザーライフルは実弾を装填出来る構造になってないんだよ。
そりゃ私だって護身用の自動拳銃は普通に携行しているけど、腕に覚えのライフル射撃が使えないんじゃ戦力的に見劣りしちゃうよね。
だから今回は腹を括って、特命機動隊の子達と御揃いな二三式アサルトライフルを携えているの。
京花ちゃん達は特殊弾頭の装填された弾倉を追加で携行するだけで良いんだから、武装その物の交換を余儀なくされた私が貧乏クジを引いたみたいになっちゃってるよね。
用心としてレーザーライフルも持っては来たけど、あれはあくまでも転ばぬ先の杖だからね。
今回の作戦は、この二三式アサルトライフルでキッチリ任務を遂行しなくちゃ!