第1章 「レジャーの秋?いいえ、私達は軍務の秋!」
そんなに暑くもなくて寒くもない秋は、何をやるにも最適な季節だよね。
スポーツの秋に食欲の秋、或いは読書の秋に芸術の秋。
そして忘れちゃいけないのが、レジャーの秋だね。
様々な旅行会社が様々なパック旅行を企画して売り出しているし、この堺県下の多くの小中学校も修学旅行や宿泊訓練に繰り出している真っ最中だよ。
私の祖父母だって、一昨日から団体ツアーで台湾に行っているんだもの。
一時期には「働き過ぎのエコノミック・アニマル」と呼ばれていた私達日本人だけど、こうして自然体で余暇を楽しめるようになったのは充実した人生を送る上で良い事だよね。
私達がこうして立っている南近畿地方堺県河内長野市滝畑地区に位置する滝畑キャンプ場にしても、11月上旬の今時分はアウトドア派の若者グループや家族連れが和気藹々と余暇を秋キャンプで楽しんでいるはずなんだ。
ところが今日に限っては、この風光明媚な山間のキャンプ場に民間人の姿はただの一人もなかったの。
代わりに目に付くのは、物々しく武装した公安系公務員と彼等の操る特殊車両の厳しい姿ばかり。
国防色の制服に身を固めた陸上自衛隊に、紺色の活動服の上からプロテクターを装備した堺県警の機動隊員。
そして私こと吹田千里准佐を始めとする、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局所属の特命遊撃士と特命機動隊だね。
これが単なる協同軍事演習だったら良かったんだけど、残念ながら実戦なんだよ。
「先月のモスマン騒動も記憶に新しいってのに、また獣害事件だなんて…本当に参っちゃうよね!」
私と同じ白い遊撃服に身を固めた女の子が、腰まで伸ばした青いサイドテールを秋風に嬲られながらボヤいている。
とはいえ佐官を表す金色の飾緒が右肩に揺れているから、厳密には全く同じじゃないんだけどね。
この青いサイドテールが特徴的で明朗快活な雰囲気を帯びた子は枚方京花ちゃんと言って、私と同じ堺県第二支局所属の特命遊撃士なんだ。
個人兵装に選んだレーザーブレードの太刀捌きには目を見張る物があって、在籍する堺県立御子柴高等学校一年B組の中では三剣聖の一角に収まっているの。
右肩に頂いた金色の飾緒を見れば一目瞭然だけど、京花ちゃんは少佐だから私にとって上官に当たるんだよ。
「然りだよ、京花ちゃん。とはいえモスマンはアメリカ産で特定外来生物扱いだから、今回の案件とはちょっと違うけど。」
そんな京花ちゃんに応じた私は、ツインテールに結い上げた黒髪が涼しい秋風で揺れるのを心地良く感じながら、白い遊撃服の左肩に横たえたライフルを構え直したの。
磨き上げられた銃身に、黒々とした銃口。
手に馴染んだ個人兵装のレーザーライフルとは少し勝手は違うけれども、この重厚な質感は見れば見る程に厳しくて頼もしいよ。
何しろ私は今回の作戦で、この二三式アサルトライフルに命を預けるんだからさ。
下士官である特命機動隊に標準装備として支給されている二三式アサルトライフルは、確かに信頼の置ける突撃銃だよ。
だけど養成コースを修了してから今に至るまでレーザーライフルに命を預けてきた私としては、握った時の馴染み具合とか重心とかが色々と違って感じられるんだよね。
そうした事情から、私はアサルトライフルの手応えを試すのに夢中になっちゃったんだ。
そんな私の意識を現実に引き戻したのは、傍らから聞こえてきたアルトソプラノの独白だったの。
「ちさの奴、今回は何時になく銃器のチェックに余念が無いな。まあ、気持ちはよく分かるけどさ。」
振り向いた先では、艷やかな黒髪を右側頭部で太いサイドテールに結い上げた少女士官が、私を視界の隅に捉えていたんだ。
長い前髪の間から右側だけを覗かせた、切れ長の赤い目でね。
この右側ばかりに特徴を凝縮した少女士官は和歌浦マリナ少佐と言って、私や京花ちゃんの同期の友達なんだ。
個人兵装に選んだ大型拳銃の腕前は百発百中で、氷のカミソリを思わせるクールビューティー。
これだけ聞くと冷酷非情な鉄面皮に思われちゃうかも知れないけど、結構気さくで情に厚いんだ。
「そりゃそうだよ、マリナちゃん。何しろマリナちゃん達は拳銃に特殊弾頭こそ装填しているけど、個人兵装はそのままじゃない。この中じゃ私だけだよ、個人兵装じゃないのを構えているのは。」
「ソイツは仕方無いだろ、ちさ。ちさが個人兵装に選んだレーザーライフルは、そもそも実弾を撃つように出来てないんだから。」
マリナちゃんの一言には、返す言葉もなかったね。
何しろ今回の作戦の優先目的は、標的の抹殺ではなくて捕獲なんだからさ。
私が普段から個人兵装として運用しているレーザーライフルだと、ちょっと不都合なんだよね。
「今回の獣害事件を引き起こしたツチノコは、日本の在来種ですからね。人間から危害を加えたり運悪く繁殖期の個体に出食わさない限り、本質的には大人しい蛇類なのですが…」
ガラス細工のように華奢な小首を傾げながら呟いたのは、私にとっては養成コース以来の仲である生駒英里奈少佐だ。
織田信長公の家臣だった生駒家宗公の末裔にして華族の家柄である生駒家の長女という出自に違わず、何気無い一挙手一投足に気品の高さが感じられるね。
腰まで伸ばした癖の無いライトブラウンのロングヘアーに、エメラルドグリーンの瞳が自己主張をしている白い細面の美貌なんか、軍人というよりも深窓の令嬢って肩書きの方が余っ程似合うんじゃないかな。
だけど肩に携えた個人兵装のレーザーランスを一度握れば、群がる敵なんて鎧袖一触で粉砕しちゃうんだから、甘く見ちゃいけないよ。
そんな私達四人が力を合わせ、尚且つ下士官である特命機動隊や、同じ公安系公務員である自衛隊や警官隊と連携を取れば、どんな悪の脅威だって必ず退けられるんだ。
だけど今回に関しては、単に撃退したり抹殺したりする訳にもいかないから、なかなか厄介なんだよね…