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欠落した満月と冷酷な太陽  作者: 武臣 賢
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第五話

 一週間の創立記念休暇が終わる前に、行きと同じ道筋をたどって、ボクは無事に帝都に帰り着いていた。

 カプセルの中で眠っていたのはどうやら丸一日程度だったらしい。概して時間にはおおらかな時代ではあっても、学校というところはいつの時代でも遅刻や欠席にはうるさい部類に入る。さすがに一週間の休みを大幅に過ぎてからのこのこと顔を出すのはよろしくはない。


 ボクは学院の事務局に帰宅を告げ、許可証を返納した。何度も許可証をもらっている顔見知りの学院職員は、何か分かったのか? と聞いてきた。


「今回は知り合いに会いに行くのが主目的だったので、特にこれといった収穫はなかったのです」


 ボクは事務員に告げ学院を後にした。

 市場を抜けて下町にある住処へと帰り着いたのは夕刻少し前。五日ぶりの我が家だ。

 鍵穴にキーを突っ込み、ひねろうとしたボクは、ちょっとした異変というか違和感に襲われた。デジャブーというのか、いつもの扉、いつもの動作、いつもの鍵穴……。それには違いないのだが、首を傾げるボクをボク自身が俯瞰している、そのような光景に見覚えがあるような妙な感覚がしたのだ。こういう時は良かった試しはない。


 慌てるでもなくゆっくりと周囲を見回すが、特に変化はない。

 悪い前兆なのかもしれないと感覚が告げている。ボクはゆっくりとキーを引き抜きポケットにしまうと、そのままじりじりと後ずさりしながら階段を上り、素早く表通りへと飛び出した。


 小一時間ほど、表通りから我が家へと下る階段を見張ったが、誰かが窺っている気配はなかった。下町の裏路地にある下宿だ。人が通ればすぐに分かるはずだが、遊びに夢中になっている子供たちに、夕食の支度を手伝っておくれ、という母親の呼び声がしただけで、人はおろか猫の仔一匹通らなかった。


 再び我が家への階段を下ったときにはっきりと意識できた。誰かが訪れたのだ。さっきの感覚は人の気配。悪い予感は拭い去れないが、だからといって、特別、害意は感知できなかった。

 向かいの家に暮らす大家が、何かの用事でやってきたのかもしれないと考えもしたが、家賃もきちんと払っているし、特にこちらも用事がない。あちらにだってあろうとは思えない。だいいち小太りで頭のやや禿げ上がった大家独特の雰囲気というか、香りとも違う。


 ボクは感覚を研ぎ澄ます。香りには濃淡があり、しかも複数ある。つまり入れ替わり立ち替わりで幾人かがボクの部屋を訪ねて来ているのだ。それだけの人数を掛けて、いったいボクの何を探ろうというのか。ボクの秘密は漏れている心配はまずないだけに、手間暇に見合わない。つまり探られる心当たりは全くといってない。特に普段から近所付き合いをしているわけでもないので、誰が訪れたのかを尋ね回るのも少しはばかられた。


「よく分からないけれど、また来るかもしれないし、こちらはのんびりと待っていればいいか。害を加えてくるようであれば、返り討ちにして、理由を問いただせばいいわけだし」


 呟きながら、ただ、この日だけは大事を取って、部屋に入るのを自重した。

 となると、どこかに身を潜めなければならないが、差し当たってあてはない。普段、これといった人付き合いもせずにいた自分の世間の狭さを痛感した。友達もいない。知り合いもいない。


 いくら気の置けない下町とはいえ、これからの時間、高等学院の学生、しかも女の子が身を置く場所はない。深夜から未明にかけて一晩中開いている食堂などもないし、酒屋でさえ、遅くなれば看板だ。大家の家に押しかけるか、とも考えたがあれこれと理由を説明するのも面倒だ。では、宿屋にでも泊まろうかと思案もしたが、こんな場末の宿屋は質が悪すぎる。かといって王宮近くの宿屋では値が張りすぎて持ち合わせが足りない。


 ボクはこのあたりの地図を頭に思い描いた。やはり出入りできるような場所はない。だいいち公園などもない。あるとすれば王宮の庭園であるとか、大通りの途中にある噴水広場であるとか、貴族の屋敷の庭程度だ。


 普段の生活は学院と下宿との往復が主なため、学院への通学路を思い描く。その途次、これも立ち寄れる場所はない。ないと思った時にはたと思いついた。今夜は学院で一晩を過ごせばいいのだ。城門の外へ出て野宿したり、町中をぶらつきながら時間をつぶすより、よっぽどいいアイデアだ。


 学院は創立記念で休みだから、昼間は職員がいるとしても、今は宿直以外の人はいないはずだ。宿直がいたとしても図書館にまで見回りに来るとは思えない。あそこにでも籠れば、一晩などあっという間だ。


 そう思い立つと、手荷物をドアのノブに引っ掛け、頭巾を手に取り、通りへと飛び出した。流石に、森の中のように、素早くは走れない。

 間もなく日が沈み始める下町は猥雑な喧騒に包まれはじめていた。それぞれの家の煙突からは煙が上がり、夕餉の支度に忙しそうな様子が目に浮かぶ。街を行くのは家路を急ぐ人々と、これから酒場に繰り出そうとする男たち、響き渡るのは、その男たちの手を引く商売女たちの嬌声、そして子供たちの騒ぎ声だ。その喧騒がかえってボクを目立たなくしてくれている。ボクを気にする人などひとりもいない。周囲から視線が送られていないか、尾行などされていないかを再度確認をしつつ、ことさら急ぐ風でもなく、学院へとボクは向かった。


 学院の門は、当然、閉まっていたが、塀を乗り越えるのに造作もかからない。人目のない路地からひと跳びで軽々と乗り越えると、塀に沿って中庭を抜け、図書館へと向かった。

 曲線を多用してある図書館の建物は、森の中の巨木の集まりがそびえ立っているようにも、両翼を広げたドラゴンのようにも見えた。入り口の上には、知の集積ここに至れり、と彫られた石版が取り付けられてあるはずだ。

【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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