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欠落した満月と冷酷な太陽  作者: 武臣 賢
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第三話

 ――覚醒臨界点九七・九%から九八・七%へ上昇

 ――共鳴深度は百二〇%で固定

 ――各キューブの状態は安定しています


 円筒形をした実験塔の中央部に、さらに硬化ガラスの筒が据えられ、その最下層には、掌に載るほどの立方体が三つ嵌め込まれている。

 三つの立方体の中にはそれぞれ色の異なる珠がかすかに、しかし、確かに鼓動しているのが、珠緒の立つ円筒部外周の見学室からでも見てとれる。


 円筒部は回廊状に三層に分けれらており、それぞれのフロアには多くのコンソールが埋め込まれている。数人ずつの白衣を着た研究者が熱のこもった視線を送り、刻々と移り変わる数値を伝える。中央の円筒部分の硬質ガラスにも、液晶画面の数十のグラフが明滅を繰り返している。


 その中央の円筒ガラスの最下層、一番中央に近い位置の手すりから、前のめりになってキューブの様子を覗き込んでいるのが、玉緒の父親である三角孝緒だ。孝緒は、実験塔の見学室から熱心に実験を見ている珠緒にチラリと視線を送った。微笑んでいるようにも、苦悶を浮かべいるようにも見える奇妙な表情に珠緒には見えた。

 若い研究者が孝緒に近づき、耳元で何事か囁いている。

 その研究者に目線を送りもせず、キューブを凝視したまま二度三度と頷いた孝緒は何事か指示を与え、更に食い入るように三つのキューブを見つめている。


「千年ぶりか、あるいは二千年ぶりか……」


 孝緒のつぶやきは、珠緒にまでは届かない。


 ――覚醒臨界点九九・九%から急激に百二二%まで上昇。事象が始まる確率は九九・九九%!


 そう告げるアナウンスは、声が上ずり、急を告げる切迫感が、実験塔全体の緊迫を押し上げていく。実験塔の照明が赤色に変わり、いよいよその事象の始まりを告げる。

 と、その瞬間、異変は起こった。

 三つのキューブが宙に浮かび上がり、光を強めたり弱めたりしながら、繰り返し激しく回転し、上昇を始めたのだ。無軌道に右に左に動きつつ、硬質ガラスの内側に当たって、不快な音が鳴り響かせる。

 液晶画面のグラフの全てにアラートの文字が点滅しはじめた。


「おはよう、珠緒」 


 その日は朝から、父親の孝緒は上機嫌だった。

 いつもは朝早くに、コーヒーだけを飲んで出掛け、夜は遅くに帰宅して、そのまま机に向かって仕事の続きをする。

 おはよう、おかえり、おやすみなさい。

 どのあいさつにも、


「あぁ……」


 とだけしか応えない無愛想な父親だった。

 母親からは、何でも政府関連の大変な研究を任されていて、そこのリーダーを務めている偉い研究者、だとは聞かされていたが、偉かろうがそうでなかろうが、父親としては失格だ、といつも思っていた。

 その父親が、慣れない笑顔で声を掛けてきたのだ。珠緒は多少身構えてしまっていた。


「今日、お父さんが手掛けている研究がようやく陽の目を見るんだ。珠緒も一緒に行かないか。お父さんの研究を見てもらっておきたいんだ」


 ぎこちなく告げる父親への珠緒の反応は早かった。

 率直に嬉しかったのだ。父親と一緒に出掛けた経験など指で数える程しかない。最後は一体いつだっただろう。などと考えつつ、急いで着替えを済ませ、慌ててトーストにかじりつく。


「はは、そんなに急ぐことはないよ。時間はたっぷりとある」


 だが、珠緒には急がなければならないように思えた。

 この機会を逃してしまうと、二度と父親と一緒には出掛けられないのではないかと。より一層手を早め、朝食を済ますと、父親を急かし、車に乗り込んだのだ。電線からベンチへと飛び回る雀たちの囀りも、いつもより弾んで聞こえてくるかのようだった。


 車の中では、珠緒はいつもよりも饒舌だった。学校での出来事、クラブでの活躍、遠足で捕まえた虫の話……。話たいことは山ほどあるようで、ほんの少ししかないようにも思えた。

 孝緒はやや乱暴に珠緒の頭をなでながら、


「この研究にケリがつけば、しばらくはゆっくりできる。好きなところ、どこにでもいけるんだ」


 それは珠緒に約束したようにも、孝緒自身に向けた言葉のようでもあり、どこか虚ろでもあった。その時は運転に集中しているのだろう、ボクはそう思ったものだ。


「そう、今日ですべてが終わり、今日からすべてが始まるんだから」


 耳障りなアラートは鳴り止まない、実験塔全体が赤いランプに照らされ、明滅を繰り返している。

 回転する三つのキューブは、硬質ガラスに当たることなく、まるで意思をもった生き物のように上下動を繰り返し始めた。出どころをさがしているのか、見境なく動いているわけではないようだ。


「あっ、こっちへ向かってくる」


 珠緒が直感した瞬間には、三つのキューブが目の前にあった。

 実験塔のちょうど中層部、見学室の位置でピタリと動きを止めたキューブは、まるで獲物の草食動物を見定めた獰猛な虎のような勢いで硬質ガラスを打ち破り、見学室の窓さえ突き破ってきたのだ。

【拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございます。ちょっと堅めだけど、こういう小説嫌いじゃない、先がちょっとだけでも気になっちゃったという方、評価などを頂戴できればありがたいです。感想もお待ちしています。作品の参考にさせていただきます】

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