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エルピスの箱庭  作者: はがき
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想定外

「クソが、俺に世界を救わせる気があるのかよ!!」


 城塞都市メギドと言う街の近くに着き、セリアはマジックポーチの中に持っている水、食料、ワインなどを置いて、明日また来ると言って街へと帰って行った。同時に時計も貰った。時計は手動ねじまき式の腕時計だ。遠くに見える城塞都市の壁や、この腕時計を見る限り、相当文明度は高そうだ。知識チートは諦めた方が良いと思った。


 それよりも重大な事実が判明した、俺の怒りはこれが理由だ。

 

 物資をアイテムボックスと言う名のワンルームに収納し、俺もアイテムボックスの中で鎧を《脱装》した。そして俺は絶望した。

 俺も今でこそぶよぶよな体をしているが、中学高校と空手をやっていたからわかる。


 鎧を着ている時の運動は全く意味がなかった!!


 あれだけ何十時間、何日間も全力ダッシュをしていれば、筋肉にかなり大きなダメージがあるし、脂肪も燃焼する。特に脂肪は1週間もあればそこそこ効果を実感できる筈だ。それなのに、俺の体型は全く変化がなかった。

 筋肉痛がなかったり、汗をかかなかったり、心肺的な疲労がないのは鎧の不思議パワーだと思ってはいたが、まさか鍛錬的なものも全く無効とは思わなかった。まあ、冷静に考えれば筋肉を作るなら、筋繊維の断裂を起こさなければならないので、それをダメージと捉えるなら無敵効果でそれも無効化されたと理解は出来る。だけど、そう言うのを取っ払って都合の良い最強鎧じゃないんかい!!

 細かいことはわからないが、多分鎧を着ている時は、あらゆる状態変化を無効化とかそんな感じなんだろう。


 と言うことは、セリアやチート異世界人、狼やウサギなどの素早い獣に攻撃を当てる為には、鎧を脱いだ状態で鍛えなければならないと言うことだ。


 出来るか!!死ぬぞ!!鎧の意味ねえじゃねえか!!


 俺はアイテムボックスの中でシルクハットに罵詈雑言を吐き、試しに鎧なしスクワットをしてみた。

 ……、10回でギブった。


 これはやばい。鍛えなくては。流石に防御だけじゃあ、一国に乗り込んで国王を殺害するなど夢のまた夢だろう。となると俺は10年後に死んでしまう。


「やべえ……、とても間に合う気がしねえ……、早急に鍛えるのは決定事項か……」


 可能な限り早く、戦闘レベルまで鍛える。だが鎧を脱いでいる時の安全は?

 簡単に思いつくのは奴隷だ。異世界なんだから奴隷ぐらいあるだろう。奴隷を買って俺が鍛錬している間、俺を守らせる。


「アホか」


 無理無理の無理だ。金はセリアから豪邸レベルの金を貰えることになっているが、仮に奴隷を買ったとして、鎧並みにどんな敵からも守ってくれる能力のある奴など無理に決まっている。いくらマンガ設定でご主人様に攻撃出来ないとしても、俺を敵から俺を守れるほど強い奴が奴隷なんかになっているはずがない。俺には成長チートもないんだから、普通の女奴隷をドン引きするほど強くなんて出来ないのだから。

 強いやつはいるかもしれない。だが仮にいたとしてもムサい男だろう、奴隷は女だろうが!!!男奴隷とか誰得だよ!

 奴隷問題はまだある。女で超強くて可愛くてエロOKなパーフェクト奴隷が居たとしよう。そしてセリアから貰える金で買えたとしよう。だがしかし、その奴隷が自分の命を捨ててでも俺を守る理由がない。手を抜かれたら?手を抜かなくてもギリギリの戦闘で俺を守りきれなかったら?充分ありえる話だ。

 同じ理由でセリアを騙くらかして俺の奴隷にしたとしても、奴が身を挺して俺を守るとは思えない。


「……、奴隷はナシだな……」


 なら次は、どこか遠い所へ行き、一人で修行するのは?

 無理に決まっている。まず飯がないし、飯がないなら鎧は脱げない。飯の為に人里で修行するなら、この街で鎧を隠して修行しても同じ事だ。

 次に思いつくのは常時鎧を身につけて、脱ぎたい時にだけ脱ぐと言う方法だ。アホか、それが危険だからここに引きこもってるんじゃねえか。


「寝る時だけ着てればなんとかなるか?」


 ならねえよ!なるわけねえだろ!通り魔的に襲われたらどうすんだよ!!


「……、ダメだ。情報が足りなすぎる」


 まずは自分が出来ることを正確に把握することから始めよう。


 《脱装》してあるので、全身鎧が部屋の隅に立っている。


「《着装》」


 俺は視界に手や身体が入るように下を向きながら、着装と唱えてみた。すると、「ちゃくそう」の「う」を発言すると同時に、一瞬で鎧が全部装着された。もう一度脱装し、今度はアイテムボックスの時のように、着装と口に出さずに念じてみた。結果、鎧は装備出来なかった。


「……確かに唱えるとってシルクハットは言ってたわ……」


 「ちゃくそう」と口に出して唱えるのに、0.5秒ぐらいか?普通なら0.5秒でも充分速いが、ここは異世界、セリアの剣は見えない時も多々あった。0.5秒あれば余裕で殺されるんじゃなかろうか。

 防御無敵は確かに強い。音が聞こえないとかの余計な効果も付いていない。しかし、調べれば調べるほど痒い所に手が届かない鎧だ。


「もう良い!!やけ酒してやる!!」


 とりあえず今日は酒を飲んで寝る事にした。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「話がちがうではないか!」

「ここは病院ですよ、セレスティア女史。大声を出すのはやめて頂きたい」

「しかしこの仕打ちは酷すぎる!アンブロシアは言われた通り用意したではないか!」

「セレスティア女史、よく思い出してください。あの時の会話を」

「そんなこと言われずともちゃんと覚えている!アンブロシアさえあれば妹のガンは治ると先生は言った!」


 リーンガイア王国でも1、2を争う程の大病院、メギド医療研究機関附属総合病院で最も優れた医者と言われている白衣を着た初老の人族の男カシリス医師は、大きく立派な事務机の椅子に背中を預けて深々と座り、セレスティアはその事務机に噛み付くように食ってかかる。

 カシリス医師は冷酷とも見える冷めた表情で、淡々とセレスティアを諭す。


「良いですか?落ち着いて、冷静に、3週間前の話を思い出しながら良く聞いてください。……もう一度言いますよ?妹さんは末期のガンです。余命を伸ばすのではなく完治させるには、滅ガン剤を作るしかない」

「その材料にアンブロシアが必要だと言ったではないか!」

「言いました。ですがそれだけではなかったはずですね、セレスティア女史」

「その他の材料はここにあると言った!」

「はい。そしてその材料にもお金がかかると言いました。だがセレスティア女史は『金のことはどうでも良い、金などなんとでもなる』と私の話も聞かずに出ていきましたね」

「だからと言って金貨1000枚など!足元を見過ぎだ!」


 カシリス医師は不快感を露わにして、事務机から立ち上がる。


「変な言いがかりはやめていただこう。名誉毀損で訴えますよ」

「くっ……」

「私はきちんと説明をしました。私の手元に滅ガン剤の材料はある。ただアンブロシアだけが足りないので作ることが出来ない。ですからアンブロシアさえ用意していただければ、妹さんのガンの完治は可能と言いました。そうしたら貴女は私の話の途中で飛び出していき、戻ってきたらこの言いがかり。文句を言いたいのは私の方です」

「っ……、き、金貨が1000枚も必要なら、アンブロシアと同時に言うべきだ!」

「言おうとしました。ですが貴女は飛び出して行ってしまったではないですか。それに、アンブロシアの話の時に、きちんと他の材料の名前も告げた筈です」

「……」

「大量のエーテル剤、超高純度魔石、シタラビンやクラファラビンを始めとする数々の最新医学の治療薬、これだけでも高額な物だと言うのは、冒険者をしているセレスティア女史が知らないとは言わせませんよ。それ以外にもソーマ純水などの多くの薬品が必要なのです。まるで私が妹さんの命を握り、不正に医療費を水増ししているような言い方はやめて頂きたい」

「……」


 セレスティアは先程までの勢いは消え失せ、ガックリと項垂れてしまう。しかし、何かを思いついたようにガバッと頭をあげ、


「アンブロシアは高い筈だ!余ったアンブロシアを医療費に────」

「セレスティア女史、冷静になってください。まさか滅ガン剤一包で、まるで魔法のように綺麗さっぱり治ると思っているのですか?そんなわけないでしょう。末期ガンの完治となれば、いくら滅ガン剤でも120包は必要になります。セレスティア女史がお持ちになったアンブロシアの大きさでは、120包でもギリギリですよ」

「…………」


 この世界に回復魔術はある。回復魔術はあるが、ほぼ外傷専門のようなものだ。またヒール一つで傷が跡形もなく消えるような魔術ではなく、自己治癒力を強化させるようなゆっくりとした治り方だ。例を挙げると骨折の完治が2-3か月かかるところを、回復魔術を使えば1か月かからないくらいで治る。

 

 病気にはほとんど効かない。ウイルス感染系の病気に回復魔術を使うと、抗体を増やしてウイルスに対抗は出来るが、増えすぎた抗体により副作用を起こす。

 ガンに回復魔術を使うと、健康な細胞以外にガン細胞の増殖転移を促進してしまい、死期を早めてしまう結果になる。

 なので回復魔術があろうとも医学が必要で、必要に応じる形で医学は回復魔術と共に進歩を続けてきた。



 カシリス医師はセレスティアが落ち着いたのを確認して、事務机の椅子に座り直す。セレスティアは何か葛藤しているように、苦い顔をしている。


「私はシェラーナ《妹》さんの主治医です。シェラーナさんはきちんと自分の運命を受け入れてますよ。……、貴女はよく頑張りました。妹さんは助かりませんでしたが、このアンブロシアは他の助かる患者さんの命に使いましょう。もちろん適正な価格で買い取ら────」


ドン!


 セレスティアはカシリス医師の言葉を遮るように、カシリス医師の事務机を叩いた。叩いた掌をどかすと、そこにはセレスティアのギルドカードが置かれていた。


「話を終わらせるな。……金はある」

「……多少余裕を持って言いましたが、ほぼ間違いなく金貨1000枚はかかりますよ?申し訳ありませんが、分割などは────」

「ここに1000枚入っている。これで文句はないだろう。妹を、シェラーナのガンを絶対に完治させろ」

「…………、全力を尽くしましょう」

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