初の異世界人
朝日が昇り上体を起こしてみると、俺の足をガシガシとキツネのような獣が噛み付いていた。
「ご苦労なこって」
ずっと夜空を眺めていたので、考えをまとめる時間が出来た。
やはりとりあえずは、人里を目指すべきだろう。
俺の目的はトワイライト王国へ行き、国王を殺害すること。いくら10年の猶予があると言っても、流石にここらへんの情報はもっと欲しかった。
トワイライト王国の場所さえわからない、わからないなら人に聞くしかない。その為にも人里だ。それにいくら餓死がないと言っても、食い物を食わないのは寂しすぎる。異世界の酒だって飲んでみたいし、女だって抱きたい。
次に体を鍛えることだ。
例え防御が無敵でも、パンチ一つ当たらないのでは話にならない。身体を鍛えて筋肉をつけ、せめて当たるパンチが繰り出せるようにはしないといけない。
だから俺は身体を鍛えながら真っ直ぐ進むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「やっぱ異常だわ、これ……」
現在、全力ダッシュを1時間続けている。息も上がっていない、まさに無限の体力だ。しかし、新たな不安も湧き上がってくる。
「これ、本当に鍛えられてんのか?」
日本の経験から、辛いことをすると鍛えられるってイメージがある。逆に言えば辛くないなら効果がないように思えるのだ。そもそも昨日あれだけ動いたなら筋肉痛になっててもおかしくはないのに、それさえもない。
「……落ち着いたら調べないとな……」
そんなことを考えながら走っていると、ふと森が開けた場所に出た。そして森が開けたので青い空が目に飛び込んでくる。
「で、でけぇ」
開けた森から見えた空には、巨大な木が見えた。正確な寸法などわかるわけないが、一言で言えば遠くに富士山を見つけたような気分だ。実際そのくらいの距離もあるように見える。
「……とりあえず、あそこに向かってみるか」
やっと当てのない行動から解放された。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
たまに見える森の切れ目から巨大な木を確認しながら、全力ダッシュで目指す。一応は鍛えながら進んでいるつもりだ。
もう3時間は走っている。そういえば昨日から小便すらしていない。……なんか嫌な予感がする。これ本当に大丈夫なのか?無敵なのに健康に良くないとかオチがないよな?流石にそれは酷すぎるぞ?そんな事になったらこの世界を救うどころか滅ぼしてやる。
遠くから音が聞こえる、何の音だろうか。どうやら俺の進行方向なようで、だんだんと音が大きくなっている。
見えた。……女か?すかさず鑑定をする。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
セレスティア=キッシュヘラルド
96歳
女
エルフ族
161cm
52kg
83-58-82
リーンガイア王国 メギド城塞都市 C地区 3-16-25
冒険者
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なるほど、BBAエルフか。
俺がBBAエルフから少し離れて立ち止まると、女の反対側にはまたまた象ほどの大きさの狼がいる。狼でここまで大きいやつは初めてだ。
BBAエルフを見る。BBAエルフはあちこちから血を流していて満身創痍だ。狼を見る、狼は突然現れた俺を敵と認識したようだ。……、どうやらマンガの展開のようになってきた。俺は鎧の中でニヤけてしまう。
「助けが必要か?」
「馬鹿が!貴様も死ぬぞ!」
「あ?」
こいつ、BBAのくせに開幕1番で俺を馬鹿と言ったのか?クソが、ふざけやがって。
ドサッ
「グルルアアア!!」
俺が女にイラついてるうちに、狼が俺に何かしたようだ。狼が声を上げたので狼に顔を向けると、いつのまにか狼の右前足が半分ほどなくなっている。辺りを見渡すと、狼の前足らしきものが地面に転がっている。どうやら、俺を前足でぶん殴ったようだ。しかし、前足が千切れる程の力を入れて攻撃されたのかよ。
「なっ……」
BBAエルフの声が聞こえたが、狼はまだやる気のようだ。
「ガアアアアアアア!!」
巨大な狼が大口を開けて、俺に噛み付いて来た。狼の牙が砕ける音がする。ついでに右手も突き出しといたので、狼の上顎に俺の右腕が突き刺さった。狼がよろよろと俺から離れていく。
「まだやんのか?諦めたなら消えろ」
格好つけているが、俺に狼にとどめを刺せる攻撃力はない。相手から攻撃されないとどうにもならないのだから。だが狼に俺の言葉が通じたのか、狼は前足を庇いながら森の奥へと消えていった。
女に視線を向ける。
「な、何者だ貴様!!兜を取れ!!」
「……」
エルフは背中の真ん中ぐらいまで伸ばした、緩やかなウェーブがかった長い金髪だった。顔はかなり可愛い、北欧系の美人って感じだ。やはりエルフは美形ばかりの設定なのか?スリーサイズなどは鑑定で見えているが、革鎧などの防具でボディーラインはほぼわからない。
「なんとか言え!!貴様何者なのだ!!」
金髪エルフは剣を俺に向けて、まるで怒ってるかのような顔で俺を睨んでくる。
……、つうか、俺、助けたんだけど?なんで俺が怒られる?……ムカつくわ、犯してやろうかな。
金髪エルフに向かって一歩歩くと、金髪エルフは一歩後退り、
「それ以上寄るな!殺すぞ!」
「……」
殺すまで言われたんですけど?
マンガのような展開で、助けたんだからハーレム1号になるかと思ったら殺害宣言かよ。マジで犯してやろうか。
いや待て、こいつを犯すとなると鎧を脱がなきゃいけなくなる。鎧を脱ぐ前に痛めつけるとしても、ヤッてる間に攻撃されたら、現状俺には何の力もない。……、無理じゃん、犯せないじゃん!鎧、使えねーー!!
惚れられもしない、セックスも出来ない、何の意味もねえわ!!
「あー、もういいから消えろ、うぜえな」
「なっ!なんだその態度は!」
「てめえの態度がなんなんだよ。ほら、しっ、しっ!あっちへ行け」
「な……」
金髪エルフはワナワナと震えている。そして顔をしかめて俺を睨み、片足を引き摺りながらこの場を去ろうとした。
「あー、待て」
「……なんだ」
「水持ってるか?鎧を洗いたいんだが」
金髪エルフは訝しんだ顔をしたが、少し考えてから口を開いた。
「……精霊魔法でも良いなら」
「ああ、それで良いよ」
俺の鎧は獣の涎やら土やらでドロドロだ。それに常時獣くさい、返り血の匂いもあるだろう。これを一度洗い流したかった。
金髪エルフがモゴモゴと何かを唱えると、金髪エルフの周りにバスケットボール大の水の弾が10発ほど現れた。
「……本当に良いのか?」
「何がだよ、早くしろ」
「くっ」
金髪エルフは水の弾を発射した。横一文字の視界から自分の姿を見てみると、汚れがすっかり落ちて、鎧は金色の輝きを取り戻している。
「おお、悪いな。ありがとよ」
「……馬鹿な……、そんなまさか……」
金髪エルフは目を見開き、また唇をワナワナと震わせている。クソが、攻撃するつもりで水の弾を俺にぶつけやがったな?人の事を馬鹿馬鹿言ってるがてめえが馬鹿だよ。俺には効かねえんだよ!!ザマァ!!
「もう用はねえから消えろよ、クソ女」
「クソ?、私がクソ女だと?!」
「あー、そう言うの良いんで。散れよ」
ハーレム1号になるなら、ラブコメまがいのやりとりにも付き合ってやるが、人を攻撃するような女の前でどのみち鎧は脱げない。脱げないならヤレない。全くの用無しだわ。
だが、女は呆然として一歩も動かなかったので、俺は再度巨大な木に向かって走り始めた。