鎧の力
目の前が真っ暗になったと思ったら、森の中に転移させられていた。
「マジかよ……、投げっぱなしすぎんだろ!日本なら訴えられるぞ!?」
俺の前には金色の光を放つ、とんがり頭のプレートメイルが棒立ちしている。
「おいおいおい、てか、武器は?武器はどうすんだよ!!」
『オオオオオオオオ!!』
突然、何かの叫び声が聞こえ、俺はビクっと驚いてしまった。
「……、クソ、ざけんじゃねえぞ。《着装》」
目の前の鎧が消え、視界が横一文字になる。なんだか急に強くなった気分になる。
「ふぅ、これで安心だろ。まずは鑑定か?」
自分を鑑定してみる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
後藤 竜二
32歳
男
人族
175cm
85kg
105-94-100
住所不定
無職
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……んだこりゃぁ……、婚活パーティーのプロフィールかよ」
ただ、名前がわかるだけのようなもんだ。いくら簡易鑑定だと言っても、これじゃあ使い道が無さそうだ。もっとスキルやらステータスやらを想像していたから拍子抜けだ。つうか、男のスリーサイズの需要なんてねえから。
「ちっ、……、じゃあ、アイテムボックスはどう使うんだ?」
とりあえず開けと念じてみると、目の前に玄関のドアが現れた。
「……は?」
おそるおそるドアを開けてみると、そこはまるでレンタルコンテナのように、がらんどうとした部屋だった。天井は3mほど、広さは8畳くらいか。
「俺の知ってるアイテムボックスと違うんだが……」
そのまま部屋に入り、つい、ドアを閉めてしまうとドアはスッと消えてしまう。
「っ!開け────、なるほど」
一瞬密室に閉じ込められたのかと焦るが、開けろと怒鳴りつけるように念じるとまたドアは現れ、ドアノブに手をかけてドアを開けるとさっきまで立っていた森だった。また室内に戻り、ドアを閉めるとドアは消える。どうやらアイテムボックスの中は完全な個室空間のようだ。
「あー、こんなパターンのアイテムボックスもマンガで見たな。……、でもどっちが便利だろうな」
いわゆるアイテムボックスならば、念じるだけで念じたものが出したり入れたり出来るが生き物は入らない。俺のアイテムボックスは、ドアを経由しなければならないが、俺もこの中に入れるようだ。
「いや、酸素は?。あのシルクハット、鎧の時も小難しいこと並べてたかんな……、アイテムボックスにも盲点がありそうだ」
鎧を着てれば無敵なので、今アイテムボックスの中に避難している意味はない。それに水や食料も探さないと行けないのだから、アイテムボックスの中でじっとしているわけにも行かない。
「えーと……、目的は忘れてませんが、生きる為の行動が優先ですので、とりあえずは目的は保留します。聞いたか?!シルクハット!!」
いきなり呪いが発動するのが怖いので、声に出して言ってみた。そして当てもなく真っ直ぐと歩いてみる。何かに突き当たるまで真っ直ぐ進めば、何かには辿り着くと思ったからだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
おかしい。異常すぎる。
ずっと真っ直ぐ進んで、かれこれ4、5時間は経っている。真っ直ぐ4、5時間進んでも何にも辿り着かないのも異常だが、それよりも異常なのが疲労が全くないのだ。それどころか喉の渇きも空腹もない。いくら不思議パワーで鎧の重さを感じないと言っても、これだけ歩けば疲れもするはず。
「……まさか…………」
奴は言っていた。この鎧を着ている間は絶対に死なないと。餓死もないとも言っていた。
「もしかして、これ、すごくね?」
思ったよりもかなりの高性能な鎧らしい。それになんだろう、例えるのが難しいが、全能感とでも言うか、この鎧を着てるとなんでも一人で出来ると言う気分になる。なるほど、ただのド派手鎧とは違ったようだ。
「フゴ、フゴッ」
「ん?」
何かの鼻息?
「プギィィィィィィィィ!!」
「うわっ!」
甲高い豚のような鳴き声と、ドドドドと、とても重そうな走る音が聞こえる。視界が狭いのが、より恐怖を増幅させる。
「何?!何だよ!」
ドンッ!
何か大きなものが壁にぶつかったような音、そして右側から生暖かく、臭い空気が流れてくる。横一文字の視界を右に向けると、ゼロ距離に巨大な生き物がいた。
「うわあぁ!!」
びっくりして左に倒れ込むと、生き物の全体像が視界に入る。
それはイノシシだった。だが、まるで象並みに大きなイノシシだ。そしてイノシシは額から血を流している。見ると俺の右腕はイノシシの血に染まっていた。
「…………、まさか、このイノシシが俺に衝突したのか?」
そうとしか思えないが何も感じなかった。一切の揺れさえ感じていない。
「す、すげぇ……」
そうこうしているうちに、イノシシは再度俺から距離を取っていた。俺は徐に立ち上がり、イノシシに向けて右手を指差す。
「おら、こいやあぁぁぁ!!」
「プギィィィィィィィィ!」
ドドドドドドドド
イノシシはすんごい勢いで走ってくる。顎を下げ、口から飛び出している牙で俺をぶっ刺すつもりのようだ。
怖い、怖いが、これであっているはず。俺は動かないように身を固める。
「死んだら呪い殺すぞぉ!シルクハットォォォォォ!!」
グシャア!
俺の右手はイノシシの眉間に突き刺さった。そしてイノシシは数秒経つとその場でドシンと横に倒れた。
「すげぇ、すげぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!武器なんて飾りだわ!ヒャッハー!!」
無敵だ、無敵すぎる。痛みどころか一切の衝撃さえなかった。勝った、俺は勝ち組になったのだ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
更に数時間歩き、辺りは真っ暗になった。
あれから何度も巨大な獣の襲撃にあったが、当然無傷だった。しかし、問題も浮き彫りになった。
まず、俺からの攻撃、パンチやキックだが、すばやい獣たち、狼やウサギなどには当たらないのだ。そしてラッキーパンチが当たったとしても大した攻撃力にはならなかった。
実験として、直径30cmほどの幹の木を渾身の力で殴ってみた。もちろん手に痛みはないが、木はドスンと音を立てて揺れただけだった。イノシシの眉間に右手が突き刺さった時は、イノシシが象のような大きさの体重で、イノシシの突進力で、絶対に折れない針のような俺の右手に、頭から突っ込んで来たために出来た結果であり、自分からの攻撃では思うような結果を出せないことがわかった。やっぱ、武器必要だわ。
ならば狼たちはどうやって撃退したか、実はしていない。狼たちの方が疲れて諦めて逃げていくのだ。また違う狼がやって来たりもするが、俺のパンチは当たらないので、俺は狼を無視して無人の森を歩くがごとくスタスタと進む。狼たちは噛み付いたり色々してきているが、どうにもならないとわかるとそのうち居なくなる。
狼たちに噛みつかれて、鎧が狼の唾だらけになり、獣くさくて困ったが、吐き気をするほどでもなかった。多分、鎧の不思議パワーのせいだと思う。匂いもある意味攻撃とも言えるが、それを言ったら視覚も聴覚もなので、シルクハットが上手いことやってくれたのだろう。
「……、眠れねえ……」
流石に森の夜は真っ暗なので全く進めなくなり、寝ることにした。この鎧を着てれば虫が鎧に入り込むこともないし、目を瞑ってしまえば、獣に噛まれたとしても何も感じない。アイテムボックスの中で寝ることも考えたが、鎧効果で窒息の心配がないとしても、綺麗なアイテムボックスの中に、よだれや落ち葉などで汚れた鎧で入室するのが嫌だった。
だからそのまま森の地面に横になったのだが、全く眠くならないのだ。
「まさか、睡眠まで必要なくなるとは……」
これはこれで困ったものだ。アイテムボックスの中に酸素があるなら、鎧を脱いで寝てしまいたいものだが、窒息実験をしてからじゃないとそれをすることも出来ない。
仕方なく、初の異世界の夜空を眺めながら大地に横になり、朝日が登るのを待った。