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エルピスの箱庭  作者: はがき
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プロローグ

「なんだこりゃぁ……」


 道を歩いていた。

 すれ違った奴と肩がぶつかり、イラッとして睨みつけたが、スジモンのように見えたから即座に目を逸らした。

 ふと何かを感じ取り、空を見上げると小さな黒い点のような物が見えた。俺が目を細めてそれを良く見ようとした時には、それは俺の頭を貫いた。


 死んだ。死んだと思う暇もなかった。「あっ」と思った時には死んでいた。いや、死んだはずだ。それなのに俺は、今生きてこの異様な白い空間に居る。目の前には黒いタキシードを着て、シルクハットを被った男がゆっくりと歩いている。


「私もね……、苦渋の決断だったのですよ」

「……はぁ?」

「不遜、傲慢、そのくせ臆病で幼稚、時にはお調子者で良い人ぶったりもする。そして極めて利己的で傍若無人、完全に《ヒャッハー》属性の典型的モブ、こんな人を選ばないといけないとは……」

「てめえ……、誰だよ。ここはどこだ」


 シルクハットの男は、帽子で目線を隠すように被り、俺の周囲をゆっくりと歩いている。


「未だに悩んでいます。これで良いのかと。そう、神と呼ばれるほど昇華した私でも悩みは尽きないのです」

「答えろ。ここはどこだ?」

「おまけに馬鹿ときた。記憶があるはずなのに状況も理解できない」


 馬鹿と言う言葉に反応し、俺は無言でシルクハットの顔に拳を振り抜いた。しかしシルクハットは瞬間移動のように消え、俺の後ろに現れた。


「珍しい。強者には絶対手を出さない貴方が私に拳を振り上げるとは。……、それとも私が貴方より弱者に見えましたか?」

「…………」


 俺は馬鹿じゃねえ。俺を馬鹿にする奴だけは許せねえ。

 俺だって想像はついている。だけど信じられないだけだ。


「そう、最近貴方が好んで読んでいるマンガと同じですよ」

「……マジかよ」

「はい。貴方しかいないわけでは有りませんが、私の未来視によると貴方が1番可能性が高くリスクも少なかったので選ばせていただきました」


 俺は雑念を振り払うように頭を振り、深呼吸して冷静に考える。


「……待て、ちゃんと確認させてくれ」

「はい」

「これは……、異世界転移だよな?」

「はい」


 想像が確定したことにより、ニヤけそうになるが懸命に堪える。


「俺は死んだのか?」

「はい。小粒の隕石に頭を貫かれましたので」

「……。俺は選ばれた───、待て、選ばれた?ってことは隕石を俺に落としたのはお前か?」

「はい」

「俺を、……殺したのか?」

「はい」


 悪びれもせずにはっきりと断言され、シルクハットの顔を見るも、帽子に半分以上隠されたその眼を見ていると、再度殺されそうな恐怖が湧き上がり目を逸らせて俯く。


「何か問題が?」

「……」


 大ありだろうが!だが、それを口にすることが出来なかった。はっきり言ってビビっている。シルクハットはニヤリと笑みを浮かべ、またゆっくりと俺の周囲を歩き出す。


「お願いがあってお呼びしました」

「……」


 呼んだ?殺したんだろうが!


「貴方に、とある世界を救って欲しいのです」


 人を殺しておいて、世界を救えか。……マンガみたいだな。色々言いたいことはあるが、ここでビビってても仕方がない。どうせ何を言ってもどうにもならねえんだろ?だったらもらうものはきっちりいただかねえと。


「……、なら最強の力を寄越せ。腕の一振りで軍隊を薙ぎ払い、魔法一つでドラゴンも倒せるような力を。あ、あと不老不死にもしてくれ」

「無理に決まってるでしょう」

「は?なんでだよ。俺は世界を救ってやるんだぞ?」

「そんな力を渡したら、今度は貴方を殺す人を送り込まなければいけなくなります」

「……」


 シルクハットの口はニヤけているが目は笑ってない。だがここは踏ん張りどころだ。


「な、なら、《創造》の力をくれ」

「無理です」

「それなら《因果律の書き換え》の力を────」

「竜二さん」


 瞬間、この空間が凍ったかに思えるほど、背中に寒気が走った。腹の底からガタガタと震えがくる。顎も膝も笑い、涙が溢れそうになる。なんとか失禁だけは意識して堪えた。


「私は世界を救って欲しいのです。新たな魔王を送り込みたいのではありません」


 俺は踊る膝を手で押さえ、なんとか声を絞り出す。


「だ、だってよ……」

「それに因果律の書き換えなんてよく知ってましたね?それも創造も神の領域の力です」

「……」


 最近読んだマンガで1番無双してるのがこれだった。だから俺も同じことが出来ると思ったのに。

 ……、怯むな。震えよ止まれ!ここで全てが決まると言っても過言ではないのだから。


「じゃ、じゃあ不老不死だ!これなら良いだろ!」

「ダメです」

「だ、ダメダメばっかじゃねえか!なんの力もねえんなら世界なんて救えるわけねえだろ!それなら俺は異世界に行かねえぞ!!」


 シルクハットは無言になり、俺の周りを歩いている。そして30秒ほど経つと口を開いた。


「そうですか。仕方ありませんね。未来視の結果が貴方が最良だったと言うだけで、貴方以外の候補がいないわけではありません。他の人に頼みましょう。世界を救って頂けないなら仕方ありません」

「俺はどうなるんだよ!」

「貴方は死んだんです。それだけですが?」

「ふ、ふざけんな!俺を殺したくせに!!」

「だから?」

「っ!」


 シルクハットの目はまるで死神のようだ。顔から表情は抜け落ち、目は真っ黒に染まり、まるで虫ケラを見るように俺を見ている。


「…………、わ、悪かった……、行きたくないわけじゃない」

「知ってますよ」

「でもよ……、何もなきゃ世界なんて救えねえよ……。せめて不老不死を」

「不老不死はダメです。不老不死なんてものはこの世に存在しないのですよ。生あるものは皆死ぬのです。そう、私でさえも。ただ、貴方方の物差しでは測れないだけです」


 それでも死ぬのは怖い。今もシルクハットにビビってるし、このまま異世界に行けずに死ぬのも嫌だ。チートがもらえなかったとしても、命の保証はしてほしい。


「わかった、じゃあこうしてくれ。最強の防御力をくれ。ドラゴンに踏まれても死なない、毒も効かない、高度1万Mから落下しても死なない、魔法も何もかも無効の無敵の防御力を」

「ふむ」


 シルクハットは顎に手を当て、考えこむ。そしてどこか遠くを数秒見つめると、俺に顔を向けた。


「可能です。でも本当にそれで良いのですか?」

「何がだよ」

「どんな攻撃も無効となると、衝撃や振動も無効にするしかありませんね」

「……は?」

「音は空気の振動です。振動が無効ならば耳も聞こえなくなりますね。光もある意味網膜への刺激なのでこれも無効と。暗闇で生きることになりますな。触覚は?肌に対する攻撃もありますので、それからも守るとなると誰かに触られても何も感じなくなりますね。となれば生殖行為をしても何も感じない────」

「待った!待っ、待ってくれ!」


 俺は手を突き出してシルクハットの言葉を止める。


「違うだろ!そうじゃねえだろ!……、もっとこう、なんだよ。都合の良いように、攻撃だけ無効とかそう言うのあんだろ!わかんねえかな?!」


 するとシルクハットはフフフと笑い、また歩き出した。


「ええ、わかってますよ。貴方がそれに気付いているか試したんです」

「馬鹿にすんじゃねえ!」


 すると俺の目の前に金色に輝く全身鎧が現れた。

 その鎧は銀色の全身鎧に見えるが、金色の反射光を放っている。

 全身鎧は頭から爪先まで一切の隙間はなく、兜の目の所だけ横一文字に視界穴が空いている、とんがり頭のプレートメイルだ。


「これを差し上げましょう。《着装》と唱えてください」


 俺は呆然としながらも《着装》とボソリと呟いた。すると目の前に立っていた鎧が消え、俺の視界は横一文字になった。


「お?……おっ?!!」


 どうやら鎧を装備しているようだ。手足を動かしてみる。

 鎧の下の服装は普通のシャカシャカジャージなのに、どこを動かしてみても痛みがない。普通、全身鎧を着れば関節部分とかが肉に食い込んだりして、痛みが発生しそうなものだが、大きく動かしてみてもジャンプしてみても、走ってみてもどこも痛くない。


「…………、重さが……」


 それどころか重さを全く感じない。視界が狭くなっているので鎧を着ているのはわかるが、まるで何も着ていないかのように重さを感じないのだ。


「フフフ、それがお望みだったのでしょう?例え何が起ころうとも全くの無傷。ドラゴンに踏まれようとも、毒を浴びせられようとも、それどころか火の中でも大丈夫、水中で窒息もない、餓死もない。それさえ着ていれば絶対に死にません。しかもお望み通りに、物理法則を無視した都合の良い無敵です」

「おお!おお!」

「流石にそれを着たまま生殖行為は出来ませんが、鎧を着たままする人は居ないでしょう。《脱装》と唱えてください」

「《脱装》」


 俺の視界は開かれ、目の前に金色に輝く鎧が立った。


「鎧を脱げば通常と同じです」

「おお!……、でもこの鎧を盗まれたらどうすんだ?」

「盗まれません。ご自身の手の甲を見てください」


 右手の甲を見ると、円の中に六芒星があり、よくわからない文字がたくさん書いてある。まるで刺青のように描かれた魔法陣のようだ。


「鎧の内側にもそれが書いてあります。《着装》で装備出来るのは貴方だけですし、その鎧の重量は500kgあります」

「500kg?!」

「万一盗まれたとしても《着装》と唱えれば、目の前になくとも貴方に装備されますので、絶対に盗まれることはないでしょう」

「おお!おお!」


 すごい、これはすごい。これだよ、求めていたものは!


「更に異世界の様式美のようなものですので、所謂アイテムボックスと言語理解、簡易鑑定も差し上げましょう」

「……良いのか?」

「もちろんです。アイテムボックスの容量は、貴方の住んでいるワンルーム部屋程度ですがね。それに私は貴方に異世界を旅してもらいたいのではないのですから。世界を救ってもらいたいのです。省ける面倒は省いておきましょう」

「なら────」

「しかし、強すぎる力は破滅をもたらします。人間誰もが大きすぎる力や巨額の金などを持つと変わってしまうものです。ですので、なんでもと言うわけにはいきません」

「……」


 言いたいことはわからないでもない。臨時収入が入るだけでも気が大きくなるし、防御が無敵ってだけでオラついてしまう自信がある。しかしそれでも、これだけで世界を救うってのが出来るものだろうか?そもそも世界を救うって、何をしたら救えるんだ?


「良かったです。とことん馬鹿と言うわけでも無さそうですね」

「俺は馬鹿じゃねえ……」


 するとシルクハットは数秒目を瞑り、


「そうですね、ならばこうしましょう。トワイライト王国の国王、ジークハルト=シュタインベルグを殺してください。これが貴方の目的です」

「……、人殺しかよ……。それが世界を救うことになるのか?」

「はい。それとこれを」


 シルクハットは俺に向かって歩いてきて、俺の胸に掌を当てた。


「ぐっ!!」


 途端に息が止まるほどの苦しさを感じたが、一瞬で痛みは消えた。


「後藤竜二さん、貴方に呪いをかけさせてもらいました」

「は、はあ?!!」

「私は向こうの世界に干渉出来ませんからね。目的を諦めた時、または10年経っても目的を達成出来なかった時は貴方は死にます」

「っ!」

「元々は死んでいるのですから、このくらいは当然でしょう?。繰り返しますが、私は貴方に異世界を旅してもらいたいのではないのです。目的を忘れて、または目的を放棄して《スローライフ》などと日和られても困るのですよ」

「ま、待ってくれ!!人間なんだから、だりーなとか思ったり、一度挫折してもまた頑張ったりとかもあんだろ!」

「その程度では呪いは発動しません。明確な意思を持って、完全に目的を放棄しない限りは大丈夫です」

「いや、じ、じゃあ、10年は短すぎる!」

「目的を達成出来れば、その後の人生もありますが?」

「それでもだ!、そうだ、世界を救う為の修行とかしてれば10年ぐらいすぐ経っちまうだろ!」

「無敵の鎧があるのです、手間を省ける力も与えました。後は工夫してください」

「くっ……」


 正直、異世界に行ってしまえば後はどうとでもなると思っていた。マンガでも大体そうだったし、無敵鎧でオラついてハーレム生活を満喫するつもりだった。


「最後に助言です。鎧の力を信じなさい、さすれば必ず目的は達成され、貴方の晩年は満足いく結果になるでしょう」


 突然、俺の体が足元から透け出した。


「お、おい、ちょっと待て!もっときちんと説明を!魔法は?!俺にも出来んのか?!」

「期待していますよ、後藤竜二さん」


 そして目の前が真っ暗になった。


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