ヘーゼルナッツ・アレルギー
ニムエちゃんが駆け寄ってくると、ルキウスの隣に腰かけ顔を覗き込んだ。
「セーレ君。セーレ君じゃないの。どうしたの?外国へ行っていたってきいたわよ」
「帰国したんだ。先週」
ルキウスはニムエのことをちょっと苦手としているらしく、たじたじとなっている。
そんなことお構いなしに、ニムエさんはテーブルの上をみまわすと、外側にナッツをまぶした寿司を見て、あーっと声を上げた。
「だめよ。ナッツが付いているじゃない」
ニムエが持っていこうとした皿をルキウスは押さえた。
「いや、僕はピーナツもアーモンドも大丈夫なんだって」
「ヘーゼルナッツも入っているわ。だってほかならぬ私が、この店に沢山ヘーゼルナッツを売ったんだもの」
「そうなのか」
「そうよ。厨房へ行って、店員さんに聞いてきてあげる」
「いいって」
「いいからいいから」
ニムエは寿司の皿を持ったまま、そのまま厨房へ走っていった。
ルキウスはバツが悪そうに言った。
「ぼくはヘーゼルナッツのアレルギーなんだ。ピーナツもアーモンドもクルミも平気なんだが」
「そうなの。ごめんなさい。まったく知らなくて」
「今は少しなら平気なんだ。実はアレルギーがわかった切っ掛けが彼女手作りのヘーゼルナッツクッキーだった。美味かったな。こんなデカいのを3枚くらい食べた後でぶっ倒れて、救急車で運ばれた。もう、体中がかゆくて大変だった」
「そういえば、庭におおきなヘーゼルナッツの木があるって聞いたような」
「そう。まあ、それはいいとして」
セーレ君は真顔でオクタヴィアに向きなおった。
「さっきの話だけど」
「なんの話でしたっけ」
「どうして、半年が期限なのかな?僕は今、それじゃすまない予感がしている。運命の出会い、というのかな。君といるとなんだか・・・・・・・ん?」
ルキウスは突然喉のあたりを押さえた。そして襟元に指を突っ込み顔をしかめた。
「どうしたの?大丈夫?」
「ああ。ちょっと用を思い出した。ちょっと待っていてくれ。すぐ戻るから」
ルキウスは人をかき分けて、店の外に出て行ってしまった。
席を外している間に、ニムエが戻ってきて、きょろきょろ周りを見回した。
「あれ?セーレ君は?」
「ちょっと用を思い出したって」
ニムエさんは席に座ると、手にしていた紙を広げた。
「アレルギー成分表を貰ってきたんですけど、セーレ君が何を食べたか覚えています?」
「わりといろいろ食べていたと思う」
「成分表見たんですけれど、お寿司にまぶしてあるのはそうでもないんですって。でもテリーヌにたくさん練り込んであるって。カモのテリーヌ。サーモンとほうれん草テリーヌは特にたくさん」
「あら、そういえば食べていたような気がするわ。大丈夫かしら」
オクタヴィアは席を立って、ルキウスの去っていた方を見た。ちょっと、と言ったわりにはいつまでたっても帰ってこない。
オクタヴィアが座り直すと、ニムエが泣きそうな目でこちらを見ていた。
「オクタヴィアさんって、私の小学校時代の音楽の先生に似ています」
「ああ、そうなんだ」
何とも答えようがなくて、オクタヴィアはただうなづいた。
ニムエさんと二人でセーレ君の戻ってくるのを待っていたが、帰ってこなかった。
そのまま、試食会ランチの部が終わってしまった。