表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/55

9、俺はこの女が苦手かもしれない☆

 甲板で浴びる潮風が心地良い。

 青空の下で飲むシードルが美味い。


 俺達はアストルム共和国を目指し旅に出た。アストルム共和国はエテルネル北側の海上に浮かぶ島国だ。ブルードラゴン等の大型魔獣が多数生息しており、雄大な自然に恵まれた島は、冒険者達の憧れの地の1つであった。


「可愛いー!」

「この紙で()()()したらチルいね」

「もっかい撮ろー」


 俺がいるのは船頭デッキの屋外カフェテリアだ。

 隣のテーブルでは女の子3人組がフルーツカクテル片手に現像魔法絵を撮りまくっている。上に乗ってるアイスが溶けているのが見え、俺は「早く食べろ」と心の中で叫ぶ。


「このクラブ、先輩がブスしかいなかったって」

「えー、じゃあ船で良い感じのグループ探す?」

「いやいやザッと眺めてたけど悲惨だって」

「あのビーチチェアの()は? 可愛くね?」

「馬鹿、1人じゃバランス悪いだろ」


 俺の斜め前では、雑誌を見ながら男達が楽しそうに会議している。下着姿の巨乳モデルがページを飾っているのが丸見えだ。盛り上がって声が大きくなったせいで、女の子3人組が不愉快そうな顔をした。


「ハァ~」


 俺は溜息つく。

 かつて冒険者憧れの地と言われたアストルムも今は昔。観光事業に力を入れるようになり、一般人でも大自然を楽しめるように整備された。未開の地を求める冒険者からは敬遠され、冒険目的で行く者はほぼいなくなった。

 現在アストルムは、学生やファミリーの旅行先定番である。この船も、中〜下層は学生や若者、高層は子連れ富裕層が乗船するカジュアルクラスのクルーズ船だ。

 今の俺の姿を、ユルティムズが見れば鼻で嗤うだろうな。


■■■■■


「ドーファン!」


 サンティエが戻ってきた。

 奴は冒険コーディネーターと伝達魔法サービスを使って連絡を取っていた。


 俺は椅子から立ち上がり、甲板の先にいるサンティエの元へ向かう。

 下品な話で盛り上がる若者グループの隣を過ぎて、カフェテリア端に並べられた複数のビーチチェアを横切る。カップルがチェアをくっつけて寛いでいる隣で、若い女が雑誌を読んでいた。

 麦わら帽子にサングラスをかけ、水着の上にストールを羽織り、水着から伸びた脚を滑らかに組んでいる。雰囲気からして相当の美人だと思わせる。読んでいる雑誌は外国語の科学雑誌だった。


「機関車のコンパートメントも無事に確保出来たみたいだ。

 卒業旅行シーズンだから助かったよ」


 サンティエと話しながら、俺は何気なく振り向く。ビーチチェアに座っていた女がサングラスを外し、こちらを睨んでいた。想像通りの美人だが、キツい視線を送ってくるのが気になった。横切る時、つい俺は彼女を見てしまったが、ジロジロ見てはいないぞ。


「ランチにしよう。外は日差しが強いから中で……」


「サンティエ・タンドレス!」


 女の声がした途端、サンティエは吹っ飛ばされた。


「サンティエ?!」


 俺は柵を掴み、飛ばされた方を見る。

 奴は船を離れ、海上にいた。


 心配は杞憂に終わった。海面から小さくて細い(クルーズ船比)水柱が伸び、奴の身体は受け止められ、ヒョーイッと甲板に戻ってきた。


 一瞬の出来事に、その場にいた客やウェイターは凍りついていた。本人は一切気にすることなく、濡れた丸メガネのレンズを服の裾で拭いている。


「過激な挨拶だね、レムーヴ」


「挨拶じゃないわ、抗議よ。サンティエ・タンドレス」


挿絵(By みてみん)


■■■■■


 俺は訳が分からず、美男美女を交互に見た。

 レムーヴという名の女は麦わら帽子を脱いだ。シルバーブロンドの髪を縦巻きしている。エメラルドの瞳が印象的だ。


「貴方が卒業式を欠席したから、代役で卒業生代表挨拶をすることになったのよ。

 1時間前に呼び出されて、原稿を渡されたわ」


「レムーヴがいるから大丈夫だと思ってたよ。

 ちなみに原稿なんか使ってないだろ?」


「当然よ! 貴方が書いた砂糖菓子より甘ったるい原稿なんか読むものですか!

 貴方の()()で卒業生代表になったことに、私は耐えられないの!

 アティラン魔大卒業生トップはこの私よ!

 なのに、貴方が代表挨拶だったことが許せないわ!」


「だって君は単位も卒論も前年時点で済ましているから……」


 なるほど。彼女はエリートお友達兼ライバルなんだね。

 さっきの視線はサンティエに向けてだったのか。


 俺が黙っていると、サンティエが話題を変えた。

「そうだ、紹介するよ。彼女はレムーヴ。僕と一緒に飛び級で大学に通っていた同級生だよ。

 レムーヴ。彼はドーファン。一緒にブルードラゴン生息地に行く武器防具鍛冶師だよ」


「はじめまして。ドーファンだ、よろしく」

 俺は社交辞令として手を伸ばす。彼女の柔らかい指が絡むように俺の手を包む。


「よろしく。こんな空想少年の道楽に付き合ってあげるなんて優しい大人ね」


 彼女はニヤッと笑みを浮かべる。

「失礼ですが、おいくつかしら?」


 本当に失礼だなと思いながら俺は「35歳だ」と答える。


「13歳上、良いわね。肌のくすみ具合に、ベルトにちょっと乗り出しているお腹とか、絶妙ね」


「え!?」

 若くて可愛い女の子が好意的に微笑んでいるのに、何故か不気味に思えてしまう。


「2人共今晩のウェルカムパーティー、ご一緒にいかが?

 高層客専用のスペシャリテレストランなの。

 服もレンタルを手配してあげるわ」


 そう言うと彼女は、俺達の返答を待たずにウェイターを通じて客室付き執事(バトラー)を呼び出した。


「それじゃあ、後程」

 彼女は船内に入っていった。


 俺は大きく息を吐いた。何もしてないのに疲れた。


「ドーファン、顔色良くないよ」

 サンティエが心配そうに言う。


「ハハハ、大丈夫だ。シードルの酔いが回ったのかな」


「……レムーヴは悪い奴じゃないけど、気を付けてね……」


「どういう意味だ?」


「彼女、昔からくたびれたオジサン好きでさ。

 海外派遣先の疲れ切った中堅医師なんかと遊ぶのが趣味らしい。あ、レムーヴは魔法医師なんだ」


「くたびれたオジサン……」


 俺は柵に倒れ込むようにもたれる。若い美女に()として見初められたと、一瞬でも期待した自分が恥ずかしかった。


■■■■■


 その日の夕方。

 俺とサンティエは客室に届いたスーツ一式を着てスペシャリテレストランに向かった。

 内装も家具も食器もクルーも、何もかもが高級感に溢れていた。慣れない雰囲気に肩の力が入る。


「ドーファンさん、素敵ですわ」とレムーヴは微笑む。

 彼女の髪型は縦巻きした毛先を垂らしたハーフアップで、服装は水色のボレロとワンピースだった。

「こちらの方が落ち着いて食事を楽しめるでしょう」


 確かにここは浮き足立った若者グループがいない。子どもの声はするが、騒がしくはない。


 船長自らがパーティー開催の乾杯の音頭を取り、優雅な楽器演奏が始まった。


 新鮮な魚貝類を使った料理を、俺は夢中になって食べた。

 サンティエとレムーヴは慣れた手付きで料理を楽しんでいる。


 彼女は最年少で魔法医師免許を取得し、学業と救命救急活動を両立してきたそうだ。首都病院に就職が決まり、学生最後のバカンスを楽しむ為にアストルムへ向かうらしい。


「ブルーシルバーローズは本当に手に入れられるの?」

 レムーヴはサンティエに尋ねる。


「生息地に行く手段は確保してる。あとは僕次第だね」


「ふーん。殺菌消毒しながら傷口を塞ぐ薬品があるんだけど、それにはシルバーローズの葉と茎が使われているの。

 希少素材としてブルーシルバーローズの乾燥茎が葉の粉末があって、それを使うと速効性高い治療薬が出来るのよね……」


 彼女は紅茶をすすり、カップを置いた。


「面白そう。私も同行するわ。宿は自分で用意するし。

 ドーファンさんとも、もっとお話がしたいですから……」


 サンティエはあっさり承諾していた。

 俺は苦笑いした。どうしてもこのレムーヴという女とは親しく出来ないような気がしたのだった。

【お読みくださりありがとうございます】


ブクマ・いいネ→つける・外すはいつでもどうぞ。

☆マーク→加点・減点・変更・取消、いつでもご自由にどうぞ。


もちろんどちらもスルー可です。読んでもらえただけで物凄く感謝です(*´ω`*)これからも頑張ります。


2023/03/19堺むてっぽう様から頂いたレムーヴイラストを掲載しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 突然のイラスト(笑)。 オジサマ大好き娘でも、いちおう好意的なんだし、仲良くすればよいじゃない?(笑) 天才美男美女と、わりとフツーのおじさん。なんか、好きな組み合わせ。取り残された感と言…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ