9、俺はこの女が苦手かもしれない☆
甲板で浴びる潮風が心地良い。
青空の下で飲むシードルが美味い。
俺達はアストルム共和国を目指し旅に出た。アストルム共和国はエテルネル北側の海上に浮かぶ島国だ。ブルードラゴン等の大型魔獣が多数生息しており、雄大な自然に恵まれた島は、冒険者達の憧れの地の1つであった。
「可愛いー!」
「この紙でゲンマしたらチルいね」
「もっかい撮ろー」
俺がいるのは船頭デッキの屋外カフェテリアだ。
隣のテーブルでは女の子3人組がフルーツカクテル片手に現像魔法絵を撮りまくっている。上に乗ってるアイスが溶けているのが見え、俺は「早く食べろ」と心の中で叫ぶ。
「このクラブ、先輩がブスしかいなかったって」
「えー、じゃあ船で良い感じのグループ探す?」
「いやいやザッと眺めてたけど悲惨だって」
「あのビーチチェアの娘は? 可愛くね?」
「馬鹿、1人じゃバランス悪いだろ」
俺の斜め前では、雑誌を見ながら男達が楽しそうに会議している。下着姿の巨乳モデルがページを飾っているのが丸見えだ。盛り上がって声が大きくなったせいで、女の子3人組が不愉快そうな顔をした。
「ハァ~」
俺は溜息つく。
かつて冒険者憧れの地と言われたアストルムも今は昔。観光事業に力を入れるようになり、一般人でも大自然を楽しめるように整備された。未開の地を求める冒険者からは敬遠され、冒険目的で行く者はほぼいなくなった。
現在アストルムは、学生やファミリーの旅行先定番である。この船も、中〜下層は学生や若者、高層は子連れ富裕層が乗船するカジュアルクラスのクルーズ船だ。
今の俺の姿を、ユルティムズが見れば鼻で嗤うだろうな。
■■■■■
「ドーファン!」
サンティエが戻ってきた。
奴は冒険コーディネーターと伝達魔法サービスを使って連絡を取っていた。
俺は椅子から立ち上がり、甲板の先にいるサンティエの元へ向かう。
下品な話で盛り上がる若者グループの隣を過ぎて、カフェテリア端に並べられた複数のビーチチェアを横切る。カップルがチェアをくっつけて寛いでいる隣で、若い女が雑誌を読んでいた。
麦わら帽子にサングラスをかけ、水着の上にストールを羽織り、水着から伸びた脚を滑らかに組んでいる。雰囲気からして相当の美人だと思わせる。読んでいる雑誌は外国語の科学雑誌だった。
「機関車のコンパートメントも無事に確保出来たみたいだ。
卒業旅行シーズンだから助かったよ」
サンティエと話しながら、俺は何気なく振り向く。ビーチチェアに座っていた女がサングラスを外し、こちらを睨んでいた。想像通りの美人だが、キツい視線を送ってくるのが気になった。横切る時、つい俺は彼女を見てしまったが、ジロジロ見てはいないぞ。
「ランチにしよう。外は日差しが強いから中で……」
「サンティエ・タンドレス!」
女の声がした途端、サンティエは吹っ飛ばされた。
「サンティエ?!」
俺は柵を掴み、飛ばされた方を見る。
奴は船を離れ、海上にいた。
心配は杞憂に終わった。海面から小さくて細い(クルーズ船比)水柱が伸び、奴の身体は受け止められ、ヒョーイッと甲板に戻ってきた。
一瞬の出来事に、その場にいた客やウェイターは凍りついていた。本人は一切気にすることなく、濡れた丸メガネのレンズを服の裾で拭いている。
「過激な挨拶だね、レムーヴ」
「挨拶じゃないわ、抗議よ。サンティエ・タンドレス」
■■■■■
俺は訳が分からず、美男美女を交互に見た。
レムーヴという名の女は麦わら帽子を脱いだ。シルバーブロンドの髪を縦巻きしている。エメラルドの瞳が印象的だ。
「貴方が卒業式を欠席したから、代役で卒業生代表挨拶をすることになったのよ。
1時間前に呼び出されて、原稿を渡されたわ」
「レムーヴがいるから大丈夫だと思ってたよ。
ちなみに原稿なんか使ってないだろ?」
「当然よ! 貴方が書いた砂糖菓子より甘ったるい原稿なんか読むものですか!
貴方の代役で卒業生代表になったことに、私は耐えられないの!
アティラン魔大卒業生トップはこの私よ!
なのに、貴方が代表挨拶だったことが許せないわ!」
「だって君は単位も卒論も前年時点で済ましているから……」
なるほど。彼女はエリートお友達兼ライバルなんだね。
さっきの視線はサンティエに向けてだったのか。
俺が黙っていると、サンティエが話題を変えた。
「そうだ、紹介するよ。彼女はレムーヴ。僕と一緒に飛び級で大学に通っていた同級生だよ。
レムーヴ。彼はドーファン。一緒にブルードラゴン生息地に行く武器防具鍛冶師だよ」
「はじめまして。ドーファンだ、よろしく」
俺は社交辞令として手を伸ばす。彼女の柔らかい指が絡むように俺の手を包む。
「よろしく。こんな空想少年の道楽に付き合ってあげるなんて優しい大人ね」
彼女はニヤッと笑みを浮かべる。
「失礼ですが、おいくつかしら?」
本当に失礼だなと思いながら俺は「35歳だ」と答える。
「13歳上、良いわね。肌のくすみ具合に、ベルトにちょっと乗り出しているお腹とか、絶妙ね」
「え!?」
若くて可愛い女の子が好意的に微笑んでいるのに、何故か不気味に思えてしまう。
「2人共今晩のウェルカムパーティー、ご一緒にいかが?
高層客専用のスペシャリテレストランなの。
服もレンタルを手配してあげるわ」
そう言うと彼女は、俺達の返答を待たずにウェイターを通じて客室付き執事を呼び出した。
「それじゃあ、後程」
彼女は船内に入っていった。
俺は大きく息を吐いた。何もしてないのに疲れた。
「ドーファン、顔色良くないよ」
サンティエが心配そうに言う。
「ハハハ、大丈夫だ。シードルの酔いが回ったのかな」
「……レムーヴは悪い奴じゃないけど、気を付けてね……」
「どういう意味だ?」
「彼女、昔からくたびれたオジサン好きでさ。
海外派遣先の疲れ切った中堅医師なんかと遊ぶのが趣味らしい。あ、レムーヴは魔法医師なんだ」
「くたびれたオジサン……」
俺は柵に倒れ込むようにもたれる。若い美女に男として見初められたと、一瞬でも期待した自分が恥ずかしかった。
■■■■■
その日の夕方。
俺とサンティエは客室に届いたスーツ一式を着てスペシャリテレストランに向かった。
内装も家具も食器もクルーも、何もかもが高級感に溢れていた。慣れない雰囲気に肩の力が入る。
「ドーファンさん、素敵ですわ」とレムーヴは微笑む。
彼女の髪型は縦巻きした毛先を垂らしたハーフアップで、服装は水色のボレロとワンピースだった。
「こちらの方が落ち着いて食事を楽しめるでしょう」
確かにここは浮き足立った若者グループがいない。子どもの声はするが、騒がしくはない。
船長自らがパーティー開催の乾杯の音頭を取り、優雅な楽器演奏が始まった。
新鮮な魚貝類を使った料理を、俺は夢中になって食べた。
サンティエとレムーヴは慣れた手付きで料理を楽しんでいる。
彼女は最年少で魔法医師免許を取得し、学業と救命救急活動を両立してきたそうだ。首都病院に就職が決まり、学生最後のバカンスを楽しむ為にアストルムへ向かうらしい。
「ブルーシルバーローズは本当に手に入れられるの?」
レムーヴはサンティエに尋ねる。
「生息地に行く手段は確保してる。あとは僕次第だね」
「ふーん。殺菌消毒しながら傷口を塞ぐ薬品があるんだけど、それにはシルバーローズの葉と茎が使われているの。
希少素材としてブルーシルバーローズの乾燥茎が葉の粉末があって、それを使うと速効性高い治療薬が出来るのよね……」
彼女は紅茶をすすり、カップを置いた。
「面白そう。私も同行するわ。宿は自分で用意するし。
ドーファンさんとも、もっとお話がしたいですから……」
サンティエはあっさり承諾していた。
俺は苦笑いした。どうしてもこのレムーヴという女とは親しく出来ないような気がしたのだった。
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もちろんどちらもスルー可です。読んでもらえただけで物凄く感謝です(*´ω`*)これからも頑張ります。
2023/03/19堺むてっぽう様から頂いたレムーヴイラストを掲載しました。