7、俺はドラゴン生息地に行くしかない
マスターは定番の丸い木のテーブル席に俺達を案内してくれた。
汗やパイプやワインや肉。
色々な匂いと熱を包み込んだ空気を吸った途端、俺は一気に冒険者になった。
シードルが入った木製マグとチーズ盛り合わせがやって来た。まずはシードルを喉に流し込み、俺はサンティエから話し始めるのを待った。
「さっきはごめん。パパが失礼なことを言って」
「この業界に理解のない人は少なくないし、似たようなことはよく言われるよ。それに、親父さんの考えも分かる。お前は将来有望な魔法使いだ。収入不安定で命の危険もある冒険なんて、止めてほしいと思うのは当然だ。ドラゴン生息地に行くことを俺は否定しないが、就職後にバカンスで訪れる形でも良いんじゃないかな?」
自分のことを棚に上げながら俺は言った。サンティエはマグの持ち手を握り締めている。
「僕はどこかに就職するつもりはないんだ。
前にも言ったけど、僕は自分がやりたいことの為にブルードラゴン生息地に行きたいだけだ」
「その、やりたいことって何だ? 聞いてなかったな」
俺はスモークチーズを口に入れながら言った。
「カフェを始めたいんだ」
「カフェ?!」
冒険とは程遠い単語に、俺は思わず聞き返した。
「すみません、お湯をもらえませんか? 空のカップも」
サンティエは手を上げ、ホールスタッフに言った。
どんな注文も柔軟に応じてくれるのが、この店の良さだ。
湯気立つ耐熱ピッチャーとカップ2つがテーブルに置かれた。サンティエはポケットから包みを取り出し、カップにサラサラと入れた。「特製粉末茶葉だよ」と言いながら、湯をカップに注ぐと、フワッと香りが昇る。クレールさんが淹れてくれたお茶と同じ香りだ。
「どうぞ」
サンティエからカップを受け取り、俺はすする。
「美味い。シルバーローズティー、だっけ?」
「うん。僕はこのシルバーローズティー専門のカフェを開きたいんだ。昔商社に勤めていたママが仕入れに成功して、エテルネルで販売が始まったんだけど、まだ安定した品質の量の茶葉が出荷出来ないんだ。
僕は大学の長期休みに、ボランティアやアルバイトで、農場の手伝いをしていてさ。そこでブルーシルバーローズのことを聞いたんだ」
「ブルーシルバーローズ?」
「シルバーローズティーの最高級品種だよ。自生しているものを採取するしかないんだけど、ブルードラゴン生息地にしかないから中々手に入らないんだ。
僕は特別に乾燥茶葉を使った少量のお茶を飲ませてもらったことがある。素晴らしい香りと味わいだった。あれの栽培に成功して、新鮮なお茶を飲めたらと思うとワクワクする。
僕はブルーシルバーローズティーを市販化させて、カフェの看板メニューにするんだ」
サンティエの頬は紅潮している。
「ブルーシルバーローズ採取は、冒険者ギルド経由でSSランクの戦士数名を同伴させることが原則だ。莫大な時間とお金がかかるから、現地の人も新たに採取しようとはしないんだ……」
サンティエはため息をつく。
魔獣がいる場所に行く時は危険度に応じた冒険者の同伴をするよう、どの国も推奨している。必然的にギルドに依頼せねばならず手数料をガッツリ取られてしまう。ギルドはあらゆる手配を代行してくれるので有難い反面、依頼者・冒険者からすると、思い通りにならないことも多いのだ。
「だから僕はコーディネーターを雇うことにした。ギルドを通すと、同伴の冒険者が素材の為にドラゴン退治をしようとするかもしれない。僕はなるべくドラゴンを傷付けたくないんだ」
「お前がギルドを拒む理由はそういうことか」
俺の相槌に、サンティエはうっすら笑みを浮かべた。
「大学で評判の良い冒険コーディネーターがいるんだ。僕もそこに依頼しようと思っている。ただ防具だけは、自分で調達しないといけない。でも、対上級ランク魔獣用の防具なんて、簡単に手に入らないだろ?」
「それで冒険者ギルドで、防具を作ってメンテナンス出来る人間を探していたのか」
サンティエはコクンと頷いた。
「やっぱりお前は凄いよ。よし、俺も全力で協力する。ブルードラゴン生息地に行こう」
俺は木製マグを掲げる。サンティエも倣い、俺達はマグをゴンッとぶつけ合った。
■■■■■
「オイ、何とか言えよ、テメェ!」
トマポテト名物のラザニアを食っていると、中央の丸テーブル席から怒声がした。俺は気付いてしまう。ユルティムズだ。
リーダーのウルスが鉄鎧姿で椅子に仰け反って座り、丸テーブルにガシャンガシャンと両足を乗せる。クリザリドが机上を片付け、ウルスの鉄製の膝当てを拭く。
「知りませんでした。すみませんでした……」
説教を受けているのは武器錬金術師のレグリスだった。黄色いマントの背中が縮こまっている。
俺は状況を理解した。
ウルスの胴当ての色がうっすら変わり、彼こだわりの紋章が消えていた。クエスト中に防具修復をした際、紋章が消えてしまったのだろう。
「ユルティムズにいて、知らないとか有り得るのかよ!?
教えてくれよ、逆に?」
「ごめんなさい……」レグリスのか細い声が店内に流れる。
周囲が会話を止めてしまい、異様な静けさの中、客達の視線が黄色いマントに刺さる。
「武器錬金術師も大したことねーな!」
ウルスは天井を見上げて言った。
これはワザとだ。奴は自分のチームにレアジョブがいることと、そのレアジョブを批判できるだけの実力者であることを、周囲に自慢したいのだ。
「ウルスー、仕方無いわよ。
甘え世代の女の子よー。おっぱいが大きいことしか取り柄が無いような子なんだから」
今度はエヴァンタイユの甲高い声が響き渡る。
(主に男の)客達の視線が、少しズレる瞬間を俺は見た。
俺は視線をそらし、シードルを飲んだ。新メンバーのレグリスは、ウルスのシゴキを受けているだけだ。俺もクリサリドも通った道だ。耐えて慣れるしかない。
客の多くもウルスのそれを知っているので、徐々に会話や食事に戻っていく……
「ちょっと失礼」サンティエが席を立った。
ん、中央のテーブルに向かってる?!
「あの、すみません」
サンティエがウルスに話しかけた!
「誰だ? どこのパーティーだ?」
ウルスは横柄な態度で睨みつける。
「サンティエと言います。所属パーティーはありません」
「あら、美形ね〜。ウチのパーティーに入らない?
ウチの若造は何年経ってもダサい顔を整形魔法しないの」
エヴァンタイユがニヤニヤしている。
クリザリドは苦笑いしていた。
「お話が聞こえました。皆さんはユルティムズですよね? ギルド通信を読みました。
加入して日が浅い彼女が知らなくてミスをしたなら、彼女に教えなかった側が原因ではないでしょうか?」
オイ、ウルスに喧嘩売るとか面倒なことは止めてくれ!
俺はサンティエを引き戻す為、嫌すぎるが席を離れる。
「彼女は加入してすぐ、クエストに参加しました。
結果は知りませんが、皆さん無事でここにいる。貴方の胴当ての色が違うのは、彼女が修復したからでしょう。初めてなのに彼女は素晴らしい仕事をしました。まずはそれを称えるべきでは?」
サンティエの発言に、誰もが注目していた。レグリスは泣き顔を上げて彼を見ている。
「随分舐めた口叩きやがるな、甘え世代の坊っちゃんが。
特別にユルティムズ恒例ブラブラ宙吊りを体験させてやろうか!」
ウルスは粗挽きソーセージを指で摘み、サンティエの目の前でユラユラ揺らした。
それを見た瞬間俺は胃の中がひっくり返るような吐き気がした。口を抑えながらサンティエの腕を掴む。
「ウルス、コイツは観光客で俺の知り合いだ。
ここは俺の奢りにするから見逃してくれ」
吐き気に耐えながら俺は言う。無造作に金をテーブルを置き、サンティエを引っ張り出口に向かう。途中でホールスタッフに「釣りはいらない」と言って金を渡して店を出た。
■■■■■
トマポテトを離れた道の途中で俺達は立ち止まる。外の空気を吸ったからか、吐き気は収まったようだ。
「お前がウルスに言ったことは正しいよ……。
ギルドって古いよな、ホント……」
俺はサンティエを見つめる。
「ブルーシルバーローズを採りに行こうぜ」
【お読みくださりありがとうございます】
ブクマ・いいネ→つける・外すはいつでもどうぞ。
☆マーク→加点・減点・変更・取消、いつでもご自由にどうぞ。
もちろんどちらもスルー可です。読んでもらえただけで物凄く感謝です(*´ω`*)これからも頑張ります。