6、俺はナメられているとしか思えない
「もう帰ってきたの?!! ヒィィ!」
キャンプ地点で待機していた保護管理員のオタリーが悲鳴を上げる。
パンパンに詰まった袋を担ぐ俺の後ろにいるサンティエを見てだろう。体長5メートルはある巨大一角モグラの首と胴体が水に包まれながら浮いているのだ。
サンティエが水系魔法使いだとは聞いていたが、ここまで万能とは思ってなかった。職業冒険者としての魔法使いは、あらゆる魔獣に対応するため、複数の属性訓練をすることが多く、1つに特化したタイプは冒険者向きではないとされていた。しかしサンティエは例外だ。霧の正体もコイツの魔力が無自覚に放出されているものだと分かった。属性やコントロールとか関係なく、ひたすら魔力が凄まじいのだ。
現地を調査していたギドンが遅れてキャンプ地点に戻ってきた。捕獲した一角モグラの量が多いので、本格的な未確認地点探査は別日にするとのことだった。
「強いリーダーが消え、捕食されやすくなり、数も次第に減るでしょう。調査箇所の確認も出来たので、提携大学研究室と協力して進めます。本当にありがとうございました」
「こんなに早く終わるなんて。
冒険者ギルドに依頼したら高額だからって、渋っていた時間と手間の方が無駄だったわ」
オタリーがギドンにコーヒーを渡しながら言った。
「巨大サイズを仕留めたのはサンティエだが、通常サイズは全てドーファンさんが退治したんだ。ドーファンさんはサポートタイプだそうなのに、我々の何倍も早く大量に処理してくれた。
害獣駆除は職業冒険者に依頼した方が予算がかかってもメリットがある。今後も前向きに検討していこう」
ギドンは興奮しながら話す。こんなにも褒められることは滅多にないので、俺は気分が良くついニヤけてしまった。
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仕留めた一角モグラは、魔法の森保護管理局が依頼した解体業者が加工する。1週間はかかるらしいので、俺はアティランに戻り、革鎧作りの準備を始めておくことにした。サンティエも大学の卒業式がある為、学生用下宿に戻る予定らしい。着いたら連絡をもらうことになっていた。
アティラン東部は工業地区だ。俺は長年世話になっている工房に足を運ぶ。冒険者鍛冶師やアティラン工業大生の為に、場所と道具を一時貸ししてくれているのだ。そこの管理人であるオングルが笑顔で俺を出迎えてくれた。
「ドーファン、久しぶりだな! 会えて嬉しいぞ!」
オングルは左手を伸ばし、俺の手を力強く握った。右手には革製のサポーターがついていて可動範囲が狭いのだ。
「オングルが引退してから初めての新規製作だからな。
今回はとんでもないレア素材を使うぞ」
オングルは元ユルティムズの狩人だ。魔獣討伐クエストで利き腕を負傷し、クリザリドと入れ替えで引退した。オングルは俺の父親が作る矢尻を気に入って、エストラゴン工房まで直接依頼に来る程だった。そこで俺は冒険者の存在を知った。10年前に俺がユルティムズに入れたのも、当時リーダーだったオングルの推薦があったからだ。
冒険者を引退した彼は兼任していた工房管理に専念し、冒険用武器防具作りの発展に尽力している。
「ユルティムズのことは聞いたぞ。残念だったな」と、オングルはフサフサの黒い眉を八の字にする。
「リーダーウルスの方針だ。仕方無いさ。
でもユルティムズを抜けたおかげで、あいつらが出来ないレベルの冒険が出来そうだ。非公式だけどな」
俺は数年ぶりに来た工房の中を色々確認する。足りない部品や素材は、妹に頼んでこっそり届けてもらう予定だ。
オングル引退後、クエストで素材獲得しても、ユルティムズのメンバーから武器や防具を作る依頼は来なかった。こちらから提案しても無視されていた。
ユルティムズには彼が作ってくれた武器防具メンテナンス用の作業場がある。しかし、徐々にゴミなどが置かれるようになった。俺が片付けたり、置かないように頼んだりしても、状況は変わらなかった。
あの時から邪魔扱いされていたんだなと思う。疑ってかかれば、属性的に厳しい魔獣を倒すようオングルに指示したのはウルスだ。奴は自分が目指すパーティーを作る為に、不要な俺達を排除していったのだろう。
新ユルティムズのクエストは大型魔獣退治だった。より目立つクエストをクリアし、戦士としての格を上げたい。それがウルスの野望なのだ。
とことんナメられているなと俺は自虐的な笑みを浮かべた。
妹に不足物資の手配を頼む為に、俺は郵便局へ向かった。窓口職員が郵送手続きをしているのを眺めていると、別の職員が声をかけてきた。
「ドーファン・エストラゴンさんですか?
貴方宛の電報を預かっております」
電報はサンティエからだった。アティランに着いたから会いたいと。場所は冒険者ギルド本部近くのパブ。日時は……
今日の夕方じゃねーか!
■■■■■
俺は若干息を荒くしながらパブ『トマポテト』に到着した。店に入ろうとしたところで、背後から呼び止められた。サンティエが手を振って歩いてきた。
またコイツは。人を急がせといて自分はのんびり到着か。先に入って席くらいとっておけよ。
「ドーファンはいつも来るの早いね」
約1週間ぶりに会ったが、前と違って砕けた話し方をしてきたコイツに俺は若干苛ついた。
「お前がピッタリ過ぎるんだよ。呼んだなら先に入って席を押さえるくらいしろよ。ここは混みやすいんだ」
「だってドーファンと一緒に入りたかったから。
ここがあの『トマポテト』か。アティランにあるとは思えない雰囲気だね」
トマポテトは歴史あるパブで、エテルネル冒険者にとってはギルド本部以上に欠かせない場所である。ギルド設立前はここが冒険者パーティー結成とクエストの仲介役をしていた。冒険者達はクエスト前にここで激励し、帰ってきたら自慢の獲物を披露し称え合ってきた。かつては新鮮な魔獣肉をパブの料理人に調理してもらい、客に振る舞っていた。今は海外クエストしかない為、獲物を加工したものをパブに差し入れすることが冒険者達の定番となった。
「とにかく、入るぞ。腹も減ったし」
そう言って俺は改めて入口のドアに手を伸ばす。が、また別の奴に呼び止められた。
「サンティエ! ここで何やっているんだ!?」
次に現れたのは、サンティエの父タンドレス氏だった。頭頂部まで顔が赤くなっている。相当お怒りの様子だ。対してサンティエは冷ややかな眼差しだ。
「下宿の外出延長届けを見たんだね。しつこいな……」
「黙れ。明日朝一番で社長に謝罪しに行くぞ。紹介を断った件を撤回するんだ」
「嫌だよ。僕は官僚にも軍人にもなるつもりはないよ」
「ふざけるな! 外務省だぞ? こんな好条件を棒に振る奴がいるか! 私の立場も考えろ!」
外務省かよ。コイツの実力ならスカウトしたがる先も上級職ばかりだろうな。
「パパの為に就職するんじゃない。僕は彼と用事があるんだ。帰ってくれないかな」
タンドレス氏は俺に眼球を向ける。
「エスカルゴさんだったかね。息子を野蛮でくだらん趣味に巻き込まないでくれないか? サンティエはこんなところで遊んでいいような人材じゃない」
冒険者ギルド全体も馬鹿にしきった発言に、流石の俺も気分が悪かった。
サンティエがキッと父親を睨みつける。
「店の前で騒がないでくださいね?」
年季の入った木製ドアが開き、トマポテトのマスターが現れた。身長2メートル、身体の幅と厚みが巨人の如くたくましいスキンヘッド男だ。
「くだらない野蛮な趣味って、何のことですかねぇ?」
マスターはその強面顔でタンドレス氏を見た。
「すみません。2名入れますか?」
サッと表情を穏やかに変えたサンティエが言った。
「ええ、もちろん。いらっしゃいませ。
ドーファンもお元気ですか?」
マスターはクシャッと笑顔を見せて、俺達を中へ招いた。タンドレス氏が去っていくのを、足音で確認した。
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