5、俺は凄い奴とパーティーを組むかもしれない
素晴らしく快適な目覚めだった。テントから出るとギドンが洗顔用の水を水筒ごと渡してくれた。オタリーがパンを焼いており、香ばしい香りが鼻をくすぐる。
朝食を済ませ、俺達も片付けを手伝い、目的地に向かって出発した。キドンとオタリーは「ここは踏まないように」と魔法植物を傷付けないように指示しながら進む。その徹底ぶりに俺は感心した。
ギドンが「あそこです」と指差した。深い谷底だ。
「ご覧の通り、ここは『運命の裂け目』です。ヴィータ側に接触しないように慎重に探索していましたが、突然変異で誕生したと思われる巨大一角モグラが、探索地点を縄張りにしているらしく、先に進めない状態なのです」
運命の裂け目。俺は今回初めて目にした。エテルネルは隣国ヴィータ王国と歴史上ずっと戦争を続けてきた。お互い奪われた土地を取り戻すという名目だ。運命の裂け目は、両国の国境に位置している谷で、目視出来る対岸は絶対に侵入禁止なのだ。
俺達は谷を下っていく。なだらかな地形のところでキャンプ地点を作ることにした。
「一角モグラは日没に姿を現します。それまで身体を休めてください」
俺とサンティエはキャンプ地点から、巨大一角モグラが出没したとされる岸壁を眺める。俺は気になることがあって空や周囲も見渡す。
昨日から森にいるが、常に少し離れた場所が霧が発生しているのだ。視界の邪魔にはなっていないので黙っていたが、霧が出るような天候でもないのに発生している。ギドンに霧のことを伝えると「問題ない」と返された。
保護管理員がそう言うのだから大丈夫なんだろうが、俺は霧の原因を知りたかった。しかしギドン達は「分からない」と曖昧にしか答えなかった。
「僕が魔法の森に来る時もいつも霧が出てるんだよね。僕もギドンさんに聞いてみたことあるけど、同じ返しをされたよ」とサンティエは言っていた。
■■■■■
空の色が寒色から暖色へ移り変わる頃、軽食と支度を済ませた俺とサンティエとギドンは、岸壁の方へ向かう。
オタリーはキャンプ地で待機だ。丸々とした体型の彼女は、ふっくらした手を振って俺達を見送った。
「一角モグラは駆除対象の害獣です。見つけたらどんどん狩ってください。生死は問いません。狩ったモグラは私が移動魔法で回収します」
ギドンは空の大きな布袋を背負いながら歩く。
「昔は保護対象だったのに、今は害獣なんですね」
とサンティエが言った。
「ええ。突然変異で出現した巨大サイズが原因で、獣や鳥が一角モグラを捕食しなくなり、大量繁殖したんですよ。奴らは魔法植物の根を食い潰していくので、数を減らす必要があります。通常サイズはFランクなので、保護管理員達が定期的に駆除してきました。しかし巨大サイズはAランク相当とされているので、我々では退治出来ないのです」
ギドンの誘導で俺達は裂け目を降りていく。川の音が近付いてきた。見上げると、緑に覆われた土壁が延々と続き、下にいる俺達に覆い被さるようだった。
「この辺りが巨大一角モグラの縄張りです」
俺はギドンが言う岸壁の地層を見た。群れで行動する一角モグラは、リーダーが空けた穴を子分がヘラのような後ろ足とスタンプのような尻尾で穴を埋めるのだ。埋めた跡はよく見れば特徴があり、穴の大きさで群れの数や個体の大きさを推測する。
「嘘だろ……」
俺は声に漏らした。通常なら高さ1メートルもない穴の跡だが、それは高さ3メートル以上もあった。
Aランクの巨大一角モグラを、俺が退治するのは不可能だ。ギドンはサンティエなら倒せると見込んでいるようだが、いくら優秀でも冒険未経験の奴にはいささか厳しい相手ではないかと思った。
ギドンは2種類の薬剤を取り出す。1つは、他の魔獣が縄張りに近付かないようにする為のものだ。霧吹きで周囲に散布した。もう1つは一角モグラをおびき寄せる為のもので、穴跡の前で焚き、岸壁に煙を浴びさせた。
ボコボコボコボコ……
土壁から直径数十センチメートル程の穴の盛り上がりが複数現れた。まずは通常サイズがお出ましのようだ。
予めリュックから外しておいた大鎚を握る手が強くなる。
複数の小さな穴から一角モグラが姿を現した。体長50cm程の奴らは、ジャカジャカと前足の鋭い爪で地面を削るように、煙の方へ進む。
俺は先頭を走る一角モグラの首と背中の繋ぎ目辺りを狙って大鎚を振り下ろす。クジャッと鈍い音と手応えを感じた。一撃で一角モグラはピクピクと動きが止まる。すると、フワッとモグラは浮き、ギドンが口を広げて持っている布袋へ吸い込まれていった。
「ドンドンお願いします!」
俺は大鎚を振り回し、バキボコと次々に一角モグラを仕留めていった。素材になる目と鼻の延長に伸びる角を傷付けないように、後頭部を狙う。通常モグラは目が退化しているが魔獣のこいつらは特殊な眼球を持っていた。
捕食リスクが減ったこいつらは、ブクブクと肥えていて、動きも鈍く俺でも充分倒せた。ユルティムズではメイン魔獣に遭うまでの雑魚魔獣退治は俺の仕事だった。ギドンの持つ袋は膨らむ一方だった。
一角モグラの群れも流石に罠だと学んだらしい。壁の穴は静かになった。
呼吸を整えながら、俺はサンティエの方へ向かう。
アイツはギドンの隣で俺の様子をずっと見ていたらしい。こんな本格的な魔獣退治は初めてだろうし、仕方無いのかもしれないが。
「俺の実力は分かっただろ?
次出てきたらお前の魔法を見せてくれ」
俺がそう言うと、サンティエはニコッと微笑んだ。
「はい、そうします。
ドーファンさんの動きを見て、どこを狙えば良いか分かりました」
サンティエは小さな穴だらけの土壁の方を眺めていた。
■■■■■
「もうすぐ来ますね……」
土壁を見たまま、サンティエは呟いた。
すると、周囲の霧(何故か俺達がいる辺りは晴れていた)がシャワシャワと消えていくことに気付いた。いや、違う。霧がサンティエの背中へ吸い込まれているのだ。
「良かった。遠くの霧が晴れてきましたね」
「いや、てか霧はお前の……」
と言いかけたところで、ギドンが俺の腕を強く掴み、首を横に振った。霧について触れてはいけないらしい。
サンティエは丸いメガネを外し、ハンカチで包んでベルトポーチの中に入れた。入れにくそうにしている。
「メガネを外して大丈夫なのか?」
「大丈夫です。疲れ目対策なので。魔法を使う時はメガネを外すんです。レンズが濡れると視界が悪くなるので」
顔を上げたサンティエの横顔は、苦労知らずのほんわかした表情から一変し、鋭くターゲットを狙う攻撃者の顔をしていた。
ゴゴゴゴゴゴ……
土壁の奥から音が響く。
ボコォッと壁が内側から破壊され、巨大一角モグラが姿を現した。鼻の延長である角の先端を震わせ、俺達に方向を定める。
一角モグラは雑食だ。これだけデカけりゃ、俺達も餌扱いになるようだ。黒く光る前足の爪を動かし、全身を外に現した。
サンティエは右腕を素早く上から下に振り下ろした。
ドスドスドスと、巨大一角モグラの首の上から下へ、氷柱のような水が何本も落ちた。水は何と貫通し、モグラの身体下部から一瞬で水と体液が滲み出す。
サンティエは次に高く飛び跳ねた。ビシャンと俺とギドンさんに水がかかる。靴裏から水を噴射したのだ。
サンティエは巨大一角モグラの頭部に着地し、もう一度腕を振り下ろした。水の一撃とサンティエの体重で、モグラの巨大な頭部はドスンゴロンと胴から離れ落ちた。
「巨大一角モグラ退治、完了しました。
眼球と角と革、頂きますね。
ドーファンさん、これで僕の革鎧を作ってください」
サンティエはニコッと微笑む。
俺は反射的に「分かった」と言った。
Aランク魔獣出没から3分も経ってない。状況の理解が追いつかなかった。
【お読みくださりありがとうございます】
ブクマ・いいネ→つける・外すはいつでもどうぞ。
☆マーク→加点・減点・変更・取消、いつでもご自由にどうぞ。
もちろんどちらもスルー可です。読んでもらえただけで物凄く感謝です(*´ω`*)これからも頑張ります。