49、俺は祈るしかない
柄から剣身を割って外す。熱を加えながら大槌を打ち付け、柔らかくした剣身を横に広げるように伸ばし、厚さを調整していく。丈夫な反面、柔軟性に欠けた素材だ。所々レグリスの合金を溶かして混ぜる。
とても静かな時間だった。伝説のドラゴン2頭が闘う聖域で、俺は一心不乱に打ち続けた。
自身の魔法の熱で、全身から汗が噴き出る。灰でざらついた腕で額を拭う。
心身共に目の前の素材に集中している。だからこそ、大槌を振る度に色々なものが浮かんできた。
父親と叔父から「エストラゴン工房の鍛冶師に向いていない」と言われたこと。
オングルの予備ナイフを研いだこと。
母親の伝手で防具工房で修行させてもらったこと。
父親の死後、オングルの矢尻を作るようになったこと。
ウルスから大剣の修理を頼まれたこと。
エヴァンタイユのレイピア。
クリザリドの鎖付き鉄球。
サンティエの革鎧にレムーブのベスト。
そして、急ごしらえの円形刃。
失敗も成功もあった。怒鳴られ殴られたし、時々褒めてもらえたこともあった。
全てが俺の経験として積み上げられている。
俺は大丈夫。作れる
「……針、ね」
剣先から扇型に広がる形になってきた頃に、レムーブが言った。
「ああ。エナは若者だからな。太い管が刺さったら痛がって暴れるだろう」
「表面の鱗から50センチの深さに到達すれば、魔力が排出出来るというのが私の見立てだけど、どうかしらサンティエ」
「君の言う通りだ。さっきの切り傷もそれ位だったと思う」
「ドーファン。刺し口から3分の2はしっかり隙間なく筒にしてね。そこから先は広げて魔力が垂れやすくして頂戴」
「分かった」と、俺は返答した。
専門的な意見をもらえるのは有難いことだ。
「針先がドラゴンの粘膜と癒着したら魔力が出てこれないわ。針先付近の耐魔性を強化出来ないかしら?」
「耐魔性か……」
大剣自体に魔法要素が無く、レグリスの合金が持つ耐魔性頼りになっている。刺す時はサンティエの魔力があるから問題無いが、排出中に粘膜が修復され、針と癒着する可能性があるのか。
「もう一つ何か混ぜたいな……」
俺は呟きながら、広げた大剣を叩きながら丸めていった。
大槌と小槌を使い分け、岩場の灰や砂利を纏いながら、熱せられた扇型の金属の端が丸まっていき、円錐の形に近付いていく。端と端を繋ぎ筒にしていく。針先は慎重に研磨する。
「僕、刺す場所を決めたいから、エナのお腹を見てくる!」
パシュッと水が噴き出す音が耳の後ろを通っていった。俺も奴も、やるべきことをやるだけだ。
ある程度形が出来てきた。俺は手の甲で額の汗を拭う。
パラリと、硬い細い毛束が俺の額に垂れた。
「やっぱりこれしかないな……」
ドスーンと、地面を叩く重い音がした。エナが尻尾を振り回していた。向こうも白熱してきたようだ。
「レムーブ、俺の髪を根元から切ってくれ。
固くて、ナイフでは切れないんだ」
俺は背中に下ろしていたロープのような毛束を掴む。
「お安い御用よ」
微笑む彼女の顔を見て、俺は少し震えた。
座る俺の背後にレムーブは立った。彼女が俺の髪を掴み、グッと下へ引っ張る。
「いくわよ」
レムーブがそういった瞬間、俺の首に激痛が走った。
「いっでぇぇ!」
ダラダラと液体が首から背中へ垂れる。ズキズキとした痛みが消えない。
「あら、ごめんなさい。疲れてるからコントロールを失敗したわ。シルバーローズ成分の軟膏を塗っておくから、血はすぐに止まるわ」
次にクリームの冷たい触感が傷口を抉る。俺は再び声を上げる。
「首が落ちなくて良かったわね。はい、これどうぞ」
罵りたい気持ちを抑え、俺は彼女から毛束を受け取った。
生まれた時から一度も切ったことのない自分の髪の毛。とても重く硬かった。俺は立ち上がり、両手で持ち上げる。
「フォルジュロンの地脈と血脈よ……。
全てを裂く剣先の糧となれ……」
加熱魔法を発動すると、くすんだ金色の毛束が内側から発光した。
「貴方の故郷、フォルジュロンの鍛冶職人達は、鉱山の精霊の末裔という伝説があるらしいけど、本当かもね」
「さぁな」と俺は短く返答した。
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俺の髪の毛を溶かし込み、表面と針先を研磨し整えた。
「サンティエは戻ってきたか?」
「まだよ」
レムーブがドラゴンの様子を見ながら言った。
俺の気付かぬ内に、岩場の向こうではあちこち煙が立ち、白く濁った空気の中で、青い鱗の山が吠えていた。
「ディオはどこなんだ?」
エナが首を下げてないということは、ディオがずっと頭上にいるはずなのだが、見当たらない。
「分からないわ。煙に隠れて飛び回っているみたいなの」
俺は巨大針を抱えたまま奥歯を噛みしめる。
折角作っても、撃つ奴がいないと意味がない。
「ドーファーン!」
煙の向こうから声が聞こえてきた。
前方から影が近付いてくる。やがて翼を広げたディオだと分かり、その上にサンティエが乗っていた。ディオは岩場は降りずに滞空姿勢になった。サンティエの頬が紅潮しており口元に笑みを浮かべていた。
「凄いよ! あっちにブルーシルバーローズが沢山咲いてるんだ!」
ああ、サンティエはまだ見てなかったな。
「狙う場所は決めたの?」レムーブが大声で言った。
「うん、お腹の中央少し下。ディオもそこが良いって」
「針は出来たぞ、持っていけ!」
俺はディオとサンティエに向けて、巨大針を掲げた。
針はたぷんと水の塊に包まれ上昇していく。サンティエが針を両手で掴むと水魔法は解除された。
「ありがとうドーファン。やってみるよ!」
「頼むぞ!」
《水魔法使いよ。我が発射位置まで飛ぼう》
「ありがとう、ディオ」
ズーンッ
急に地震のように岩場が揺れた。俺とレムーブはしゃがんで揺れに耐える。
エナがディオを見つけたのだ。首の次は肩から胴にかけてを捻り、こちらへ向きを変え始める。尻尾がうねり、地面を叩き続けている。
10時の方向にディオはいた。エナと向き合っている。
ギャオース
ディオは口から煙のようなものを吐いた。エナの顔に当たり、エナの眼球が分厚い瞼で塞がれる。払うように前脚を顔周りで振っている。
その隙にディオはエナのみぞおち辺りまで下降した。エナの腹部はそこから樽のように前に膨らんでいる。
サンティエは巨大針を水のクッションに包んで浮かす。サンティエの左手の上に針がある。その状態で奴は左腕を伸ばす。やや斜め下に狙いを定めている。右腕は弓を引くように肩の高さで曲げていた。
「行け……」
俺は無意識に呟いていた。横でレムーブの冷たい手が俺の右手の甲を覆っていた。
バシュンと音が響く。
「刺さったか?」
サンティエを乗せたディオが上昇する。エナは唸り声をこぼした。
白い鱗にやや円錐状の巨大針が刺さっている。
「魔力が出てきた!」レムーブが言った。
青く光る液体が管を伝って垂れていく。ボタッボタッと地面に落ちると、水溜まりになる。その水溜まりはすぐに光りながら蒸発し、白い真珠の花びらに変わった。
「思ったより粘性が高いのかも。出るペースが遅い」
レムーブの声が苦い。
エナは前脚の指先で白い鱗を撫で始めた。当然だが腹に違和感を覚えたのだろう。
「エナが針を抜いたらおしまいよ!」
見てることしか出来ない自分が悔しかった。
排出を促す追加道具を作ろうか。無理だ。大剣も合金も髪の毛も使い切ってしまった。
「まだだよ!」
サンティエが水が跳ねる音と共に岩場に着地した。
「エナがお腹に触らないように、ディオが気をそらしてくれている。その内に一気に出してしまうよ!」
再び空を見上げると、ディオが尻尾を降りながら飛び、エナの顔にぶつけていた。エナは怒りを発散するように上に向かって吠えている。
「粘性が高くて流れにくいの。無理矢理出そうとすれば針が詰まってしまうわ」
レムーブの冷静な声が、俺の耳に入る。
「じゃあじっくり出していくよ。
要するに膿出しってことだもんね」
サンティエは両腕を左右に広げた。すると、エナの胴体に巨大な水の塊が現れた。水の塊はエナの腕も包み込んでしまい、エナは首から下は動かせないようだ。
「脇から真ん中の針に向けて少しずつ……」
サンティエは呟きながら、広げた両手を徐々に閉じていく。水の塊はそれに連動して、波打ちエナの身体を押していった。
ギィェェェ……
エナが小さな呻き声が漏れる。
丸く膨らんだ腹は左右からの圧力で変形していく。
やがて腹に刺さった針から、ドクドクと青く光る液体が、ティーポットの口から注がれる紅茶のように流れ落ちた。
「見て!」
俺の手の甲に触れたまま、レムーブが下方を指差した。見ると、エナの足元からどんどんシルバーローズが咲いて広がっていくのだ。
次に俺は上方へ視線を移す。
先程までの戦闘態勢ではなく、ディオが静かにエナをなだめているように見えた。
身体の自由が効かないエナは、それでも反抗して身体の向きを変え始めた。身体の捻りが加わり、針から勢い良く魔力が飛び出す。それは俺達がいる岩場に届き、触れた箇所の灰は消え、硬い岩肌に変わった。
俺の隣でサンティエは歯を食い縛り魔法を発動し続けている。こんな大量の水を出してコントロールするなんて。本当にコイツはとんでもない魔法使いだな。
無意識に俺はレムーブの手を握り返していた。火傷と豆が潰れて、右手の平の皮がほとんどズル剥けている。彼女の手を握った途端、強烈な痛さが全身を通り抜けていく。それでも握らずにはいられなかった。
補足:ドーファンは自分の加熱魔法から手を保護することが出来ます。しかし今回は大急ぎで大物を作ったので保護が追い付きませんでした。でも熱いのは慣れているので乗り切りました。レムーブちゃんはドーファンの手の平の怪我に気付いていたので手の甲に触れたのですね。薬を塗ってあげたかったでしょうけどそれどころじゃなかった。




