40、俺はドラゴンを救えない
俺とレムーヴを乗せたディオは、真正面にある光の霧の左側を進み、スッと霧の中へ入った。
ミントのような清涼感ある香りが鼻孔を突き抜けた。霧を抜け明るさに目が慣れた先に広がるのは、青い宝石が敷き詰められたような美しい空間だった。
「ブルーシルバーローズ。サブローズの生花だわ」
レムーヴが言った。諦めがついたのか、落ち着いた様子で今はディオに乗っていた。
花びら1枚1枚が、ガラス細工のように繊細に重なり合っている。サファイアやアクアマリンのような青色の宝石を薄く伸ばしたかのような輝きは、一流の職人も誰も再現出来ないだろう。
グゴゴゴゴ……。
空気が震える。ブルーシルバーローズの絨毯の上に山のような巨大な岩のような輪郭が乗っている。それは鱗だった。青い宝石が幾何学柄を作っているようだ。鱗が動き、光を反射させる。
「あれがエナね。寝ているのかしら?」とレムーヴ。
《起きているが、霧の向こう、勇者がいる方角を警戒して静かにしている。この隙に根と尾を断つのがよかろう》
ディオはサブローズの絨毯から1メートル程の高さを維持して飛行する。ディオの翼がギリギリエナの身体に当たらないところまで近付く。1つ1つの鱗の縦幅はレムーヴより少し小さい位だろう。見上げると、身体の先が空にぼやけていた。
爽やかな香りで馴染んだ鼻を、別の強くて甘い香りが襲う。高飛車で派手な貴婦人の香水を思わせる。ユルティムズさえも行けない冒険の舞台には、あまりにも場違いな匂いに、俺の脳や神経が混乱しそうだ。
「これがメインローズ? 本当に花なの?」
レムーヴの呟きに俺はハッと前方を見る。
右横を流れるエナの鱗はすっかり低くなり、尻尾の先がサブローズの絨毯の上をホースのように伝っている。その先にあるのが、灯台のように縦長の建築物並に大きな緑色の茎だ。太くて鋭い棘がボコボコと茎から飛び出ている。その頂点に、煌めく青い花弁が空を支配する勢いで君臨している。
こんなものが実在するのか。
薔薇畑を進む蟻はこんな気持ちだろうか。自分がちっぽけで無力な存在に思えてくる。いっそ世の権力者が造らせた大層な石像だと言ってくれたら、どれ程安心するか。しかし見上げるそれは、空気の流れが変わる度に、花びらの先を微かに動かし、茎の側から伸びる屋根のようにデカい葉は不文律で揺れていた。
手に入れたいという気持ちにはとてもなれない。僅かでも自分のようなゴミクズが触れてしまえば、世界の禁忌を犯した重罪人として、地底の果てまで落とされてしまいそうな。圧倒的な存在感に俺は完全に呑まれてしまった。
■■■■■
《この辺りが良かろう》
ディオは降下し、首を地につけた。
俺達もブルーシルバーローズの海に着地する。先程のシルバーローズよりも背が高いブルーシルバーローズの花弁の隙間に足を入れ込むように靴を下ろす。
「痛っ」俺の膝下ズボンの部分に棘が当たる。布越しなら大丈夫だが、皮膚に直接触れれば流血は避けられないだろう。
《人間の皮膚には棘は厳しそうだな。しかし刺さっても毒は無いから安心するが良い》
シャツの袖を捲くっている俺と、袖無しチョッキのレムーヴの腕を見ながらディオは言った。
「後で私達もブルーシルバーローズで治してよ」
レムーヴが腕組みしながら舌打ちした。ボソボソと「白衣を渡すんじゃなかった」と呟いていた。
《足元付近を見よ。煌めく根があるだろう》
ディオは体を伏せて首を上げて話している。おかげで俺達と視線の高さが近くなり、こちらも話しやすくなった。
「これね」とレムーヴが指差す。
密集しているブルーシルバーローズだが、その箇所だけ避けて咲いている。女性の肘下位の太さの根が左右に伸びている。右側の先には山のようなエナの尻。左側の先にはメインローズがそびえ立っている。
《ここが一番細い》とディオは言った。
レムーヴはブーツ底で根を撫で、軽く踏んだ。ギュッギュッと踏み込む力を強くしていき、エナの反応を見た。
根は表面を研磨したダイヤを纏っているかのように、レムーヴの足の動きに合わせて、輝きの表情を変える。
「ゴムホースみたいに中は空洞のようね。液体が通っているようでもなさそう。不思議ね。硬さと弾力性があるのにとても綿毛のように軽いの。これ、浮いているわ」
レムーヴが俺を見て「踏んでみろ」と無言で指示する。
俺もブーツ底をそっと根に当ててみた。優しく跳ね返る感触があり、踏み込むと踏み込んだ分だけ根は曲がる。ブーツ底が地に当たる感覚はない。柱と柱の間に張られたロープに足を掛けているような感じに近い。今度はそっと根の下に足を入れてみる。スッとブーツの甲が根を通過した。足甲を上げると、根もブーツの形に曲がる。レムーヴは言う通り、触れている感覚が無い程に軽かった。
「ローズの根に触れても、エナには伝わらないのね」
《左様。
ただ強い衝撃が加われば、ローズがエナに警告を発する。その時は私が間に入り、そなた等を助けることに努めよう》
「そうね、じゃあこうしましょう。
ドーファン、これ」
ディオの話を聴きながら、顎に手を添え考え込んでいたレムーヴが、腰の金属棒を取り外し俺に差し出した。
「何だよ?」
「これで私の手の大きさに合う刃物を作って」
「ハァッ?! 今ここで? 出来る訳ないだろ。せめてさっきの岩まで戻らないと。打つ場所が無いし」
何でこのタイミングで言うんだよ。前もってそういうことは相談してくれ。
俺は首を振った。
「貴方、冒険者でしょう?
場所を選ばずそれくらい作りなさいよ。伝説の魔剣なんか要求してないわ。ちゃんと斬れるものを作ってくれたら、私の風魔法を加えて根を断ってみせるわ」
「無茶言うなよ。大体お前、さっきは魔法で切ると言っただろうが」
レムーヴの眉間の皺が増えていく。かなり苛ついている様子が分かる。でも、無理なものは無理だ。
「ディオの話を聞いていたの?!
強い衝撃でエナに気付かれたら、私達は逃げるしかないのよ。そうなれば目的失敗よ。
現場を確認し、当初とは異なる計画に急遽変更した。そんなの当たり前のことじゃない! もしもここが戦場なら、貴方がグダグダ言ってる間に10人は死んでいるわよ!」
彼女のエメラルドの瞳が深く濃く燃えているようだ。
だが、瞬きすると、燃えるような瞳はスッと一気に氷点下まで冷たくなった。
「貴方がパーティーをクビになった理由がよく分かったわ」
大きな氷柱が胸にドスッと貫通した。
「ディオ。貴方の鱗を1枚頂けるかしら? かなり硬くて薄いから使えるかもしれないわ」
レムーヴは踵を返し、淡々とディオと離す。まるで俺はいないかのように、視線も仕草もこちらを向かない。
《良かろう。関節の剥がれかかっている古いもので頼む。
我の鱗は外部からの攻撃なら熱も毒も効かぬが、めくられるのは痛いからな。古くとも人間が取り扱うには充分だろう》
レムーヴは「失礼するわね」と言いながら、ディオの前足を撫でる。
俺はただそれを見ているだけだった。
■■■■■
レムーヴの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
お前に一体何が分かるんだ?
万全の武器と防具で仲間が冒険に挑めるように、道中でもそれが維持できるように努めるのが俺の仕事だ。冒険中に焦ってメンテナンスすればミスを起こす。その場しのぎの処置が、大事な一点ものの武器に致命的なダメージを与えるのかもしれないんだぞ?
俺は瞬きする。怒りと同時に思い起こすことがある。
クエスト中に、武器防具を強化しろと言われたことは少なからずあった。でも俺は断ってきた。クリザリドに対して「ふざけんな、さっきの休憩中に言え!」と怒鳴った程だ。
『戦闘前後でしか武器防具メンテナンスが出来ないから非効率だ』
『戦闘中でも呪文と魔力で武器防具修理や強化も出来るんだよ。どう考えても、お前の完璧なる上位互換なんだよ』
ユルティムズをクビになったあの日、ウルスが言っていた言葉が蘇る。
ああだから俺はクビになったのだ。レグリスが優秀なレアジョブだから、だけじゃなかったんだ。
ウルスとレムーヴの言葉は同じだ。
どちらも俺の駄目なところを指摘しているだけだ。
怒りの矛先が己に向かう。自分が情けなくて腹立たしい。どうして俺はこんなにも愚かなんだろう。悔しくて嫌になる。こんなオッサンになるまで俺は一体何をしてたんだ?
グオオオオオォ
遥か向こうから唸り声が聞こえてきた。
《エナがトリアの相手をしているようだ。
こちらに気付いていないが急いだ方が良い》
ディオは冷静に言った。
「分かってるわ、でも鱗が硬くて剥がれにくいの。出血するかもだけど、風で切り込んでいいかしら?」
《致し方あるまい》
ディオは首を下げた。
滑らかな鱗が反射する。さっき移動中に触ったが、ディオの身体は凹凸がほとんど無く、そして硬く頑丈そうだった。熱にも強いんだよな……。
ふと、俺は閃いた。迷うよりも前に声が先行する。
「ディオ、お前の身体を作業台にさせてくれ」
レムーヴのエメラルドの眼差しがこちらを向いた。
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