39、俺はドラゴンと闘うかもしれない
トリアの右足付け根から、青い血がドバドバ流れている。トリアは悲鳴をあげながら、岩の上で首を伏せ、尻尾を乱暴に振る。足元に伝わる振動が激しく地震のように視界が揺れる。
ディオはトリアの方へ身体を向け首を伸ばし、彼女(きっと雌のはずだ)の傷口を舐めた。血は止まり、彼女は静かになった。
《拒絶反応が大きかった。あのままでは身体全体がああなるところだった》
落ちた前足は、激しく音を立てながら黒く変色していった。
「ごめん、トリア……」
サンティエが悲痛な面持ちで言った。
「お前が謝ることじゃない」と俺は奴に言ったが、奴の表情は変わらなかった。
更に右前足が短くなってしまったトリアは、弱々しい鳴き声を漏らした。尻尾の動きが収まると、今度は背中の翼を動かし、だらんとした身体を宙に浮かせた。砂埃が舞い上がる中、トリアは奥の光の方へ飛んで行った。
「今の内に、こいつらを追い出してくれ」
ウルスが言った。
「貴方も一緒よ。私達は貴方を連れ戻しに来たのだから。
ねぇブルードラゴンさん、用事は済んだということでよろしいかしら?」
流石レムーヴ、怖いもの知らずと言うか。ウルスとディオに対して、普段通りの態度で話しかけた。
《残念だが、勇者への頼みはこれからだ。
勇者を助けに来た使者達よ、共に力を貸してくれ》
ディオの返答にレムーヴは呆れたという顔を浮かべた。
「じゃあさっさと始めて頂戴」
ディオは首を捻り、鼻先で光の方を差した。
《あの中にこの山の頂点に立つブルードラゴンのエナがいる。だが、私が勇者を連れて来たことに不信感を抱いている。突然発生した周囲の霧にもエナは警戒している》
ディオは視線を俺達3人に向けた。もしかしたらコイツは、この霧が魔力を含んでいるもので、発生源が俺達だと見抜いているのかもしれない。だから、ウルスが追い出せと言っても残したのかな。
発生源であるサンティエは、周囲の霧に対して不思議そうな表情を浮かべていた。
《勇者達に頼みたいこととは、エナと闘うことだ》
「どういうことだ?」俺は反射的に声を出した。
ウルスは微笑み、サンティエとレムーヴは困惑していた。
《エナは我と入れ替わりで頂点になってから、数十年程しか経っていない若いドラゴンだ。頂点になったことで、魔力も増大し、身体も大きくなった。
それ自体は正常だが、結果魔力が過剰になっていることが問題だ。このままではエナが制御出来ず、魔力が暴発し、山が崩壊するだろう。
我らドラゴンだけではなく、魔獣や魔獣以外の動植物、人間達にも甚大な被害になる》
ディオはくっつけたばかりの尾の先をフワッと動かす。
すると岩の中央に蜃気楼のような幻影が現れた。
青い薔薇と、眠っているドラゴンのようだ。
「ブルーシルバーローズ……!」サンティエは声を漏らした。
《エナの寝床にはブルーシルバーローズがある。その根の1つとエナの尾は繋がっている。ブルーシルバーローズは生み出した魔力をエナへ送る。送られた魔力はエナの腹部にどんどん溜まっていく。
通常なら雄同士や魔獣との闘いで消耗するが、エナは闘う機会に恵まれなかった。持って生まれた力が強過ぎる故に、応戦出来る者がいなかったのだ》
ディオは尾の先で幻影を指す。
《溜まり過ぎた魔力を一度出してやらないといかん。古い魔力はエナにとっても有害だ。人間の言葉で似た表現をするなら『膿を出す』ようなものだ。
攻撃するのは2箇所。
1つ目はエナの尾を繋ぐ根だ。ブルーシルバーローズからの魔力供給を断つ。
2つ目は下腹部の魔力溜まりだ。我々の腹部は強堅な鱗に比べまだ柔らかい。
勇者なら、どちらもその大剣で斬ることが可能だろう》
幻影が消え、ディオの尾先はウルスに向かう。
ウルスは大剣の鞘を繋いだ革ベルトを握り締めた。
「俺はプロの戦士だ。
やってほしけりゃ、報酬を用意しろ」
ディオの鼻先両横から伸びる長い髭がピクンと跳ねた。
《エナの魔力溜まりが解消した暁には、この角を勇者に差し上げよう》
ディオは首を前に傾げ、磨かれた大理石のように白く美しい額の角を見せた。
《かつてこの国の人間は、ブルードラゴンの死後、地中に残った角や爪を掘り出し、希少価値の高い素材として武器作りに活用したそうだ。
この角を根元から折り、勇者に授けよう。いかがかな?》
俺は黙ったまま興奮した。SSランクの素材!
ドラゴン素材は入手困難で、ドレイクタイプの少量でも高額で取り引きされる。『ブルードラゴンの角の欠片』は、実家にある標本か素材図鑑でしか見たことが無い。
それがこの大きさ、この状態で、手に入るのか⁉
鍛冶師として憧れるのを過ぎて、畏れ多くて触ることも躊躇いたくなる。
ウルスを見ると、奴は納得した様子で頷いた。
「良いだろう。お前の依頼を受けてやろう」
「ブルーシルバーローズの苗も追加よ!」
レムーヴが割って入った。
「角は私達の報酬にならないわ。
ウルス1人だけでは、依頼達成はかなり厳しいわ。
私達が協力し、成功した際はブルーシルバーローズの苗をいくつか貰っていくわ。もちろんサブローズの方よ」
サンティエの丸眼鏡が下にズレる。驚いて口がポカンと開いている。
《少量であれば構わん。以前、シルバーローズの苗を持ち帰った勇者がいた。無事栽培に成功したようじゃな》
「交渉成立ね」
レムーヴがニヤリと笑い、白衣を脱いだ。一角モグラの革チョッキ姿になり、白い二の腕が露わになる。彼女の腰に銀色の棒がぶら下がっていることを初めて確認した。恐らくレグリスが持っていたものだろう。ウルスの前でレグリスの話題はしたくなかったので、俺は黙ったままでいた。
「二手に分かれましょう。私がローズの根を切るわ。
ウルスはエナのお腹を斬る。サンティエかドーファンをサポートにつけると良いわ」
「では、眼鏡の彼にサポートしてもらおう。クリザリドを制した彼だ。ドーファンよりは使えるだろう」
サンティエは唇を内に巻き込んで閉じていた。今の流れに納得していないのが見え見えだ。
「ドラゴンとシルワを助ける為だもんね」
溜め息を吐きながら、サンティエは言った。
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《我が根の方まで案内しよう。勇者はここで待機していてくれ。光の霧が晴れれば、エナの姿が見える。私の何倍も大きいのですぐに分かるだろう。上手く近付き、腹を斬ってくれ》
ディオは前足を動かし、向きを変え、首を下ろした。
「乗れってこと?!」レムーヴの顔が引きつる。
「仕方ないよ。行こう」
俺が言うと、彼女は「ブルーシルバーローズの為よ」と言い聞かしながらディオに近付いた。
「ウルス、貴方はこれを纏って。
この白衣には、防具程じゃないけど、耐魔性があるわ。何も無いよりはマシでしょう」
レムーヴはポンッと丸めて持っていた白衣を投げた。受け取ったウルスはいやらしい顔になる。
「このお礼は、エテルネルに戻ってからのお楽しみで」
「スカーフとサングラスとまとめて、弁償代を請求するわ」
「どうぞ。
ディナーはクルーズ船の甲板レストランはどうかな?」
ウルスの甘い声に対し、レムーヴは鼻で嗤って返答した。
「ドーファン、しっかり支えててよ!」
レムーヴが俺の前に来る形で、ディオの背に乗る。首に巻かれている布を掴んでから、鱗の身体にしがみつく。ワイバーンの時と違い、ディオの鱗が滑らかで引っ掛かりが少ない。幅もしっかりあるので、鞍が無くても案外座りやすかった。
ディオが両翼を上下に動かし始めた。砂埃とチラチラと花びらが舞い上がる。上昇する時の揺れに耐えながら、俺達はディオと一緒に光の霧へ向かう。
「ヒィィィ! もっとちゃんと支えてよね!」
これ以上どうしろと言う位、かなり密着してるのに無理を言うな。ただでさえ、チョッキをもっと地厚に作れば良かったと後悔してるのに。
《もしもエナが気付き攻撃姿勢を見せたら、私が使者達を守ろう。使者達は根を切ることに集中してくれ》
ディオは光の霧へ少々迂回して飛んでいく。俺が慣れたこともあり、ディオの声かけに相槌や会話が出来るようになった。
「質問だが、根を斬ったらその後エナは魔力を得られなくなるんじゃないか? それは良いのか?」
《問題ない。エナが頂点である限り、再びローズと尾は繋がる》
「了解。ところで話は変わるが、お前達がエナの腹と根を斬れない理由は何だ? 上下関係があるとはいえ、緊急事態なんだから仕方ないだろう。能力で不可能な訳じゃないはずだ」
《聞かれたくない質問だな。
理由は我々のワガママだ。自分の子よりも大事に想って育ててきたエナに爪も牙も向けられないのだ》
もちろん顔は見えないから表情(?)は分からないが、ディオの放つ声は、苦笑いをしているように感じた。
《エナの両親は数百年前に人間の勇者率いる冒険者パーティーに殺された。
エナの父親は私の兄でかつての頂点だった。幼い子に代わり叔父の我が次の頂点になった。エナは悲しみ、人間をひどく恨んだ。我とトリアは傷付いたあの子の心をどうにかすべく寄り添い続けた。だが、結果甘やかし過ぎてしまったのだ。力をつけたエナは人間への復讐を考えている。止めてやらねばならないが、我々では力が足りない》
俺にはディオが「言い訳」しているように聞こえた。でもそれを非難する気は起きなかった。
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