31、俺は連中を止められない
座席は2名席が前後に2つあった。
レグリスがしれっと「サンティエ、前どうぞ♡」と促し、ちゃっかり並んで前席に座った。サンティエは、はしゃぎはしないものの、子どものように頬を紅潮させ、嬉しそうに周りを見ている。
「中・大型甲虫の群れは巣に戻った様子です。夜行性大型魔獣が動き出す可能性もありますので、移動中は山に近付かないように飛んでください」
部下からの報告を受けた職員が言った。
「分かりました。ルートは大体把握してます。
だって私は東シルワ山を脱出して農場に行ったんですよ」
レグリスがニコッと微笑む。
見送りする人々は安心したような顔を見せる。
「行ってらっしゃい!」
「気を付けて!」
「※※※※※※!」「※※※!」
俺達は彼らに手を振る。ブワッと空気を震わす音が下から発した。この飛行機にエンジンはなく、レグリスの魔力で飛ぶらしい。しかも滑走不要なのだ。
機体が地面から離れていくのが、振動と微妙な目線の変化とケツの具合で把握する。
レグリスが大きく息を吐き、両肩を大きく上下に動かした。俺は彼女の三つ編みした後頭部しか見えない。しかし、非常に緊張している様子が伝わった。隣のサンティエが彼女の方を見て、表情を少し曇らせる。
「レグリス、本当に出発して良いのね?」
レグリスの真後ろからレムーヴが言った。レグリスは後部座席と隣に顔を見せる。口角を懸命に上げていた。
「もちろんです!」
彼女はそう言って機体を一気に上昇させた。
今回のクエストに、レグリス参加は絶対必要だった。
ガイドのSOS信号と報告だけでは、現場状況が把握出来なかったからだ。持ち込み物等の事前申告が悉くデタラメであったことがレグリスの話で判明すると、レグリス以外の人間だけで山に入るのは不可能という結論になった。
(余談だが、レグリスの正直な報告を聞いている途中で退室し、ドアの裏で大声で悪態をつく管理局職員もいた。そんな彼らを尻目に軽やかに話しているレグリスの肝の座り具合に俺は震えた)
レグリスが必要なクエストではあるが、深刻な懸念点があった。
彼女を参加させるということは、仲間の暴力から逃げた彼女を、再びその場に戻すことになるからだ。レグリス自身は一言もその点には触れていないが、気持ちの負担は測りきれない。出発直前の彼女が少し場を離れた隙に、俺達は「レグリスをユルティムズメンバーと会わせないように」と意見を一致させた。
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月明かりの優しい光も反射する程に磨かれた銀色の機体は、暗闇に包まれた山をゆっくり回りながら頂きを目指していく。日没に合わせて戻るはずだった飛甲虫の1頭が、大きな梟のような魔獣に空中で捕食されるのが見えた。夜の山は決して寝静まってくれないのだ。
レグリスは昨日俺とレムーヴが降りた地点を過ぎ、木々の様子が変わり始めた辺りで徐々に下降を始めた。
管理局で聞いたように、青や緑や白のほのかな光が、地形や草木の形に沿って光っている。目が慣れてきたこともあり、夜闇ではなく視界がはっきり分かる濃紺の空間が現れた。
「打ち合わせ通りの場所に着地しますね」
そう言ってレグリスは静かに飛行機を地面の上に駐めた。
全員降り終えると、一気に冷えた空気が身体を刺してきた。彼女の魔力がいかに俺達を守っていたかが分かる。
「では、行きましょう」
レグリスの声は落ち着いていた。
サンティエが彼女の後ろについて行くが、特殊な山歩きに慣れていないようだ。奴に続くレムーヴは、それなりに慣れているのが分かる。普段の物言いを我慢して、たどたどしく歩くサンティエの背中を見ていた。
「あら、霧だわ」と横を向いたレグリスが言った。
「ブルードラゴンが関係しているのかな?」とサンティエ。
ご丁寧に進行方向は一切ボヤケていないので、俺はサンティエの魔力だと気付く。良い加減、言ってやった方が良い気もしたが、レムーヴがスパッと「早く進みましょう」と話を切り上げたので、俺達は黙々と歩く。
レムーヴも知っているんだなと、薄々俺は感じていた。
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出発前に身体に振りかけた魔獣避け薬が効いているようだ。霧の方から時折唸り声や鳴き声が聞こえてくることがあっても、近付いてくる気配はない。少しぬかるんだ道で滑らないように注意しながら、俺達は進む。
「もうすぐですね」とレグリスが言った。
道の脇の木の幹に布紐が結ばれている。夜光塗料がついていてユルティムズの目印だと分かる。俺は不安とは別に懐かしさを感じた。
テント場に到着する。大小異なるテントが合計5つ。集落のように固まっていた。外に灯りは無く、火や人の気配も無い。だが、ぬかるんだ地面には足跡が乱雑に残っている。直前まで準備していて、丁度出発したところだろうか。
「ガイドがいると思われるテントはどれ?」
レムーヴがレグリスに尋ねた。
「中央のダイニング用テントか、一番端の小さなテントだと思います。私がいなくて、1つテントを使っていないみたいだわ」
レグリスは答える。ユルティムズは昨日から移動している為、彼女も配置関係を把握しきれていないのだ。
「ダイニング用から順番に中を見ましょう。ガイドを見つけたら、すぐに退散よ……」
キシャアアアアーーー!
テント場からそれ程離れていないところから、つんざめくような鳴き声が響いてきた。
俺達はドラゴンのものと直感した。
「アーハッハ! チョロいもんだな! 次行くぞ!」
静けさが奴らの声を運んできたようだ。一同の顔に緊張が走る。レグリスは振り返ることが出来ずに固まっていた。
「ブルードラゴンが危ない! 止めなきゃ!」
サンティエが言った。
「駄目よ、人命救助が優先よ!」レムーヴが反論した。
「だが、あいつらを放っておいたら大変なことになる」
俺もレムーヴを見ながら言った。
「ドーファンさん、行ってくれませんか?
ウルス達を止めてください」
レグリスが背を向けたまま言った。
ほとんど無意識に俺とサンティエは互いに頷き合った。
「レムーヴとレグリスはガイドを頼む!
後で飛行機で合流しよう!」
サンティエはそう言いながら走り始めた。
「ガイド優先で先に管理局に戻って構わないからな!」
俺も2人に言い残し、サンティエの後を追った。
■■■これはドーファンの一人称文章ではない■■■
レムーヴとレグリスは、中央テントに向かう。
テント入口の隙間から微かに灯りが漏れていた。レグリスが入口部分の幕をめくる。
薄暗いが中の様子は視認出来る。入ってすぐの空間には、折り畳み式のテーブルと椅子が雑に並び、テーブルの上に小さなランプが点灯した状態で置かれてある。端に置かれた木箱に液体が残った空瓶が放り込まれており、強い酒の匂いが籠もっている。
「誰か、いますかー?」
「※※※※※ー?」
レグリスとレムーヴが奥に向かって声を投げる。
数秒の沈黙の後、物音が聞こえた。
「※※※!」
男性の声で返答があった。2人はテント奥へ進んでいく。
ダイニングテーブルの向こうにもう1つのテントがある。その入口をめくると、テントの隅で立っている人影が見えた。
「レグリスさん、ですか?」
アストルム訛りのエテルネル語が返ってきた。
「はい、レグリスです!
パンさんですか? お一人ですか?」
パンがランプの灯りを強めた。疲労困憊の表情を浮かべた顔が浮かび上がる。
「一人です。皆さん、出ていきました。ブルードラゴンを狩ると言っていました」
「私達は貴方を助けに来ました。すぐにテントを離れましょう」とレムーヴが言った。
「ロープ、切れません」
パンが言った。彼の片足首にロープが巻かれている。
テント内の勝手が分かっているレグリスが、素早くナイフを取り出してきた。パンの傍に行き、ロープを持ち上げ、刃を当てた。
「キャッ!」
バチッと音がする。レグリスはナイフとロープを手放した。
「エヴァンタイユの魔法だわ。ロープを切ろうとすると抵抗魔法が発動するんだわ……」
レグリスは肩を落とした。パンが溜息をつきながらしゃがんだ。
「魔法には反応しないみたいだわ」
レムーヴがロープを持ちながら言った。パンの足を繋ぐロープの長さはかなりある。パンはこのテント内程度なら移動出来るようにはされていたようだ。
「魔法でロープを切るの? 貴方は炎系なの?」
「いいえ、風よ。この微弱な拘束魔法を上回る位のことは出来るわ」
レムーヴは指5本を真っ直ぐ伸ばした状態の右手で、ヒュンッとロープ手前の空を切った。部分的に風が吹き、スパッとロープが切れた。
バシンッ
レムーヴがロープを置いた後、ロープが勝手に跳ね上がった。それは一度だけで、後は静かになった。
「ロープが切れたら、魔法をかけた者に伝わるようになっていたみたい」
レムーヴが言った。
「急がないと。次はレグリスの荷物ね」
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