3、俺の世代は馬鹿にされるしかない
長時間の汽車移動で腰と尻が痛い。やや落ち着かない揺れの中、俺は目的地フロンティエール村へ向かう。
エリート学生魔法使いのサンティエと俺は、公式にはクエスト依頼者と受託者の関係になった。冒険コーディネーター経由だと、俺の実績にならないので、防具作り・素材集め協力依頼を冒険者ギルド経由でサンティエからしてもらうことにした。ギルドに払う手数料は後で折半する。本題のブルードラゴン案件は、ギルドを通すと莫大な費用がかかる上に、俺のランクでは参加出来ない。なのでこちらは非公式の冒険とすることにした。
どうせ俺はもう二度と冒険者パーティーに入れないかもしれない。ならばサンティエという未知の存在としばらく付き合ってみようと俺は考えた。
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俺は目的駅を降りた。リュックは普段のクエスト用よりも小さくなっている。
「ドーファンさん!」
駅を出ると、丸メガネの美青年サンティエ・タンドレスが手を振りながらこちらに走ってきた。
「遠いところまでお疲れ様です。
もうすぐバスが出るので急ぎましょう」
彼はヒョイと俺の肩からリュックを外し、軽々と持ってバス停に向かう。ヒョロ長い体躯だが、しなるような良い動きをしてる。
フロンティエール村はサンティエの地元であり、魔法の森がある。魔法の森とは、魔法動植物が棲息する土地の総称で、エテルネル国内各地にあり、国の管理下に置かれている。今回はフロンティエールの魔法の森で、サンティエの防具作りに使用する素材を収集するのだ。
「明日午前中に申請をすれば、明後日には森に入れます。
今晩はウチでゆっくりしてください」
夕日でオレンジ色に染まるのどかな町並みを眺めながら、俺は頷いた。
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駅からバスで15分程移動し、バス停から更に10分程歩く。白や水色や象牙色の石造り縦長屋の住宅が並ぶ通りの1つに、タンドレス宅があった。
ブラウンストーンの少し淡い赤みが美しい外観に、マンサード屋根と窓の形が洒落ている。フロンティエールは魔法の森と共に観光地として人気がある。一般的な民家でさえ、田舎町とは思えぬ洗練さがある。
サンティエは赤いドアが鮮やかな縦長屋をジッと見つめていた。てっきりそこが彼の家かと思ったが、隣の青いドアの家の外階段を上っていった。
ポストを見ると、確かに青いドアの方家が『タンドレス』だ。ついでに赤いドアの方のポストには『アルカンシェル』と書かれていた。
青いドアから玄関スペースに入り、サンティエが内ドアを開けると、スラリと背の高い美女が立っていた。
サンティエは彼女にハグし、頬を擦り寄せた。
「サンティエ、おかえりなさい」
「ただいま、ママ。紹介するよ。ドーファン・エストラゴンさん。武器防具鍛冶師で本物の職業冒険者だよ」
「本物の」職業冒険者、か。今時、本気で冒険者を職業にする人間の方が珍しいもんな。
「ようこそ、ドーファンさん。クレールです。
この度は息子の無茶にお付き合いくださりありがとうございます。どうぞこの家ではゆっくりなさってください。
報酬の件も、学生料金だなんて遠慮は結構ですから、きっちり内訳を明示して請求なさってくださいね」
俺はクレールさんと握手し挨拶する。
背は俺よりやや高い。顔はサンティエそっくりで瞳の色も髪の色も同じだ。年相応に刻まれた目尻と口元の小じわの様子から、普段から優しい表情を浮かべているのだろうと伺える。朗らかエリート息子が出来上がるのも納得だ。
「メインリビングへ案内しますわ。
サンティエ、ドーファンさんの荷物を上に運んできて」
サンティエは内ドア入って目の前の階段を上っていった。
幅よりも奥行きが広いスペースは、エテルネル一般家庭では珍しいモダンでシャープな雰囲気のインテリアが施されていた。
クレールさんは俺を黒革ソファに座らせ奥のダイニングに向かう。フワリと清涼感ある香りが漂ってきた。先日サンティエが持っていた魔法瓶と同じだと直感する。
「シルバーローズティーはお好きかしら?」
ツルンとした白陶器のカップをテーブルに置きながらクレールさんは言った。聞いたことはあるが、飲んだことはない。一口飲むと香りが顔から頭頂まで通る心地がした。
「めちゃくちゃ、うめぇ……!」
俺が今まで飲んでた茶の類いは何だったんだと思う。
サンティエも加わり3人で談笑してると、空気にヒビが入るような声がした。
「そちらの客人が例の鍛冶屋か?」
「パパ……。そうだよ、エストラゴンさんだ」
サンティエは立ち上がる。
サンティエの父親は、頭頂部が剥げ、焦げ茶色の口髭たっぷりの小太りの男だった。背も俺より低そうだが、威厳のある雰囲気だ。俺も挨拶する為に立ち上がる。
「はじめまして。ドーファン・エストラゴンです。
サンティエさんの防具作りをやらせてもらいます」
俺はタンドレス氏に近付き手を出す。
しかし、彼の両手はスラックスのポケットに入ったままで、俺を吟味するように眺めた。
「失礼を承知で尋ねるが、君の年齢は?」
その問いに俺の胸はズキンと鳴る。
「35歳です」
「35歳。ということは停戦になったのは……」
「18歳の時です」
俺が答えると、タンドレス氏は大きく溜息をついた。
「たるみ世代か……話にならん。
サンティエ、馬鹿げたことをするにしても、人選は考えろ」
うわー、予想してたけどキッツー。
「客人の前で止めてくれ、パパ」
サンティエの声も低くなる。
「くれぐれも息子やタンドレス家の恥にならないようにしてほしいですな。では、これから出張ですので、失礼」
タンドレス氏はメインリビングを出る。クレールさんも夫について行くようにして離れた。
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「ドーファンさん、すみません……」
サンティエは申し訳なさそうな顔をしている。俺はクシャッと笑って「気にするな」と返した。
俺とサンティエは4階のゲスト用ベッドルームに向かった。こちらは雰囲気が一変して異国情緒溢れるインテリアになっていた。まるで遙か彼方の南国だ。ヤシの木と思われる材木を使用した家具が置かれ、何かのスピリットを表しているのだろう木製のお面が壁に飾られている。ルームフレグランスはココナッツだ。
サンティエはゲスト用バスルームの説明をしていく。それを聞きながら俺は先程のタンドレス氏の言葉を反芻してしまっていた。
17年前にエテルネルは18歳男子一斉徴兵を中止した。これまでは毎年18歳男子全員に検査訓練し配属選定していたが、軍にとってそれは、膨大な作業量を強いられるもので度々問題になっていた。
そこに17年前、大規模災害が起きた。エテルネルは隣国ヴィータと長年戦争を続けていたが、この時ばかりは両国共に自国の災害救助・復興支援活動に軍を導入することを優先した。その結果、両国は事実上停戦し、加えてエテルネルでは一斉徴兵に携わる人員確保も難しくなったので中止を決定したのだ。
以降、エテルネル軍は希望者や推薦で集まった者を審査し採用する方法に変更した。年齢幅と女性採用枠も広がった。従来よりも効率的に選抜出来るということから、法律も改正され、男は18歳になっても兵役せずに済むようになったのだ。
すると、エテルネルには2つの男が存在するようになった。徴兵経験ある男と無い男。俺の世代は兵役未経験の根性無しという烙印を押された。それがたるみ世代である。俺より上の男達は気合い世代と言われるようになった。「兵役経験してこそ一人前の男」という風潮は中々消えず、俺の世代は年齢を言う度に馬鹿にされる宿命を負ってしまったのだった。
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