27、俺達はもう話さない
俺の視界に、現役だった頃のオングルの姿が浮かび上がってきた。
トマポテトにいた客達は『外の空気を吸いに行こうぜ!』と全員出て行った。キッチンスペースでは食器を洗う音だけが小さく響く。
『ドーファン!』
オングルがどこからか現れた。出入口からではないようだ。彼は慌ててテーブルに乗り、俺の身体を支えながら天井のロープを切った。
ロープから解放された俺の身体に、オングルは自身のマントを被せた。
頭に血が昇っていた俺はフラフラで、足取りも悪かった。マスターが手招きして、俺とオングルはホールから離れた別室に案内された。テーブルとソファだけの小さくて簡素な室内で、俺は身体を震えさせていた。
『よく頑張った。耐えたな。マスターがサービスで紅茶を持ってきてくれた。ゆっくり飲め』
オングルからカップを受け取り、程よく冷ました紅茶を喉に通した。ベタついて乾いた口内が少しマシになる。
『これでもうお前は一人前だ。儂からもウルスには話しておく。だから、お前は明日もちゃんとユルティムズに来るんだぞ』
ノック音がする。オングルが声をかけるとドアが開いた。
籠とボウルを持ったマスターが現れた。
『お渡ししておきます。よろしければ代わりの服を用意しますが……』
『そうだな、頼むよ』のオングルは返した。マスターは机の上にボウルを置き、退室した。
籠の中には、少し前まで俺が着ていた服と下着が入っていた。踏まれ破られ汚されており、とても着られる状態になっていなかった。
それを見た途端、吐き気が襲った。オングルが素早くボウルを出し、俺はそこに胃の中のものを吐き出した。
『苦しいだろうが、頑張れ。お前なら耐えられる……』
オングルはマント越しに俺の背中を優しく擦った。温かい声と手の平に、俺はほんの少しだけ安心した。
やがてマスターが着替えの服と、湯を張ったボウルと布巾を持ってきた。俺の吐瀉物が入ったボウルはマスターが持ち去った。
身体を拭き、服を着た俺は再びソファーに座る。オングルはスコッチの小瓶をクイッと傾けて飲んだ。
『大変だったな。名物ブラブラ宙づりを餌食にされるのは、誰だってキツい。
本来ならもう止めさせるべきなんだ。でも儂が場に居なかった為に、お前に辛い思いをさせてしまった』
オングルは気まずそうに、モジャモジャの眉を動かしながら、手にしている小瓶を見つめていた。
『もう二度と、あんな目に遭いたくないです』
俺は残りの紅茶を飲みながら行った。
『そうだな。でもな、ドーファン。宙づりに遭ったのはお前だけじゃない。過去何人も同じ経験をしてきた。皆それに耐えて冒険者になった。
ドーファンはよく頑張っているが、やはりまだ冒険者というものを分かってはいなかった。武器のメンテナンスについて、新人のくせに口を挟み過ぎだと、儂も少し感じていた。今回は痛い薬になっただろう』
俺はオングルを見る。彼の表情は髭と眉と髪の毛に隠れて分からない。
『だから、ウルスとエヴァンタイユを責めてはいけない。2人も宙づりにされたことはある。エヴァンタイユは客が他にいなかった時とは言え、下着姿で宙づりにされた。ウルスもな、同時期に入ったメンバーのミスが原因で、連帯責任で2人揃って、お前と同じように丸裸で宙づりにされた。するとな、ミスをした方のメンバーが自殺したんだ。先輩勢も他の冒険者パーティーも逃げずに耐えたウルスを褒め称えたよ』
俺は紅茶を飲み干したカップの底を見る。
『自殺したメンバーのことは?』と頭に疑問が浮かんだ。
『だからな、ドーファン。ウルスを許してやれ。
乱暴なことを繰り返さないようする必要はあるが、自分の落ち度はしっかり自覚し、ウルス達とはこれからも仲間として付き合っていくようにな』
頭がぼんやりする中で、オングルの言葉だけが容赦なく入ってくる。まるで拒否することを認められないようだ。
『そろそろ連中は店に戻って飲み直しをするだろう。儂はウルス達と話してくる。お前はマスターに頼んで裏口から帰宅しろ。お疲れさん』
オングルは立ち上がり、俺が纏っていたマントを掴み退室した。
■■■■■
「ドーファン?」
サンティエの声が静かに降り注ぐ。
俺は顔を上げられなかった。床の向こうに、まだあの時の俺がいたからだ。
何故今まで疑問に思わなかったんだろう。
オングルは誰もいなくなった直後に店の別室から出てきた。偶然じゃない。あれは出てくるタイミングを見計らっていたんじゃないか?
本当に宙づりを駄目だと思っているなら、皆の居る時に飛び出して止めたんじゃないか?
宙づり反対の気持ちよりも優先したいものがオングルにはあった。かつてリーダーだった彼は、年下のウルスに実力差を見せつけられ、リーダーの座を譲らざるをえなかった。ウルスと俺の仲介に入ることで、彼は自分の立場を維持したかった。俺はその犠牲になった。
オングル。俺はあんたに感謝している。
あんたが工房に現れなかったら、俺は生涯エストラゴン工房で長兄の手伝いするしかなかった。『エポラール・エストラゴン』と印字された箱に武器を納めるだけの人生だった。
それがどうだ。伝統あるエテルネル冒険者ギルドの帳簿に職業冒険者『ドーファン・エストラゴン』の名が刻まれている。ギルド誕生時から結成していると有名な冒険者パーティー『ユルティムズ』に10年もの間俺は在籍した。
だけど……オングル。
俺があの時言ってほしかった言葉は違ったんだ。
俺もこの瞬間まで気付けなかったけど。
「サンティエ、お前は何も悪くない。悪いのはデトロワだ」
■■■■■
「ドーファン?」
俺はようやく顔を上げ、奴の顔を見る。奴は不思議そうに俺を見ている。しまった。色々話をすっ飛ばした。
「あ、だから……その」
俺は大きく深呼吸して、姿勢を正す。
「レムーヴから頼まれている。マグナで警察と弁護士に今回のトラブルについて話してほしいと。
デトロワを利用したエテルネルの男子学生が被害に遭う事案が過去にもあるそうだ。だが、国が違うことが原因で警察も動いていないらしい。
今回はアストルムで起きた。それが突破口になるかもしれないんだ」
サンティエは口を閉じたまま俺を見ている。何を考えているのか分からない。
「もちろん無理強いはしない。話したくないなら俺からレムーヴに伝える。彼女もそれ以上要求してこないさ」
俺は奴から視線をそらす。壁を見ながら言うことは言ったと思えた。
だが、何故だろう。目元が熱くなる。水が鼻と目のすぐ裏まで来ている。
バシャン
突然、俺の真正面目掛けて、水の塊かぶつかった。俺の頭はびしょ濡れになった。
「え?」
俺はサンティエを見る。奴は人差し指を立てている。その上に小さな水の塊がプカプカ浮いている。
奴はそれをまるで弾くかのように上に飛ばした。そして落ちてきた塊を頭から被った。
ポタポタと奴の前髪の先から水滴が落ちる。丸メガネも濡れている。
「魔法が元に戻ったみたいだ。ありがとう、ドーファン」
サンティエはメガネを外し、シャツの裾で拭き、その後顔を袖で拭った。
「俺は何もしてないよ。良かったな」
俺も濡れた顔を袖で拭いた。
■■■■■
「レムーヴに会いに行こう。彼女のことだから、とっくに農場に着いているんだろ?
マグナで警察と弁護士と話をするよ」
「お見通しだったか」
俺は苦笑いしながらサンティエと部屋を出た。
クルーハウスを出ると、目の前が見えなくなる程周りが霧に包まれていた。
「凄い濃霧だね。急に何で? ここ最近晴れていたのに」
サンティエは驚いた様子で言った。
どうやら、魔法を発動出来なかっただけで、魔力は途絶えてなかったのだ。むしろ溜め込んでいたものが今爆発してるのだ。
濃霧の向こうから、従業員達の喜びを交えた騒ぎ声が聞こえてきた。
「大変そうだね。後で手伝った方が良いかな」
手伝わなくてもお前は充分農場に貢献しているよ、と俺は心の中で呟いた。
※エポラール・エストラゴンとは、ドーファンの10歳年上の兄、エストラゴン家長男の名前です。
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