24、俺は冒険を諦めるしかない
ポツリと「魔法が使えない」と漏らした後、サンティエはずっと黙っていた。
霧が出ていないので俺は悟っていたが、本人から断言されるとキツイものがあった。魔法が使えないなら、コイツは素人同然だ。ドラゴン生息地に行けるはずがない。
何故使えなくなったのか。その理由にデトロワの悪計が背景にあると思わざるを得なかった。だとするとサンティエの不甲斐なさを非難したくなる。酒にやられたとはいえ、少し調べれば理不尽な交渉だと分かるはずだ。なのに、こちらが解約金を払わされる契約を結ぶなんて。
「やっぱり、俺もついて行けば良かった……」
うっかり声が出たらしい。サンティエの肩がピクリと震える。小さな声で「ごめん」と聞こえた。
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童話に出てきそうなログハウスが2軒並ぶ場所に到着し、俺達は荷馬車を降りた。アラウダは心配そうにしながらも、ロバを動かしその場を後にした。
奥の方からポツポツと観光客らしき姿が歩いてくる。俺はサンティエについて行き、ログハウスに入る。中は直売所で、エディブルフラワーを使った食品や、シェルローズ加工品が陳列されていた。
畑で眺める花々も美しいが、一層鮮やかになった姿で瓶に詰まっている様子も悪くなかった。
「サンティエ、気分はもう良いのね?」
バーラエナ夫人が近寄ってきた。きちんとしたワンピース姿になっていた。
「はい。あ、あの僕達カフェを利用したいのですが、席はありますか?」
夫人が近付いた瞬間、俺はサンティエの肩が上下にはねるのを見た。冒険に行けず体調も崩したことに引け目を感じているのだろうか。
「あるわよ。スタッフに準備させるわ。それまで、商品を見て待っていて頂戴」
夫人は明るく返答し、カフェスペースの方へ向かった。
俺は衣類・装飾品コーナーを眺めた。シルバーローズを使ったものはどれも高価で数も少ない。
「部分的にマントに織り込んだら、魔法効果はあるかな……」
独りごちた後に自虐的な笑い声を漏らす。マントの材料を考えてどうする。それを身に着ける魔法戦士からクビと言われたんだぞ、俺は。
一つ、気になるものがあった。棚と棚の間に小さな額に収まり壁付けされている、銀色の薔薇の刺繡だった。顔を近付けて見ると、表面に光るものを吹き付けているのではなく、糸そのものが銀色に輝いているようだ。
「それはシルバーローズの花びらを織り込んだ贅沢な糸です。夫の作品です。夫は昔趣味で刺繍をしてましたから。
商品化出来ないので非売品ですよ」
バーラエナ夫人が話かけてきた。
「とても綺麗ですね。
花びらの部分が本物の銀細工のように輝いている」
「もう25年は経つのに素晴らしい発色でしょう。シルバーローズの糸には、防腐・防魔効果もありますのよ」
へぇーと相槌しながら俺は刺繡をじっくり見ていた。
やがて、スタッフが声をかけに来たので、俺はサンティエと共に席に案内してもらう。夫人は工場に戻るとのことでログハウスを出た。
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大きな窓から花畑が望める屋内席で、俺達はシェルローズティーを注文する。サンティエは膨らんだ紙袋を空いた椅子に置いていた。相当買い込んだようだ。
カップに口をつけて再びソーサーに置いてから、俺から話を始めた。
「昨日お前が熱を出して休んでいる間に色々あった。
知っていることもあるかもしれないが、黙って聞いてくれ。デトロワとの契約にも関わることなんだ」
俺はなるべく淡々と感情を入れずに経緯を説明した。
アラウダからシルバーローズティーの魔力減少を教えてもらったこと。レムーヴがホワイトドラゴン生息地近くまで行けるパスポートを持っていたこと。2人で東シルワの山へ行き、ホワイトドラゴンの糞を入手したこと。そこでユルティムズがいたこと。
「ユルティムズって、君が所属していたパーティー……?」
「そうだ、トマポテトでお前も会ったことあるだろ?」
ユルティムズがホワイトドラゴン狩りをしていたこと。連中から逃げるように山を去ったこと。その深夜にレグリスがやってきたこと。その理由と経緯。彼女の話からサンティエからの依頼だったはずの東シルワの山に入る権利を、エグマリーヌの独断でユルティムズに移されたことが分かったこと。
「請求されている解約手数料は不当だ。だから、請求を跳ね除ける為にも、お前がどうしてキャンセルを了承したか知りたい」
サンティエはローズティーを啜りながら静かに聴いているようだった。視線を幾ばくか変えた後、口を開く。
「レグリス……。トマポテトで罵倒されていた女の子だよね。仲間に何て酷いことをするんだ」
話題が明後日の方向になったので、俺は軌道を戻すべく咳払いした。
「冒険者にとっては試練の1つだ。女の子だからって、優しくしてもらうばかりじゃないんだよ。男も試練を乗り越えてきてる。ブラブラ宙づりとかな。俺もクリザリドも経験してきた」
「彼女が受けたことは試練じゃない。暴力であり犯罪だ」
アラウダみたいなことを言うなと俺は思った。
「ユルティムズの内輪揉めよりも、不当契約の方が先だ。
このまま泣き寝入りするのか?」
サンティエは俺の顔を見て微笑む。人の良さが表れた笑い方ではなく、とても冷たかった。
「ドーファン、僕は何度も言ってるよ。言われた通り解約手数料を払って、冒険コーディネートの話は終わらせる。そして僕はエテルネルに帰る」
「何故そんなに意固地なんだ?
失敗は誰にでもあるが、これは取り返せる失敗だ。払わなくていい金を払う必要はない」
「ドーファンこそしつこいよ。君への報酬を減らす訳じゃないんだから。払って済むならそれでいいんだ」
奴のアッサリしすぎる態度に、俺は怒りを隠すことが難しくなってきた。
「まぁな。追加料金も解約手数料も全部親が払ってくれるからな。両親共に戦争に巻き込まれず稼いでくれて、悠々と名門大学に通えて、就職せずに楽しい冒険旅行も出来る。
俺なんか金にうるさいコバエとても思っているのか?」
「思っている訳ないじゃないか。
どうせ僕は魔法を使えない。事を荒立てたくはないんだ」
奴は苦い顔をして、ジッと机上のカップを見つめていた。
「……魔法を使えなくなった原因に心当たりはあるのか?」
俺も少し頭を冷やすつもりで尋ねる。
「原因の候補は一般的に3つ。
①魔力を短時間で過剰に消耗する。
②病気や怪我や疲労で、著しく肉体が負傷する。
③ストレスや心理的ショックなど精神面への負荷が増す。
①は違うよね。②はちょっと考えられるかな。長旅で疲れて熱を出したから。でも、一番の理由は③だと思う」
サンティエは天井を仰ぎ、ハーッと息を吐いた。
「昨日、僕は君を殺しかけた」
俺はサンティエの部屋で顔を水のクッションで包まれたことを思い出した。
「別に、大したことないだろ?」
俺が言ったが、サンティエは首を振る。
「あの時、頭がカっとなって君を魔法で攻撃してしまった。もし我に返らずそのままだったら、君は窒息したかもしれない。そう考えると自分の力が怖くなって……」
サンティエは自身の両掌を広げて見る。
「人に危害を加えるかもしれない魔法の持ち主は、一層注意して操らなくてはいけないからな。自分が加害者になるかもしれないというストレスが、魔力に影響してしまったか」
俺はポットに残っていたお茶を全部カップに注ぎ、グイッと飲んだ。
「だったら魔法の問題は時間が解決してくれる。人を傷付けるかもしれないという気持ちがストッパーになって使えなくなることはよくある。だが、基礎訓練をゆっくり復習することで回復するらしい。大丈夫だ。
あと、昨日のあれを俺は攻撃だと思っていない。いざとなれば俺は水のクッションから抜け出せた。だから、もしお前が発動しっぱなしでも俺は死なない」
俺がそう言い切ると、サンティエの眼差しは幾分和らいだように見えた。
「金の話もお終いだ。お前はエテルネルに帰って休め。俺への報酬は多少遅れても構わないさ。
俺はもうしばらくバーラエナ農場に残る。レグリスが帰国出来るように手伝ってやらないと。彼女、パスポートも持たずに逃げだしたらしいからな。ギルドや領事館に同行してやらないと。あの子一人じゃどうにもならない」
「分かった。じゃあお別れだね。不甲斐ない結果で申し訳ないけど、ドーファンと一緒に来れて良かったよ。ありがとう」
サンティエは立ち上がり、手を伸ばした。
「俺の方こそ仕事をくれて助かったよ。
帰るとしてもレムーヴと連絡取ってからにしろよ。レムーヴは自分が農場に来るまで待ってくれと言っていたぞ」
俺はサンティエと握手しながら言った。
「メインハウスに戻って、レムーヴにシャボン玉を送るよ。
じゃあ僕は散歩がてら先に出るね」
サンティエはログハウスのドアに向かって歩いて行った。
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