2、俺はギルドが古いだなんて信じられない
翌日。俺は受付時間より前に冒険者ギルドに到着した。
既に待合いフロアにはそこそこの人数がいた。皆、最新のクエストチェックが欠かせないのだ。チャレンジしたいクエストの獲得は早いもの勝ちだからな。
受付時間になり、俺は混雑するクエスト窓口ではなく、パーティー編成窓口に向かう。スタッフの男が俺を個室に連れて行く。
「希望者の方が来られるまで、少しお待ちください」
俺は会釈してから椅子に座る。なんの変哲もない木製の長机と椅子だ。顔合わせ時間まで少しある。俺は四つ折りした冒険経歴書をジャケットのポケットから取り出し、机上に広げた。
顔合わせの時に経歴書を見せ合い、パーティーを組むか決める。俺は希望者が『魔法大学卒業予定の魔法使い』ということしか、まだ知らない。
正直会うべきか迷った。
職業冒険者としての魔法使いの基本スタイルは、魔力が込められた糸で織られたローブと木製杖だ。俺は金属と革が専門なので、そもそも取り扱い対象外なのだ。せめてエヴァンタイユのような魔法騎士であれば、専用の防具や剣を作れるかもだが。
にしても、遅いな。約束の時間まで、あと5分もないぞ。一応面接だ。5分前には着いておくべきだろ。結局、甘え世代のお子ちゃまなんだな。クリザリドの時もそうだが、1から育ててやんなきゃいけないのかぁ。気が重い。
コンコンコンコン
俺がノックに返事すると、スタッフが入室した。
「希望者の方をお連れしました」
■■■■■
俺は椅子から立ち上がり、大人の礼儀としての微笑みを浮かべる。
スタッフに促され、ソイツは現れた。
「はじめまして。サンティエ・タンドレスと申します。
どうぞ、サンティエと呼んでください」
耳に心地良く入る良い声だ。その声の期待通りの姿を見せつけられ、俺は内心怯んでしまった。
当たり前のように細くて手足と首が長くて顔が小さい。なのに肩幅と胸板はしっかりしていて貧弱ではない。ツイードのベストはストンと真っ直ぐ腹回りを覆っている。
髪はオリーブ色で前髪をサラサラと下ろしている。丸いメガネをかけた目元は柔らかで、栗色の瞳がレンズ越しにきらめいている。大きすぎない鼻に、薄い唇。口角も顎もキュッと引き締まっている。
生まれ持った容姿の良さに、若さという最大のチートが爆発している。気にするつもりはなくても、自分と比較してしまいそうになる。
「ドーファン・エストラゴンだ。
ドーファンと気軽に呼んでくれ」
卑屈になりたくなる気持ちを隠しながら、俺は挨拶する。
俺達が席につくと、スタッフは飲み物を尋ねてきた。有料でも、ここは注文するのがマナーみたいなものだ。俺はタンポポコーヒーを頼んだ。
「僕は要りません」
注文しないのかよ!? ドリンク代はギルド運営費に充てられるから、ギルドに世話になる身としてここは……。
「承知しました」
スタッフは特に反応せずに部屋を出た。
「僕の学歴書です。冒険者経験はありません。どうぞ」
俺はサンティエから書類を受け取り、自分の分を渡した。
国際魔法使い1級取得済み。アティラン魔法大学国際魔法政治学部卒業予定。アティラン魔大と言えば、金持ちのガキが集まるって有名だよな。お坊ちゃんが在学中に恵まれた環境で魔法使い資格まで取ったてことか……ん?
「オブリガシオン魔法大学院自然魔法科博士号取得て?」
「僕は、地元の魔法学校在学中に並行して、オブリガシオン魔大と大学院に飛び級進学しました。魔法学校卒業と同時に博士号を取得して、次にアティラン魔大に進学しました」
コイツ女受けしそうな甘い笑顔で、とんでもないこと言ってないか? エテルネルで2トップの魔法大学だぞ? どちらも簡単に卒業なんか出来ないはずだ。なのに、オブリガシオンに至っては博士号まで持ってるのかよ。その年齢で?!
「君、希望先を間違えてない?
俺はパーティー代表でメンバーを審査してるんじゃなくて、まだ1人で、新規パーティーを作るところなんだよ?」
「ええ分かってます。経歴書を拝読して確信しました。僕はドーファンさんと是非組みたいです」
悪さなんかしそうにない美青年の笑顔が怖い。俺は巧みな詐欺に遭いかけているんじゃないか?
「ありがとう。じゃあ教えてくれないかな?
君ほどの素晴らしい魔法使いがどうして俺なんかと組みたいと思ったのか」
「僕専用の防具を作ってくれる人を探していたからです。
僕、ブルードラゴン生息地に行きたいんです」
「ブルードラゴン?!! SSランクの魔獣だぞ!
だとしたら俺は駄目だ。他の熟練パーティーで下積みして、個人ランクを上げて、SSクエストに参加出来るパーティーに加入するしかない。君は優秀に違いないから、ギルドスタッフが良いパーティーを紹介してくれるよ」
と、言ったところでドアノック音がして、男性スタッフがタンポポコーヒーを運んできた。一口飲んでから、俺はサンティエを見る。
「話は以上だ。これから窓口に行って、改めて君に合ったパーティーを探そう。
あと、俺なんかで良ければ、防具は作るからさ。こうやって会ったのも縁だ。冒険者登録祝いに格安で承るよ」
俺がそう言うとサンティエは少し困った顔をした。
持ってきていたバッグから魔法瓶を取り出し、パカッと開けて、蓋兼カップに液体を注いで飲み始めた。ハーブの良い香りがこちらまで来た。
「僕はパーティーに入りに来たんじゃないんです。そもそも冒険者登録をするつもりもないです。だってギルド経由で冒険って、古くないですか?」
脳天に雷が落ちたようだ。
ギ、ギルドが古いーーー??!
「え、じゃあどうやってブルードラゴン退治に行くんだ?
国外クエストになるから、越境申請と長距離移動と現地宿泊手配とかをギルドにやってもらわないと……」
「現地対応出来る冒険コーディネーターに有償依頼すれば済む話ですよ。それなら先程のランク上げも不要で行けます。僕はドラゴン退治したいんじゃないんです。ある植物が自生している場所がそこしかないので行きたいんです」
コーディネーター……。
少し前からそういう仕事をする奴がいるって聞いたことがある。詐欺犯罪や現地トラブルが頻繁して、ギルド側が「冒険はギルド経由で」と注意喚起していたな。観光コーディネーターは割と普及したから観光ギルドが苦戦してると小耳に挟んだことがある。
「でも、コーディネーターに依頼しても、公式な冒険実績にならないし、ギルドからの収入も入らないよ」
「だから僕は生息地に行きたいだけなんです。実績とかギルドとか興味ありません。僕は他にやりたいことがあるんです。ブルードラゴンはその過程にたまたまあるだけです。
手伝ってくれる人を探すなら、冒険者ギルドに行くのがベストだと思ったんです。パーティーが無いドーファンさんなら、冒険者登録とか面倒なことせずにお願いできるかと思いました。
僕はとにかくブルードラゴンと対峙出来るだけの防具とそのメンテナンス出来る人が欲しいんです。費用の相場は大体調べてます。ドーファンさんが納得出来る代金をお支払いするつもりです。
僕と一緒にブルードラゴン生息地に行ってください!」
サンティエは椅子から立ち上がり言った。頬が少し赤くなってる。余裕ぶってるように見えたが、きっと表に出にくいタイプなんだろうな。
「こちらこそ、よろしく……」
弾みで俺はそう答え、握手を求めた。彼は嬉しそうに握り返した。
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もちろんどちらもスルー可です。読んでもらえただけで物凄く感謝です(*´ω`*)これからも頑張ります。