12、俺は最近の冒険者ギルドを知らない☆
俺達の冒険について、あらゆる準備や手配をしてくれるのが、冒険コーディネーターのエグマリーヌだった。
ヒールを履いた姿はサンティエよりも背が高い。黄土色の波打つ髪を両肩端までに広げて下ろしている。顔の中央にそびえる長くて高い鼻。がっしりした顎と首の境目に肉がついて二重になっている。化粧で整えられた眉と目元は女性らしい優美さがあり、口紅を赤く塗った口から見える歯が白い。ビーチ以外でバカンスを過ごしたことはない、という彼女の主張を裏付けるような、小麦色の肌をしていた。肩よりも横幅が広い尻を揺らしながら軽快に歩き、喋り続ける。
やっと末息子がパブリックスクールに通うようになったので、朝が楽になったらしい。それまでは朝4時に起きて、朝食と夕食の支度と洗濯掃除をしていたそうだ。アティランにある複数の大学と提携して、観光や冒険のコーディネートをしているので、頻繁にエテルネルに出張で行くが、帰宅した時は洗ってない洗濯物の山を見て震えるのがお約束だ。
基本的に社長の自分が直接コーディネーターとして動くことは少ないが、今回SSランクのブルードラゴン生息地に行きたいというサンティエの要望を叶えるには、自分が行くしかないと判断したらしい。
こんなにベラベラと俺が言えるのは、レストランまでの徒歩や車移動の時に3回位同じ内容をエグマリーヌが話していたからだ。
俺達は懸命に相槌を打つことを余儀なくされた。客はこちらなんだから、気を遣わなくて良いはずなのに、どうもそれが出来ない圧が彼女にあった。
レムーヴはマグナでホテルを予約していたので、初めに挨拶だけ交わしその場を去った。後日合流するとのことだ。
エグマリーヌのお喋りに付き合わずに済むのが羨ましい。
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昼食で手長エビのローストを堪能し、食後のコーヒーを飲んでいると、エグマリーヌと秘書グルスが一緒に席を離れた。俺はホッとした。
聞き流す隙も無い程、彼女は自分がいかに今の事業を成功させてきたかを繰り返し話した。目の前に紙とペンを出されたら嫌でもエグマリーヌ・デトロワ・ノクスの経歴書を書けそうだ。
「ずっと付いて来るのか、あの人?」
俺はサンティエに尋ねる。
「そうだよ。でも、泊まる場所は違うよ。
僕達はシルワのシルバーローズ農場で泊まる予定だけど、エグマリーヌさん達は、シルワ市街地のホテルに泊まるはずだよ」
サンティエの説明を聞き、俺はあのお喋りを夜まで聞かされることは無いことに少しだけ安心した。
「サンティエ、ドーファン。
エテルネルの新聞をお持ちしましたわ」
エグマリーヌが俺達の前に2種類の新聞を置いた。
「オブリガシオン新聞は3日前。隔週発行の冒険者ギルド通信は3週間前のものです。どちらもここでは最新です」
サンティエは嬉しそうに新聞を手に取った。船の中では船内新聞でしか直近の情報が得られなかった。俺も新聞を読みたかったが、先にギルド通信を仕方無く読む。
「ユルティムズのパーティーランクがBになったんだ」
武器錬金術師レグリスが加入してすぐ挑戦したCランク魔獣退治クエストは大成功だった。大量の加工済枝肉や毛皮や鉱物と一緒に4人が写っている。ウルスの個人ランクはAに昇格していた。
「『パーティーと個人の両方昇格させた実績により、ユルティムズは一部Sランククエストも参加可能になった』ふーん、めでたいことだな」
俺はギルド通信を机上に戻す。俺がいると実現出来なかっただろう。ウルスの判断は正しかったことが証明されたようで複雑な気持ちだった。
「ドーファン、これ見て」
サンティエがオブリガシオン新聞の記事を指さした。
『冒険者パーティー、ヴィータ領地に無断侵入していた』と大きく書かれていた。
「何だって?」
俺は記事を読む。
クエスト挑戦中にユルティムズが、敵国ヴィータ王国領地に侵入していたことが後日判明した。ヴィータ王国から強く非難され、エテルネル冒険者ギルドはパーティー管理責任を問われた。ユルティムズは罰則として、無期限の海外クエスト受注禁止となったと書いてある。
「そうだったのか……」
これは事実上のパーティー解散だろう。俺をクビにしたパーティーとはいえ、長年メンバーを変えながら続いていたベテランパーティーが、こんな形で消えてしまうことが信じられなかった。
「残念なニュースですよね……。
これは鈍重なギルド管理システムが起こした悲劇ですわ。
あの辺りは、ヴィータ王国占領区が飛々に存在していて、ちゃんと現地でそれを把握できるスタッフをギルドが用意しなかったことが問題ですわ」
エグマリーヌが声を落として言った。
「優秀な冒険者達が、実力を発揮出来ないなんて、悲しいことです。サンティエ、貴方の判断は正しいわ。
こんな古臭いギルドに任せていたら、貴方は一生ブルードラゴンの所へ行けなかったわ」
そう言ってエグマリーヌは力強く微笑んだ。サンティエも優しく微笑み返した。
一瞬、エグマリーヌの口からペロッと舌が出てきて、紅い唇を舐めた。サンティエとグルスは気付いていないようだ。偶然それが目に入ってしまい、俺の背筋が少しだけ震えた。
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昼食後、俺達は海辺の街マグナを離れて北に向かう。目指す先は、シルバーローズ産地として有名なシルワだ。蒸気機関車に乗り、数時間の移動だ。
エグマリーヌは有料コンパートメントを確保していた。俺とサンティエの2人で1つのコンパートメントをゆったり使えることが出来た。
車両内は学生や家族連れの旅行客で賑わっている。シルワ手前の駅が有名観光地なので、大半がそこで降りるだろうとエグマリーヌは教えてくれた。
車窓から流れる景色を眺める。向かいのサンティエは食後の睡魔に襲われ眠っていた。
先程新聞を読んだせいで、ユルティムズのことが気がかりになっていた。
個人ランク降格にはならないようだが、事態を受けて、ウルスは相当荒れたのではないかと想像する。怒りの矛先は、クリザリドとレグリスに向けられる。短気なウルスの対処法を心得ているエヴァンタイユが間に入ってくれたら良いのだが、そのエヴァンタイユを味方につけるにも、コツが必要だ。俺はクリサリドにコツを教えてきたつもりだが、若手2人に今回のウルスを落ち着かせるのは難儀だろうと思った。
俺は黄色いマントの背中を思い出す。
サンティエとトマポテトに行った夜。俺は有り金全部を店に置いてきた。しかし、ウルスは自分が払わないことを理由に、無意味に大量注文したり、他の客まで奢りにしたりしてそうだ。そうなると「釣りはいらない」と言っておきながら、実は足りていない可能性がある。
一角モグラ素材の余剰分を換金したら、まとまった金が入ったので、俺は出発前に謝罪しにトマポテトに行った。
あまり忙しくない時間帯に入り、カウンターでコニャックを頼む。マスターがカウンター越しにグラスを置く。
「先日はすみませんでした。
あの、代金不足分を払いたいんですが……」
俺がそう言うと、マスターはクシャッと笑顔を見せた。
「お代はちゃんと払ってもらってますよ。お釣りもスタッフがチップとして頂きました。
むしろ、お渡しするものがあります」
マスターは四角く紙で包まれた物を置いた。
「ユルティムズのレグリスさんから預かりました。
あの日のユルティムズの飲食代はこちらで払うから、ドーファンさんに返してほしいと言われました」
俺は目を丸くした。
縮こまっていた19歳の女の子の姿が浮かぶ。
「いや、でも。女の子に立替えさせているの悪いですよ」
「ドーファンさん、受け取ってください。
彼女は貴方とお連れの青年に大変感謝されていました。
『あの時もらった言葉に、失いかけていた自信を取り戻せた。もう少しユルティムズで職業冒険者として活動したい』と言っていました」
「そっかぁ。あの娘、頑張ろうとしてくれているんだ。
嬉しいな。きっと彼女なら出来るよ」
俺はコニャックをクイッと飲み干し、おかわりを頼んだ。
「レグリスさんが次に来店されたら伝えておきますね」
マスターは言った。
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※2023/02エグマリーヌ挿絵追加




