11、俺は彼女の不機嫌の理由が分からない
上質なベッドで眠って身体は楽なはずなのに、気持ちはどうも落ち着かず、二度寝せずに俺は起床した。
寝室を出てプライベートバルコニーから海面を眺める。
朝日が差し込み、波がきらめいている。潮を含んだ空気は、夜の間にさっぱり洗濯したかのように清々しい。
リーンリーン
ドアベルが鳴る。早朝の訪問者の存在に俺は眉をひそめながらドアを開けた。
「おはようございます。エストラゴン様。
ラヴォンド様が部屋を替わるよう仰っております。
15分後にルームクリーニングが入りますので、恐れ入りますが、元のお部屋にお戻りくださいますようお願い申し上げます」
レムーヴ担当の客室付き執事がカクカクとお辞儀しながら言った。
「え、こんな朝早くから……?」
俺が戸惑っていると、寝起きのサンティエがメガネをかけながら現れた。
「分かりました。着替えまふわぁ〜」
奴の語尾はあくびに切り替わっていた。
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顔も洗わず俺達は急いで部屋を出る。
ドアの前でキャビンスチュワーデスが両手に掃除道具を持って待機していた。
「夜が明けたら俺達は用済みかよ」
俺は苛つきながら口走る。
「彼女、物凄く早起きなんだよ。
バカンスだから、朝もゆっくりすれば良いのにね」
相変わらずサンティエは呑気だ。
コイツの性格だから、長年学友として付き合ってこれたんだなと納得した。
中層階の部屋は既にクリーニングが済んでおり、レムーヴの代わりにバトラーが待機していた。
「お召し物をこちらに用意しております。
お支度が済まれましたら、スペシャリテレストランでご朝食をどうぞ。ラヴォンド様もお待ちでございます」
昨夜のディナーは断れたが、これは無理だろうと悟った。クタクタの着古したジャケットからアイロンがかったシワのないジャケットに着替えて、俺達は高層階に向かう。
朝日を取り込んだ明るいホールを、ウェイターに案内されながら進む。
まだ早い時間なので客は少ない。俺はあのハンサム野郎がいないか探したが見当たらなかった。
ホール端が開放されて船頭デッキに繋がっており、そこにレムーヴはいた。何時に起きて支度したのか、化粧も髪型も服装も完璧に整っていた。
「待ち時間としては許容範囲ね」
サングラスを外し、エメラルド色の瞳で彼女は俺達を見た。ほんの少しだけキツさは和らいでいた。
「無理矢理叩き起こしたくせに、よく言えるな」
俺は苦言を呈した。
「昼前には船を降りるのよ。
急いでクリーニングしないと、私が入れないでしょう」
レムーヴは船内新聞を広げながら言った。
「予定通り港に着けるんだね。良かった。
コーディネーターには後で連絡しておこう」
サンティエが言った。
「2人には礼を言うわ。
ドーファンさん、昨晩あの男と話したんでしょ?」
「あ、うん。知ってるのか」
「あの男が船にクレームが入れたのよ。
詳細確認で、さっきここで支配人と話をしたわ。
事態をようやく把握したみたいで、支配人が謝罪したわ」
「そうなんだ、良かったね」とサンティエは言う。
「フンッ。私の船旅を不快にされた事実は変わらないわ。
ここからの対応で、今後もアストルム客船会社を利用するか考えることにするわ。
貴方達も料理を注文して。好きなものを頼んで良いわよ」
ウェイターが俺達にメニュー表を渡してきた。
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早朝から起きて身体を動かしたからか食欲が湧き、ガッツリ食べることが出来た。満腹になり、客室で休んでいると到着連絡が入った。またしてもレムーヴ担当バトラーからで、フロントまで来るように指示された。
客が船内外を出入りする際に必ず通るウェルカムフロアは、ホテルでいうフロントの役割をしていた。
俺達が荷物を持って到着すると、ホテルクルーが数名駆け寄り、荷物を持ってフロントデスクではなく、近くの応接室へ案内した。
中では上質な革製ソファに腰掛けたレムーヴと、起立しているバトラーやクルーがいた。彼女と向かい合って座っていた灰色髭たっぷりの男が立ち上がり、脱帽する。
彼が何者かすぐに分かった。船長だ。
「エストラゴン様、タンドレス様。
どうぞ、お座りください。
皆様にはここで下船と入国手続きをしていただきます」
俺達は指示されるがまま、書類に目を通しサインしたり、パスポートを見せたりした。
一通りの手続きを済ませた頃に、船長が姿勢を正した。同時に立っていたバトラーやクルーも背筋を伸ばす。
「この度は我々の至らなさで、ラヴォンド様、エストラゴン様、タンドレス様にご不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
船長は背中を真っ直ぐにしたまま頭を下げた。
バトラー達も身体が直角になるように頭を下げる。
「バトラーは、ラヴォンド様が同船客からの接触に迷惑していると訴えたにも関わらず、その客が常連客だからと、そのお声に対応せず、ラヴォンド様に我慢させようとしました。
不適切な対応でした。理不尽な理由でお客様に我慢を強いるなど有り得ません」
船長が話す後ろで、バトラーが苦々しい顔をしていた。
彼の説明を聞いていると、微妙にアクセントが違う。流暢にエテルネル語を話しているが、船長はアストルム人なのだろう。
「我がアストルム客船会社は、全てのお客様、たとえ御婦人のお一人旅であっても、それが素晴らしい形で実現出来ることを目指しております。
今回の事案は、船長である私の管理責任です。
該当のお客様について、同乗のご家族を除き、今朝から客室待機してもらっております。ラヴォンド様が下船し、港を離れたのを確認した上で、お客様には下船して頂きます。
今更で遅いとは思いますが、ラヴォンド様にこれ以上負担がかからぬよう、せめてもの対応をさせて頂きます」
へぇ~、この会社はそこまで徹底するんだな。
あの野郎が最低なのは確かだが、とはいえ娼婦と間違えて声をかけただけだ。金払いの良い常連客なんだろうけど、もうこの会社を利用しなくなるんじゃないかな。
「船長と御社のお気持ちと姿勢は良く分かりましたわ。
ご配慮感謝いたします」
レムーヴはほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「こちらは弊社のラグジュアリー船乗船券でございます。
お帰りの際にご活用してくだされば幸いです」
船長がテーブルにチケットを3枚置いた。
「有難く頂きます。今後も是非アストルム客船会社を利用したいですわ。でも……」
レムーヴは鋭い視線を担当バトラーに向ける。
「次はアストルム人のバトラーをつけてもらいたいですわ!」
■■■■■
アストルム共和国最大の国際海港マグナ港に俺達は辿り着いた。地に足つく感じがする。
「まずは、コーディネーターと合流しないと……」
サンティエは歩きながら辺りを見渡す。
トランクや旅行カバンを持った或いは持たせている人々が、各々の目的地を目指して散らばっていく。
「あ! あれだ!」
サンティエが指したのは「タンドレス様、ようこそ」と書かれた紙を広げた女と痩せた男の2人組だった。
「※※※※! ※※※※※※。
(ようこそ! 長旅お疲れ様です)」
俺はハッと気付く。
アストルム語だ。マズイぞ。ギルド手配のクエストなら、通訳がつくんだけどな。
「※※※※※※」
サンティエもアストルム語で返している。
「それでは早速、街に出て昼食にしましょう。
有名なアストルム料理レストランを予約してますわ」
女がエテルネル語で話し始めた。俺が安堵の顔をしたのがバレたのか、女はニコリと微笑む。
「初めまして。
私は冒険コーディネーターのエグマリーヌ・デトロワ・ノクスです。どうぞエグマリーヌと気軽に呼んでください。
観光・冒険コーディネーター派遣会社デトロワリミティッドの社長を務めております。
私はエテルネル出身ですし、こちらの秘書グルスもエテルネル語は出来ますので、ご心配なく」
エグマリーヌは長い両腕を大きく広げて言った。
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