10、俺は誤解するしかない
船内新聞が客室に届く。航程は順調で予定通り明朝アストルムに到着する。今日がクルーズ船の旅最終日だ。
俺達は朝食を食べにメインダイニングレストランに行く。
「タンドレス様とエストラゴン様ですね。
こちらへどうぞ」
俺達はいつもの賑わうダイニングホール内を進み、奥の個室へ案内された。
先日カフェテリアにいた男グループと女の子3人組が、仲良く同じテーブルでお喋りしながら食べていた。
ウェイターに促され、俺達は四角い6人席テーブルの窓側に向かい合って座った。
炭酸水とオリーブピンチョスが置かれ「お連れ様を呼んで参りますのでもう少々お待ちください」と言われた。
「お連れ様って、誰だよ?」
「多分、レムーヴだと思うよ」
サンティエの言う通り、レムーヴが現れた。
朝からキッチリ毛先を縦巻きにしている。水玉模様のワンピースの上にストールを羽織っている。
眉間にシワを寄せ、かなり不機嫌そうだ。
「遅いから客室で待ってたのよ。こんなうるさい所で待ちたくないから」
扉の向こうでは、元気な若者達のはしゃぐ声がしている。
レムーヴは俺の隣の席に座った。
「じゃあ何で今日はこっちのダイニングに来てるの?」
サンティエは尋ねた。
「フンッ。用がなきゃ、こんなところ来やしないわよ」
レムーヴがそう言うと、眉間のシワを緩ませ、上体をひねり俺に向ける。肩のストールがずれ、二の腕が露わになる。
「今晩、私の部屋に来てほしいの……」
「ハァッ?! 急に何言ってるんだ?
サンティエもいる前で……」
「良いでしょ。高層客室よ」
俺が慌てるのを他所に、レムーヴはサンティエの方を見て言った。
「良いけど、僕をドーファンとセット扱いにしないでよ。
寝る部屋を交換しろってこと?」
あ、そういうことか……。
俺は内心ホッとしたような残念なような気持ちになる。
「そうよ。同じ階の客の男に付き纏われているのよ。客室も特定されてて、ドアの前で私が現れるのを待ってるの。昨晩ついに言われたわ『いくらだ?』って。
そいつ、私のことをコールガールだと思い込んでいるみたい。若い女1人で高層客室に泊まって何が悪いのよ、全く」
「確かに迷惑な話だな。部屋を変えてもらえないのか?」
俺がそう言うと、レムーヴはキッと睨んできた。
「何故、私が部屋を変えなきゃいけないの?
迷惑行為をしているのは向こうよ。
あちらが私から離れるべきでしょう?」
彼女がそう言ったところで、ノック音がしてウェイターが料理を運んできた。追加料金が発生するからと、俺達が避けていたエッグベネディクトだ。上にキャビアが乗っている。
「バトラーにも相談したけど、相手は毎年妻子を連れて来る常連客だから事を荒げたくないんですって。ムカつくわ。
バトラーを部屋の前にいさせたりして、接触しないようにしてきたけど、遂に声をかけてきたから気持ち悪くて。
あと一晩なのに荷物を片付けて客室を変えるのも癪だし。
だから荷物そのままに、夜だけ交代してほしいのよ」
ペラペラ喋りながら、レムーヴはペロリと皿の上のものを平らげた。食うのめちゃくちゃ早いな、この女……。
「昼過ぎに私の部屋のクリーニングが終わる予定よ。貴方達の部屋も、11時からルームクリーニングが入るから、その間はどこかで待っていてね。
それでは、ごちそうさま、お先」
俺達の了承を取ることもせず、彼女はスタスタと個室を去っていった。
「あの娘って、いつもあんな感じなのか?」
「うん。普段の慌ただしいクセが抜けないんだろうね。バカンスの時くらい、ゆっくり食べれば良いのに」
「いや、そっちじゃなくて……」
サンティエとレムーヴにとっては、当たり前のやり取りなのだろう。俺は仕方無く分厚いベーコンにナイフを通した。
■■■■■
レムーヴ担当のバトラーから連絡が入り、俺達は高層階にやって来た。バトラーに俺達の客室鍵を渡し、俺達はレムーヴの客室に入る。
「うわー、広いね! バルコニーがあるよ!」
サンティエが声をあげる。
建具に白無垢材を使用した明るい部屋だった。寝室とリビングとに分かれている。俺は寝室に向かう。
「ダブルベッドかよ……」
俺達の部屋のシングルベッド2つ分よりも大きなキングサイズベッドがドカンと置かれていた。ピシッとシーツが整えられている。
「サンティエ、俺は今晩そっちのソファ使うから、お前はベッドで休め」
サンティエも寝室のベッドを見る。
「えー、こんなに大きいから2人で寝ても大丈夫だよ。
明日から身体を使うんだから、ちゃんとベッドで寝たほうが良いよ」
「でも、男2人が一緒のベッドって……」
「何か問題ある?」
サンティエは至って真面目に答える。
俺が考えすぎで、今時はそういうもんなのか?
「まぁ、いいけど……」
と、言いながら俺はベッドに腰掛ける。流石高層階、ベッドマットが厚い。硬さと柔さが絶妙だ。しかし、レムーヴがここで寛いでいたと考えると、妙な気分になる。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
頭の中の雑念を払拭すべく、俺は客室を出た。
廊下に出た途端、視線を感じた。
いかにも裕福そうな家族3人連れと俺はすれ違う。父親らしき男が俺の方を見ていたのだ。
俺はあのハンサム男が、例の付き纏い野郎だと直感した。
「パパー、映画はもう飽きたよー。船も嫌だぁ」
「あと1日の辛抱だよ、坊や。
ディナーの前に夕日を観に行こう。運が良ければイルカの群れと遭遇するかもしれないらしいよ」
傍目から見れば、良き父良き夫のお手本みたいな野郎だ。しかし、俺があの時浴びた視線は違った。人ってのは、本当に分からないものだ。
■■■■■
レムーヴからディナーに誘われていたが、俺達はドレスコードが面倒なので断った。
メインダイニングで明日の行程を確認しながら夕食を済まし、高層客室に戻る。広めのシャワールームを順番に利用する。お湯の温度も量も最高で、俺は久しぶりに髪を解き念入りに洗うことにした。
地厚のバスローブを着てソファに座り、俺はフワフワのタオルで髪を乾かす。通常なら途方に暮れそうな髪の長さだが、俺の魔法で時間短縮出来る。
俺は持参したヘアオイルを塗り込み、髪の毛をタオルで挟む。ジワジワジワとタオルが温もり、髪の表面についた水分を蒸発させていく。
「ドーファンは炎系魔法使いなの?」
サンティエが尋ねた。
「いや、加熱魔法だ。応用すれば着火は出来るが」
「ルーチェと同じようなことをしてる。彼女は炎系魔法使いなんだよ」
ルーチェという名を出し、嬉しそうにサンティエは微笑む。俺はジロジロ見られたくないので、奴にシャワーを浴びるよう言った。
乾かした髪を結び終えた頃、サンティエがシャワールームから出てくる音がした。
その直後に訪問者を知らせるベルが鳴った。
「レムーヴか?」
俺はドアを開けた。目の前で立っていたのは、先程すれ違ったハンサム親父だった。シャワー後らしく、金髪の髪は垂れ、ナイトガウンを着ている。
「違うと言ったのにあの女、客を取ってるじゃないか……」
野郎の言いたいことを俺は察する。このまま客のフリでもした方がレムーヴの為だろうか。
「お前はいくら払ったんだ?
後で同額に利子つけた額の金をやるから譲れ」
この野郎……。妻子も乗船してるのに、何考えているんだ?
返答を考えていると、背後からサンティエがやって来た。
慌ててシャツを羽織ったらしく、胸元のボタンが2〜3個外れたままだ。
「ごめん、忘れ物したから取ってくる。すぐ戻るね。
ほら、アレが無いと僕、すぐ疲れちゃうから……」
サンティエの言うアレとは、ビタミン補助剤のことだ。寝る前に飲むのが習慣だそうだ。
俺には分かるが、目の前のスケベ野郎には通じていない。
男と俺がただの雑談してると思ったのだろう。火照った頬のまま笑顔を見せて去っていった。ただの社交辞令が相手の心を動かしてしまう。美形の利点であり厄介な点だな。野郎は完璧に勘違いした。
「貴様……、この船には子ども連れもいるんだぞ。
2人も買って遊ぶなんて……。客の質を問いたくなる。
後で、船にクレームを入れてやる……」
ブツクサ言いながら野郎は、自室に戻っていった。
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