1、俺はもうパーティーにいられない
「俺はクビってことか?」
冒険者パーティーのリーダー、職業戦士のウルスの眼差しが冷たい。
「クビとは聞こえの悪い。より難易度の高いクエストに挑む為に、パーティー構成を変えるだけだ」
「いや、一緒だろ?
武器防具鍛冶師を武器錬金術師に変えるってことは」
俺がそう言うと、ウルスの横にくっつくように座っている魔法剣士のエヴァンタイユが鼻で笑った。
「ドーファン、こういう場合、パーティー発展を願って潔く引退するものよ」
「いやいや、引退てのは自発的にするものだろ。
俺はまだ引退する意思はない。これからもパーティーメンバーとしてクエストに貢献していきたい。それにまだ経験の浅いクリザリドを、多忙なあんたらの代わりに面倒見る必要がある」
木製丸テーブルの俺の位置から見て右手にいるパラディンのクリザリドの肩を掴みながら言った。
しかしクリザリドはあからさまに嫌そうな顔をして、俺の手を払った。
「お前の鈍い脳みそにはきちんと言葉で教えてやらないといけないみたいだな、ドーファン」
リーダーのウルスはガンッと木製ジョッキを机に叩き付けた。何千回と見てきた仕草に、俺の眉根はピタリと動かない。クリザリドの肩が僅かにピクンと動いていた。
「お前はこのパーティーに必要無い。荷物、いやゴミだ。
理由を特別丁寧に教えてやろう。
1つ、戦闘力が低い。
2つ、戦闘前後でしか武器防具メンテナンスが出来ないから非効率だ。荷物も多いしな」
俺は足元にドスンと置いてるパンパンのリュックを見た。
「いやいやいや、俺はサポートタイプだから戦闘力があんたらと比べて低いのは当然だ。でもユルティムズが今後もクエスト参加出来るだけのバトルランクは維持してる。
あと、戦闘中に壊れないようにするのが俺の仕事。戦闘前後にメンテナンスは当然だろ? 荷物が多いのは、どんな時でも対応出来るように準備してるからだ」
俺は努めて冷静に反論する。しかしウルスとエヴァンタイユの見下した笑みは変わらない。
「お前がいるせいでパーティーランクはDのままだ。個人ランクCの俺達は、いつまで経ってもCクエスト全てに参加出来ず、迷惑してるんだよ。
それから、戦闘中に武器防具が壊れないなんざ、当たり前の話を、まるで自分の手柄みたいに言うなよ。馬鹿じゃねーの?」
ガシンッとウルスは金属製の脛当てをつけたままの足をテーブルの上に置き、椅子の背もたれにのけ反った。サササとクリザリドが机上のジョッキや皿を片付ける。
「昨日パーティー加入を決めてくれた武器錬金術師は、バトルランクがお前より1つ上だ。戦闘中でも呪文と魔力で武器防具修理や強化も出来るんだよ。
どう考えても、お前の完璧なる上位互換な・ん・だ・よ」
ウルスが足を動かし、机の上のサラダボウルを器用に持ち上げ俺にふっかけた。怒りで瞬間沸騰しそうになったが、歯を食いしばり耐える。
「強がってやがるな。仕方ないから理解らせてやるよ。レグリス!」
ウルスが背後の席に声をかける。
背を向けて座っていた女が立ち上がり振り向いた。
スラリと細いのに前面に出るとこ出ているレモンブロンドの女が微笑んだ。
「はじめまして。ドーファンさんに代わってユルティムズに加入したレグリスと言います」
甘さと幼さが交じる高い声。年齢も相当若いな。
ウルスの目元が緩み、クリザリドが嬉しそうに笑っている。
「35歳の古い職業で腕も実力も見た目もパッとしねぇたるみ世代オッサンと、19歳のレアジョブ取得者で甘え世代とは思えぬ将来有望かつ容姿抜群な女の子。前者を選ぶ理由を教えてくれよ、逆に?」
金属が擦り合う音を響かせ、ウルスは椅子から立ち上がり、テーブルに手を付け俺を睨み付けた。
「でも俺はこのユルティムズに10年いた。パーティーのことは誰よりも知っている……」
「先週、クリザリドに相談されたのー。ドーファンがウザくて邪魔だからどうにかしてほしいってー!」
ウルスの後ろで、エヴァンタイユが甲高い声で言った。
俺は頭を殴られた心地がして、クリザリドを見る。だが、アイツは視線を反らして無視した。不覚にも目頭が熱くなる。こぼれ落ちないように必死で耐える。その様をウルスが楽しそうに見てくるのが苦しかった。
「もう一度聞くけど、お前をパーティーに残すメリットを教えてくれないか? 逆に」
■■■■■
大統領制民主国エテルネル第2の都市、アティラン。経済の街として知られる大都市は国内最大人口を誇る。
そんな絶えぬ人混みの中、俺はデカいリュックを背負い、両手に紐で縛った麻袋を引きずり歩く。すれ違う人々が非常に迷惑そうな視線や舌打ちを送ってくるのを、俺は全部チクチク受け止めていた。
乗り物を利用する気になれず、トボトボとアティラン中心部から離れたアパートの狭い自室に辿り着いた。
ガタゴトと商売道具を床に置く。いつもならちゃんとメンテナンスして片付けるのに。今日はもう諦めた。
首、肩、腕が痛い。
ユルティムズのロッカーに入れていた荷物を全部持ち帰らなくてはいけなくなったからだ。頭の中がグラグラして、変に力が入ったのだろう。疲労感が全身を襲った。ベットに仰向けで倒れ込む。
「この年齢で今更クビとか。俺はこれからどうすればいいんだよ?」
我慢していた温い透明の液体が、俺の目から生じ、こめかみを経由して、何日も洗ってないシーツにシミをつけた。
■■■■■
1週間後の朝、冒険者ギルド新聞がポストに入っていた。定期講読していたのを解約し忘れていたと、舌打ちしながら俺は部屋に戻った。
安さだけが取り柄のカフェで飲んだマズいカフェラテで胃がもたれている。俺は気を紛らわす為に仕方なく新聞に目を通す。
『新生ユルティムズ、Cランクの魔獣退治クエストに遂に挑む!』と、三面記事に現像魔法絵付きで載っていた。俺は反射的に新聞を壁に投げ付ける。
「昨日、出発したのか……」
ということは、冒険者ギルドに行っても、あいつらと出くわすことはない。俺は顔を洗い、腰まである金髪を櫛で梳いて背中に垂らすように1つに束ね、ジャケットを羽織って外に出た。
俺は田舎で代々続く鍛冶工房の次男だ。父が戦死し、長男である兄が工房を継いでいる。兄は父も認めた良い鍛冶師だ。しかし子どもの頃から病弱で、兄も家族も工房の皆も苦労している。母親からは「兄を手伝え」と事ある毎に言われている。俺はそんな声を無視して職業冒険者になった。ユルティムズをクビになったからと言って、ノコノコと帰る選択肢は無かった。
新ユルティムズはしばらくエテルネルに戻らないはずだ。今のうちに別のパーティーに入れてもらおう。俺は冒険者ギルドのパーティーメンバー募集一覧と掲示板を見た。
「錬金術師と回復系魔法使い、ばっか……」
サポートメンバー募集で指定されている職業を何度も読む。鍛冶師はどこにもない。俺は頭を抱える。
前線に立つ仲間を守る手段は魔法だけなのか?
メンバーの体格、動きのクセを把握し、ベストな武器や防具を作る。メンバーの愛用装備へ、クエストに適した強化防護を施す。合わなければ代用品を考える。
これが全部、今は非効率なのか? 俺の存在は無駄なのか?
俺はフラフラとカウンターへ行き、用紙に必要事項を書いて受付スタッフに渡した。どうせなら最後に悪あがきしてから、冒険者人生を終わらせよう。
スタッフが掲示板に新規募集の紙を貼る。
『オーダーメイドも可能な武器防具鍛冶師と一緒にパーティーを組みませんか? あなたにピッタリを装備を作ります』
掲載期間はウルス達が戻る前まで。今日から1週間だ。
希望者が現れたら、ギルドスタッフが俺に連絡してくれる。長い1週間になりそうだが、あともう少しだけ耐えて、スッパリ諦めよう。
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バーで1杯引っ掛けてから帰宅すると、アパートの窓に伝達魔法のシャボン玉がくっついていた。
希望者が現れたとのことだった。
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