7.私の恋心
ペペロンチーノはさいこーです・・・
これは、とある日の話。私は、松葉杖をつきながら友人の桃花ちゃんと大学からそんなに離れていない公園へと向かって歩いていた。
「・・・それにしても楓ちゃん、よくあのときさ、生きててくれたよね。いきなり大学に松葉杖ついてやって来るからびっくりしたもん」
「それに関しては私も桃花ちゃんと同じで、あのときは、そのまま死んじゃうのかな・・・なんてこと考えてたんだと思うもの」
「あんなことがもう、一カ月も前の出来事なんてね・・・」
「ほんとにね、桃花ちゃん・・・」
「けど、それだったらもう少ししたら左足のギプスもとれるんじゃない??」
「うん、この前、医者に行ったら来週くらいには外せそうだね・・・って言われたの」
私が桃花ちゃんに左足のギプスについての現在の状況を伝えると、
「そっかー・・・。それはよかったよ。でもさー・・・よく言うじゃん、ギプスとかって外したらその箇所がイヌの肉球みたいな香ばしいにおいがするって。そう考えると、楓ちゃんの足ってどんなにおいになってるのかな・・・?」
といったような衝撃の発言を耳にしてしまったのだ。
「えっ・・・?桃花ちゃんって、そんなフェチだったっけ?私は、桃花ちゃんのこと普通のどこにでもいそうな女子大生だと思ってたけど・・・」
「いやだなー・・・私が気になるのは楓ちゃんだからだよ。特に深い意味はないんだけどね・・・」
「ふーん・・・特に深い意味はない、か。本当かなー・・・?まぁ、どっちでもいいんだけど」
「あっ・・・それよりもさ、お姉さんとの関係に進展とかあった?」
桃花ちゃんは、あからさまに話題を変えようとしているのが判った。けど、私も特に疑念を抱こうとはしていなかった。
「それがさー・・・お姉ちゃんは、まだ彼氏と関係が続いてるみたいで。たまに泣いて帰ってくることもあったから、もう別れたのかな・・・とか思ってたんだけど」
「そうなんだね。楓ちゃんも険しい恋をしてるんだね。私は、楓ちゃん&お姉さんの恋が成就するまで応援してるからね・・・」
「有りがと、桃花ちゃん・・・」
桃花ちゃんは、私と姉の恋が成就することを応援してくれている。その気持ちは有り難い。ただ、ここで私は一つ引っかかっているように感じたのだ。
桃花ちゃんの言った『楓ちゃんも』とは、どういう意味なのだろうか、と・・・。
「桃花ちゃん、さっきの楓ちゃんも、ってどういう・・・」
「・・・楓ちゃん、着いたよ公園。先にベンチに座ってるからね・・・」
私は、桃花ちゃんから真意を聞き出すことができなかった。そして、
「うん、私もすぐ行くね・・・」
そう言うと私は、先に公園のベンチに腰を下ろしている桃花ちゃんの隣に座るのだった。
・・・・・・
「でさー・・・さっきの続きなんだけど、お姉さんに好きって気持ちは伝えたの、楓ちゃん?」
「い、一応伝えたつもりだけど・・・」
「だけど、どうしたの?」
「私の『好き』って気持ちとお姉ちゃんが受け取った好きは、違った意味なんじゃないかなって・・・」
「なるほどね。それは、そうなるかもしれないね。お姉さんからしてみれば楓ちゃんは実の妹でしかなくて、楓ちゃんからしてみても実のお姉さんが相手であって、お姉さんからしてみれば家族としての『好き』っていう愛情表現を楓ちゃんからされたとしか思ってないだろうし。
とても、恋人になりたいです・・・っていう『好き』とは受け取りづらいよね・・・」
「そうなんだよ、だからどう伝えたら私の真剣なこの想いがお姉ちゃんに伝わるんだろうって悩んでるんだ。でもね、それがきっかけで恋仲になれないだけでなく姉妹の仲が悪化したりしないか心配なんだ・・・」
「うー・・・ん、そうなるとまた厳しくなってくるかもしれないね・・・楓ちゃん」
「桃花ちゃんもそう思うか。じゃあ、この私のなかの恋心は墓場まで持って行った方がいいのかな?でも、それはそれで私としては大変なことなんだよ・・・絶対に」
「んー・・・じゃあ、いっそのことお姉さんに別れてって楓ちゃんの口から伝えるか、その彼氏さんに脅迫メールでも送ってみる・・・ってのは犯罪になっちゃうから・・・」
「言い出しといてなんだけど、桃花ちゃん、私のためにそこまで悩んでくれなくてもいいんだからね?」
「そうしてしまうのは楽なことなんだよ。でもね、それだと楓ちゃんが苦しいだけでしょ。だからさ、どうにかしてでも打開策を導き出せたらなー・・・って」
そんなふうに私のことで一生懸命に悩んでくれている桃花ちゃんには感謝の気持ちしかでてこない。
ただ、この恋に関しては元々私一人の問題であって桃花ちゃんを巻き込んでしまったことは申し訳なくもあるのだ。
「あのさ、桃花ちゃん・・・。やっぱり私だけで色々と考えてみようかなーって・・・」
「楓ちゃん。何を今さらなこと言い出すかと思えば、私と楓ちゃんは友達でしょ?それも、高校からの。それに、縁もあってかこうして同じ大学に入学した仲なんだからさ、もう少し私に頼ってよ・・・」
そう言う桃花ちゃんの眼差しは真剣そのもので、私は桃花ちゃんの言うように頼らせてもらうことに決めた。
「・・・じゃあ、これからも私の恋の相談とかにのってもらってもいいかな?」
「勿の論ですよ、楓ちゃん・・・」
「有りがとー・・・桃花ちゃん」
「・・・で、さっきの続きに戻るんだけどね、こういうのはどうかな?」
「こういうのとは、どういうものでしょうか桃花ちゃん?」
「えー・・・っとね、今の短い時間で思いついた選択肢は二つ。一つは、お姉さんに匿名で恋について綴った文を渡す。もう一つは、これはイチかバチかの賭けみたいなものなんだけど、彼氏さんと別れるのを待ち続けて、それから想いを伝えるっていうやつ。どっともいまいちなんだけど、少ない時間じゃこれくらいしか思いつかなくて・・・」
選択肢が二つも私にはあると思うと少し心が楽になるようなそうでないような気がした・・・
「えー・・・っとね、まず一つ目は私のメンタル的に厳しいかもというか厳しいかな、ごめん・・・」
まず、一つ目の選択肢が消滅した。私の精神が不安定すぎるばっかりに・・・。
「うーん、そうなると残ったのは二つ目か。けど、それだと今までとは何も変わらないのよ・・・」
「うん、そうなんだよ桃花ちゃん。私の相談にのってくれて有り難う」
「いえいえ。なんのヒントも見つけられなかったからこちらこそごめんよ・・・楓ちゃん」
「んーん・・・私は桃花ちゃんみたいな相談できる友人が身近にいるってだけでも心強いから」
「楓ちゃん、そんなこと言って私から何かもらおうとしてる?」
「そんなつもりはないって・・・。ただ、同性の恋愛とかって未だに嫌悪感持つ人が多い世の中じゃんか。だから私の身近に桃花ちゃんみたいな理解ある友人がいてくれるって有り難いことなんだなって」
「・・・だったら、そんな楓ちゃんには『これ』をあげましょう。楓ちゃん、甘いものとか好きだったよね?」
そう言うと、桃花ちゃんがカバンから取り出したのは『そうじん屋』という飴の専門店でしか取り扱っていない飴玉だった。
「え?これ、私にくれるの?」
私が聞くと桃花ちゃんは、こくりと頷き――
「うん。ここの飴さ、私の一番のお気に入りでいつか楓ちゃんにもあげられたらなって思ってたんだよね。それで、大学に入ってからは毎日持ってきてたんだけどなかなか渡せなくて。けど、今になってようやく渡せたんだ。もしかしていらなかった?」
欲しい、もらえるのなら可能な限り欲しい。そんな図々しい考えをなんとか抑え込んで・・・
「いらないなんてそんなことあり得ないってば。しかもこれって、一日三〇袋限定販売の飴玉のやつでしょ?」
「うん、楓ちゃんよく知ってるね。その通りなんだよ・・・」
「桃花ちゃん、もしかして並んで買ったの?けど、それだと遠すぎてあり得ないかー・・・」
「えー・・・っと、並んで買ってないよ。送られてきたんだよ、おじいちゃんから・・・」
「桃花ちゃんのおじいちゃんって何者?」
「何者も何も、普通に私のおじいちゃんでしかないけど。まぁ、楓ちゃんが喜んでくれて何よりだよ」
桃花ちゃんの祖父が何者なのかという疑問は頭の隅に張り付いていたが、とにかく嬉しかった。
「桃花ちゃん、もらった飴は家宝として部屋にでも飾らせていただきます・・・」
「いや、それは、ね?飴がもったいないし、そのうち溶けちゃうからやめた方がいいって・・・」
確かに、桃花ちゃんの言うように『そうじん屋』の飴であるとはいえ食品であり、食べなければそのうち溶けるか腐ってしまう。だからといって食べてしまうのはもったいない気がしてしまい・・・
「桃花ちゃん、だって『そうじん屋』って行くだけで遠いじゃんか。だから、せめて冷凍庫で保管させて・・・」
私がそう言うと、桃花ちゃんは溜め息を一つ吐き――
「それなら、今度だよ、いつになるかわからないけど一袋か二袋くらい未開封のやつ楓ちゃんの家にダンボールで送ってあげるから。だからさ、今日あげたやつは今すぐにでも食べちゃいなよ・・・」
「えっ?それは悪いって・・・てか、なんで送ってくれようとしてるわけ?」
「それはねー・・・楓ちゃんにいつもお世話になってるから、とか?」
「いやいや、私は桃花ちゃんのことお世話してないから。むしろ私の方がお世話してもらってるというか助けてもらってる感じだよ・・・!?」
「そっか・・・。じゃあ、ダンボールで送るっていう話しは、なしでいいんだね?
「いやです、送ってほしいです・・・」
私は、即答してしまった。欲に対して素直に答えてしまった。すると、
「わかったから。じゃあ、さっきのやつ食べて感想を教えてよ・・・?」
桃花ちゃんがそんなに私に食べてみてほしいなら、という気持ちと、食べなければ送ってもらえない、という二つの気持ちが交叉して私は『そうじん屋』の飴玉を食べてみることにしたのです。
・・・・・・・・・・・・
「どう、楓ちゃん?おーい、楓ちゃん・・・。楓ちゃん、フリーズしてるけど・・・」
「はぁー・・・はぁ・・・」
私は、口に入れた瞬間のあまりの衝撃に外界からの情報全てが遮断されてしまっていたようだ。
「戻ってきたみたいだね。で、味の感想は?」
「うまい・・・」
「それだけ?もっと、こう・・・なんていうか具体的にさ・・・」
私は、一瞬の遅れを取り返すように頭の中を猛烈な速さで攪拌する。そして、
「口の中に、くどくないクセになる甘さが広がって、舌の上で転がしてるのが楽しい。けど、いつなくなっちゃうんだろうって考えるとせつなくなってくる・・・」
飴玉の詳細な感想を桃花ちゃんに伝えた。
「なるほどね。今度、伝えとくよ。友達も喜んでくれてたって・・・」
「へー・・・誰に伝えるの?」
「そりゃー・・・勿論、おじいちゃんにだよ」
「おじいちゃんにね・・・・・・って、なんでおじいちゃんなの、桃花ちゃん?」
私は、やっぱり桃花ちゃんの祖父の正体が気になってしまった。
「えー・・・と、ほら、私の名字。そしたらわかるでしょ?」
「・・・桃花ちゃんの名字ってなんだったっけ?」
私は、桃花ちゃんの名字を忘れていた。いっつも桃花ちゃん、と下の名前で呼んでいたばかりに。
「ほら・・・。私の名字、草仁だよ」
「えー・・・それはつまりもなにも、桃花ちゃんのおじいちゃんって『そうじん屋』の店主ってこと?」
「ピンポーン・・・正解だよ、楓ちゃん。だからね、よく試作品とかができるとすでに発売してる商品と同梱してダンボールで送られてくるんだよ。孫や息子に食べてほしいからって・・・」
「それは、それは・・・私は、なんて凄い人と友達になってしまったんだろうか。こんなことがあってもいいんですか、桃花さん?」
「そんなことが一つや二つあったっていいんですよ、楓さん・・・」
私は、桃花ちゃんの祖父が『そうじん屋』の店主であるという衝撃の事実を知ってしまったのだ。
そしてそれだけでなく、今度いつの日にか段ボールに飴玉の入った袋が詰められた状態で送られてくるというではないか。私は、こんなに桃花ちゃんによくしてもらってもいいのだろうか。
それより桃花ちゃんは何故、そんな凄いことを今まで内緒にしていたのだろうか。だが、その答えになりそうなものはすぐに見つかった。というのも、そのことがきっかけで何か問題にでもなってしまっては厄介でしかないためなのかもしれない、というかそうに違いないと思うのであった。
・・・それから、私と桃花ちゃんの二人は他愛もないような話しで盛り上がるだけもりあがって冷めてくる前に帰路についたのだった。
「ただいまー・・・」
「あら、今日は遅かったわね楓ちゃん。もう夕飯もできてるから食べましょ・・・」
「あれっ・・・?お姉ちゃんは、まだ帰ってきてないの?靴は玄関においてあるけど」
玄関には姉の靴が置いてある。だが、肝心の姉の姿は見当たらなかった。
「えー・・・っとね、楓ちゃん。桜輝ちゃんのことなんだけど、何か心当たりないかしら?」
「心当たりもなにも、帰ってきていきなり聞かれて意味がわかんないよ・・・」
「そうよね・・・。桜輝ちゃん、家に帰ってきてからずっと自分の部屋にこもってて出てこないのよ。ご飯は食べるの・・・って聞いても食欲がないからいらない・・・って言われてね」
「へぇー・・・そうなんだ」
「でね、私は楓ちゃんや桜輝ちゃんのプライベートなことは、よく分かってないから心配なのよ。今回は桜輝ちゃんの方なんだけどね・・・」
「それで、帰ってきた私に尋ねてみた、と・・・」
私の言葉に対して祖母は頷いてみせた。祖母は深刻な表情をしていて本当に悩んでいるのが判った。そして、私には一つの心あたりがあったが祖母には言わないでおくことに決めた。
「おばあちゃん・・・」
「どうしたの、楓ちゃん?桜輝ちゃんのことで何か思いあたる節でもあった?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。なんて言うの、たまにはお姉ちゃん一人で悩んで苦しむことがあってもいいんじゃないかなって。それに、後ででも私が様子見に行ってみようと思うしさ」
「そういうものかしらねー・・・。私にとっちゃ、今の若い子達のことはよく分からないからね。ただですら、なんか言えばすぐパワハラだのセクハラだの・・・って感じでしょ?」
「まぁ、そうなのかもしれないけど。とにかく私達二人だけでも夕飯摂っちゃおうよ・・・」
「楓ちゃんがそう言うのなら・・・」
これ以上、祖母の話しに付き合っていたら余計に話しがややこしくなってしまいそうだったため、私は祖母に夕飯を提案したのだった。
(まぁ、お姉ちゃんにとってはいい薬になりそうだし・・・)
私のなかのもう一人の自分が、そんなことを呟いているような気がした。
・・・・・・・・・・・・
「お待たせ―・・・今日はペペロンチーノとグラタンよ」
(うわー・・・すっごい好い香りなんだけど・・・)
これまた旨そうで高カロリーなものを祖母は作ってしまったな、と思いつつも私はせっかく作ってくれたんだしという気持ちで食べてしまうことにした。
だって、見た目、香り、彩り・・・どれをとっても完璧であるようにしか思えなかったのだ。
「・・・・・・うん、美味しい。ペペロンチーノは塩加減がちょうどよくてさいこーだし、グラタンは、ホワイトソースが濃厚で・・・」
「それはよかったわ、楓ちゃんに喜んでもらえて。けど、やっぱり桜輝ちゃんがいないのはあれね。心配になるわ」
「それはそうかもしれないけど、とりあえずおばあちゃんも食べてみてよ、美味しいから・・・」
「じゃあ・・・うん、おいしいわね。自分でも絶賛の味つけだわ。また今度作ってもいいかしら?」
「うん、こっちからお願いしたいくらいだけど・・・どうやって作ってくれたの?」
「今日のはね、いくつか料理サイトをみて、その中からおいしそうなレシピを私なりに組み合わせてみたのよ」
「そうなんだ。おばあちゃん天才だね。今度いつか自分のお店だって開けるんじゃない?」
「自分のお店・・・か。実は私ね、まだ二〇代の頃に一度空き店舗をレンタルして居酒屋を営んでたのよ。けど、接待とかいろんな壁にあたってね、数カ月も経たないうちに辞めちゃったの・・・」
「へぇー・・・ってことは調理師免許とか持ってるんだ」
「まぁ一応はね。けど今は、楓ちゃんや桜輝ちゃんに料理をふるまって幸せな顔が見られるのが私の毎日の楽しみなのよ」
「それならこれからも私達のために美味しい料理作ってよね、おばあちゃん・・・」
「はいよ、楓ちゃん・・・」
私と祖母の二人は、夕飯という至福のひとときを過ごしたのであった・・・。
最後までお読みいただき有り難うございました。次の投稿では前編と短い後編の2つセットになると思います。ぜひ、最終話までお付き合いいただければと思います<(_ _)>。