6.私の不注意(後編)
前後半の後編部分になります・・・。
「おばあちゃん、楓から何かしらの連絡あった?私の携帯には特に何もきてないのだけど・・・」
「それがね、まだなのよ。そろそろ五時になるから心配よね・・・」
そのときであった。プルルル、プルルルルッ・・・自宅に設置してある固定電話が鳴り出したのだ。
「・・・はい、その子は家の孫です。はい・・・えっ・・・容体は?そうなんですね。けど、まだ意識が戻ってないんですか?えー・・・と、どうしましょう。そうなんですね、分かりました。はい、失礼します・・・」
「おばあちゃん?なんか汗たらたらかいてるけど、どうかした?」
「今ね、楓ちゃんがトラックにはねられたっていう電話があって・・・」
「えっ?冗談でしょ!?楓がトラックにって・・・」
「私も最初は悪い冗談だって思いたかったわよ。けど、それが本当らしいのよ。学生証にあった番号にかけたらしいから・・・」
「・・・で、楓の様子は?生きてるのよね、おばあちゃん・・・?」
「えぇ、死んでないに決まってるでしょ。左足の骨折と頭部の軽い打撲だけですんだんですって。けど、まだ麻酔から醒めてないんですって・・・」
「そうなのね・・・で、楓はどこに入院してるの?私、お見舞いに行ってくるから・・・」
「それがね・・・〇×病院なんですって・・・」
「そうなんだ。じゃあ、私は花屋で花束買って行ってくるから。おばあちゃんは留守番しててもらえる?」
「いいけど、できれば私も楓ちゃんのお見舞いに行きたいわ。それと、今どきは生花の持ち込みに関して厳しいからもっていかない方がいいわよ・・・」
「そうなんだ、分かった。じゃあ花は持ってかない。それに、おばあちゃんの気持ちは痛いほど分かるけど、もし追加の連絡があったら対応できる人がいなくなるでしょ?だからおばあちゃんは家にいて!」
「そうよね。じゃあ、気をつけて行ってきてね、桜輝ちゃん・・・」
「うん、分かってるって。おばあちゃんも心配なのは分かるけど、私達がいつ帰ってきてもいいように待っててよね。多分、私は帰ってこないと思うから・・・」
そう言うと私は、楓の着替え一式を詰め込んだカバンと携帯や財布等を用意して家を後にした。
「まったく、心配させてくれるじゃないの。頭の打撲とか・・・。にしても、あの子、変なところだけは律儀なのよね。けど、そのおかげで安心もしたのだけどね・・・」
今回、楓はトラックにはねられるという予期することのできなかった不幸にあった。そして事故を知らせる連絡が自宅にかかってきた。
自宅に電話がかかってきたのは、桜輝が楓にいつも次のように言っていたおかげであった・・・
「ねぇ・・・楓、どこか行くのなら最低限、学生証だけは持っていきなさいよね。何かあったときに役に立つから・・・」
と。そのおかげで今回、桜輝や祖母は楓の入院している病院が判ったのだから。
「病院ってここであってるのよね?〇×病院って看板もあるし・・・」
私は、楓が入院している病院の前に着くと深い呼吸を一、二回して受付へと向かった。
「すみません。こちらに本葉楓という女性が入院してると聞いてやって来たのですが・・・」
「えー・・・と、楓さんの家族の方でしょうか?」
「はい、そうです。楓の姉の桜輝です・・・」
「そういうことでしたら、こちらの書類に目を通して必要なところに記入してください」
「はい、分かりました・・・」
そうして、私は看護師の女性から個人情報等を記入する紙を受け取った。
――席に腰を下ろすと、受付で渡されたボールペンを使って記入していった・・・。
「・・・よし、これでお願いします。あ、あと、これ念のため私の学生証です・・・」
「確かに受け取りました。楓さんのお部屋は三〇三号室ですので・・・」
「有り難うございます・・・」
そう言うと私は、左手に持った生花でなく来る途中に百円均一で購入した造花の花束を強く握りしめ、気持ち早歩きで楓の入院している部屋へと向かうのだった。
・・・・・・・・・・・・
「楓・・・あんた心配したんだからね。早く目を覚ましなさいよ!私に楓の元気な声を聞かせてちょうだい・・・」
そう言うと私は、病室のベッドに横たわる楓の頭をやさしく撫でた。そんな私に対し楓は、
「・・・・・・」
うんともすんとも反応しない。電話では、麻酔の作用でまだ起きていないと言っていたそうだが本当にそうなのか不安にすらなってしまう。
別に医者の言うことを信用していないわけではないのだが、楓は私にとって唯一の可愛らしい妹なのだから・・・。
「楓、信じてるからね。みんな、あんたが元気になって帰ってくるって信じてるんだから・・・」
その晩のこと。楓は、まだ目を覚まさない。いくらなんでも麻酔とやらの効果が長すぎではないか、と思った私は病室を静かに抜け、廊下で出会った看護師に色々と聞いてみた。
すると、麻酔には個人差があるから今のところは心配しなくてもよい、と言われ私はホッと胸をなで下ろした。
――私は三〇三号室に戻ると、再びベッドに横たわる楓の頭をやさしく撫でることにした・・・
「ねぇ、楓・・・?昨日私がいなかったばかりに今日、貴方が事故に遭ったんじゃないか、とか、私がもっと早く帰って来てれば楓は外に出ずにすんだんじゃないかって考えちゃってね、私のせいで楓に不幸があったとするなら本当にごめんなさい。楓は悪くないからね、悪いのは全部この私よね・・・」
私が楓に囁くような声で言うと楓がピクッと反応し、
「お姉ちゃん、大好き・・・」
それは微かな声であったが、楓の声が聞けた私は安堵の息を漏らしたのである。そして、
「私も楓のこと大好きよ・・・」
そう言うと私は、肩よりも上側を楓の横たわるベッドにのせて少しばかり眠ることにした。
・・・・・・
「・・・んっ、身体がいたい・・・」
私は、ゆっくりと身体を起こし天井からぶら下がる布のようなもので左足が固定されているのを確認した。次に、腰のあたりに視線を向けると・・・
「お姉ちゃん?えっ・・・どうして?それに、ここはどこなの・・・?」
私は周囲をキョロキョロと見渡し、自分がカーテンに囲まれたベッドの上に横たわっていることに気づいた。そして、
「・・・あっ、そうだった。私、あのとき、車か何かに・・・ヴッ・・・」
頭の痛みと共に自分がトラックにはねられる寸前の光景がよみがえってきた。
「そうだ、それで私はベッドの上に横たわっているのね。お姉ちゃんにもおばあちゃんにも心配かけちゃったな・・・。お姉ちゃん、来てくれて有りがと・・・」
「楓、私も大好きだからね・・・」
私の呟いた言葉に対して返事をするように姉がそんなことをボソッと言った。その言葉が姉の寝言であれなんであれ私は嬉しかった。
姉の私に対する『好き』という気持ちと、私の姉に対しての『好き』という気持ちが全くの別物であったとしても嬉しいことには変わりなかったのだ。
――それから少しして、私は姉の寝顔を確認すると再び眠りにつくことにした。
・・・その翌日の午後。私は退院することになった。
「ただいま・・・おばあちゃん。私だよー・・・楓だよー・・・」
「おかえり、楓・・・。昨日は心配したんだからね。けど、軽症ですんだみたいでよかったわ」
「・・・おばあちゃん、私、骨折に打撲だよ?!軽症じゃないと思うんだけど・・・」
「そうよ、おばあちゃん!楓の言うように、この状態をどう見たら軽症に思えるのよ?」
「二人とも、こういう言葉聞いたことある?『死ぬこと以外かすり傷』って言葉。これはね、私なりの解釈だけど、命があってこそ怪我もするし血が流れることもあって、けどどんなことがあっても生きていることは幸せなんだっていうような意味があると思うのよ。だから、楓はいきてたのだからかすり傷なのよ・・・」
そんな言葉に私は納得してしまった。姉がどうだったのかは知らないが。
「なるほどね、おばあちゃん。たしかにそういった考え方もあるかもね・・・」
「そうでしょ、楓ちゃん。私達は日々を生きられてるだけで幸せなのよ。だから、毎日を無駄にしないように生きていかないとダメなのよ」
「そういうことにしておくわ。じゃあ、私と楓はちょっと部屋に行ってるからね・・・」
祖母の意見に対して納得しきれていない姉は、そう言うと私の肩をトントンとかるく叩いてきた。
「分かったわ。また、夕飯の支度ができたら声かけるからね・・・」
祖母の言葉に頷くと、私は松葉杖をつきながら姉に付いていき姉の部屋へと向かった。
「・・・お姉ちゃん、昨日は本当に有り難う。お見舞いに来くれて・・・」
「私の方こそ、帰りとかが遅くなってしまってごめんなさい。もう少し早ければ楓も事故に遭わないですんだかもしれないのに・・・」
「だから、それはもういいって電車でも言ったでしょ。過ぎたことなんだからって・・・」
「そうだけど、私が武くんと泊まってなんかいなければ・・・って思うところもあって」
私は、姉の口からそんな言葉聞きたくもなかった。たしかに姉とその彼氏の関係をあまり好くは思ってないが、別に姉に謝罪してほしいわけではないのだ。だから、こんなふうに弱気になっている姉の姿など見たくもない。
「お姉ちゃん、あのさ・・・私は今みたく弱気になってるお姉ちゃんのことなんて見たくもないの。お姉ちゃんには常に私の憧れの人であってほしいの。だから・・・」
そう言い終える前のことだった。姉が私に抱きついてきたのである・・・
「お、お姉ちゃん?!急にどうしたの?私、何か癪にさわることでも言ったっけ・・・?」
「いいえ、違うのよ。ただね、楓が立派に成長したんだな・・・って思うと無性にくっつきたくなったっていうかなんというか・・・」
私は、そんな姉に対して邪険にすることなんてできなかった。というか、むしろ私にとっては拒否なんてできない状況であった。そのため、姉の満足のいくまで私は抱きつくことを受けいれたのであった。
「・・・嬉しいな、お姉ちゃん」
蚤のような声で私はポツリと呟いた・・・。
最後までお読みいただき有り難うございました。また次話が投稿された際には宜しくお願いしたいです・・・