2.私のこころ
今日は土曜日。姉と私、そして母の親である早苗おばあちゃんの三人で朝食を摂っている。
父と母はいないのか・・・って?
いや、いるにはいるが、私の父と母は二人とも優秀な研究者で、私が小学校を卒業するくらいの頃から海外のとある研究施設にて遺伝子に関する研究をしている。そのため、父と母は私達の待つ自宅にそうやすやすと帰ってくることができないでいた。
そういう理由もあり、現在は私と姉と祖母の三人で暮らしている。
――私は、祖母のことが大好きだ。ふるまってくれる手料理も美味しいし、掃除や洗濯等の家事だって丁寧。それに、私が手伝うことがあるかどうか声をかければニコッと笑みを浮かべて、大丈夫だからゆっくりしててね、と返事をしてくれる。
私は、そんな優しい祖母のことが大好きではあるが、年齢的負担などを考えてみると本当に大丈夫なのかどうか心配にもなる。
姉も、私の考えと同様で、私がまだ高校生だった頃には一緒にどうしたら祖母のことを休ませてあげられるかなんてことを夜通し議論したこともあった。
・・・まぁ、それらについてのことはさておき、今日は姉にあのことについて聞く日である。
私は、銀色のステンレス製スプーンを持った右手をスープで満たされた器に近づけていく姉のことをじっと見つめる。
そんな私に対し、姉は・・・
「どうかした、楓?私の手に何か変なものでもついてる?」
と、言ってきたのだ。それに対し私は、
「いや、ね・・・うん・・・やっぱりなんでもないや」
と、聞こうとしていたことを聞けずに終わってしまったのだ。聞き出すタイミングとやらを完全に間違えてしまったようであった。
その日の午後のこと。姉は大学の友達との大事な約束があるとかなんとか言って朝食を摂り終わってから二時間も経たないうちに家を出て行ったきりまだ帰ってきていない。
祖母は、私と昼食を摂り終えてからさっきまで家にいたが、夕飯の買い出しにでも行ってくる、と言って家を後にしたのだ。そのため、現在家にいるのは私一人のみ。
私は、特にすることもなかったため自分の部屋の布団の上でファンタジー系の小説を読んで暇をつぶしていた。そんな時である――
プルルルルッ・・・という音が私の携帯から鳴り出した。
そして、連絡をしてきたのが私の姉であったため私は特に考えることもせずに応答することにした。
「もしもし、お姉ちゃんどうかしたの?」
『・・・あのね、楓に会わせたい人がいるのだけど・・・今から自宅に戻ってもいいかしら?それと、おばあちゃんとかいる?』
電話のやり取りをしている両者の言葉を正確に双方に伝えてくれる携帯を介して、姉はそのようなことを言ってきた。おそらくもなにも、姉の言葉を聞く限りでは私に今からあれがしたいのだろうということが判った。
そう、彼氏の紹介である。姉は最近、彼氏ができたために大学からの帰りが遅くなっていたのだろう。そして、姉とその彼氏とやらの関係が良好になったからなのかは知らないが私に紹介しようと思っている・・・きっとそんなところであるに違いない。
「・・・お姉ちゃん、おばあちゃんだったら買い物に出かけてるからしばらくは帰ってこないと思うよ。それにね、お姉ちゃんが私に会わせたい人なら私も会ってみたいな・・・」
(嘘ばっかり・・・。私は姉の男なんかに会いたいとは思っていないくせに)
だとしても、姉には嫌われたくもなかったため姉には、連れてきてもいいよ、と伝えたのだ。
『ほんとー・・・おばあちゃんには知られたくないし、今すぐにそっち向かうね・・・』
嬉しそうな姉の声がしたかと思えばその直後、プッ・・・という通話が終了した音がした。
もうこれで、完全に決まりである。姉は今から自宅に男を連れてくるということが・・・
『・・・桜輝ちゃん、妹さんは何だって?なんて言ってた?』
『おばあちゃんもいないから今から来ても大丈夫だよ・・・だって』
『そっか、それならよかった。ところで、桜輝ちゃんの家って現在地から近いんだっけ?』
『そーね・・・そんなに距離はないわね。公共交通機関を使えばすぐに着くと思うけど』
『おけ・・・じゃあ、急ぎ足で向かうとしますか!?』
『分かったわ・・・』
そんな会話が携帯の向こうで行われていることなど楓にとっては想像もしたくなかったのである・・・。
――ピン~ポーン・・・自宅の玄関先にある鈴の押された音がした。
「はーい・・・お姉ちゃんと彼氏さんかな?とりあえず鍵開けるから少し待っててください」
それだけ言うと、私は玄関ドアの上の施錠していた鍵を解除した。
すると、そこには私のよく知る憧れの姉の姿と金髪に黒色の混じった見た目からしてチャラ男と判別可能な男性の姿があった。
私は、そんな冴えない男性が姉の彼氏だなんて考えたくもなかったが、できるだけ嫌な顔一つしないように努力し自宅へと招き入れた。
「えー・・・っと、そちらの男性が私に電話で紹介したいって言ってた人?」
「そうよ。彼ね・・・とっても優しくしてくれるのよ。それに、私がいてあげなくちゃって思えるのよ。楓にもそういった男の人ができるといいわね・・・」
私は、姉の言葉に対してかるく頷いてみせたが、そんな男性なんか欲しくない、と心に強く思った。
「こんなところで立ち話しもあれだから遠慮せずにあがってちょうだい、武くん・・・」
「じゃあ、遠慮せずにあがらせてもらうよ桜輝ちゃん・・・」
武とかいう男性が姉にそのように言った。そんな男に対して私は、姉の名前を軽々しく呼ばないでほしいなんていう自分勝手なことを思ってしまった。
「・・・お姉ちゃん、私、飲み物の用意するからさ、二人で先に座ってくつろいでてよ」
「そう・・・。分かったわ、じゃあ武くん行きましょ♪」
私は、姉と姉の彼氏を先に居間の方へと行かせた。
・・・まさか、私の憧れる姉があんな男を彼氏に選ぶとは思ってもみなかったとかそんなことは今、どうでもよくなくて、とにかくあの二人だけの世界に私だけが取り残されているみたいで耐えられなさそうになっていた。事実、耐えるのがやっとだった。
――その後はというと・・・私は、姉とその彼の二人に冷蔵庫から取り出したポッドに作ってあるトウキビ茶をコップに注いで渡すと一言だけ残して自分の部屋の布団の上へと戻ってきた。
居間からは、キャッキャ・・・うふふ、といった楽しそうな会話が時折閉めた部屋のドア越しに聞こえてくる。
姉の恋路を邪魔してやりたい、壊してやりたい・・・とは思っていない(たぶん・・・)が、姉の私には見せてくれない女性的な一面を知りたくなかったため私は、布団の中に潜り込んでいた。
「・・・あれっ、布団の中ってこんなに暑かったっけ?動画を見ている携帯も私の手の汗で熱を帯びてきたや・・・」
そんなことをボソボソと呟きながら私は、しばしの時間を過ごしていた。
そうしていると、ピコンッ・・・という通知音がイヤホンを通して聞こえてきた。
「おばあちゃんからだ・・・。えー・・・っと、『もう少しで帰るから玄関の鍵を開けておいてくれると助かります』・・・って、もう開いてるから」
私は、祖母には聞こえていないと知りつつもそんなことを呟いた。
同時に、私はあることを思いついた。
私は、ふとした軽い気持ちから姉に悪戯をしたやろうと思ったのだ。
その内容とは、姉とその彼氏に祖母がもうすぐで帰ってくるということを伝えないで祖母が帰ってきたら居間では姉が彼氏とイチャコラしているはずだから、それを祖母に目撃させるというもので、姉が祖母にどんな言い訳をするのか見てみようという計画であった。
しかし、私には、そんな卑怯な真似はできそうになかった。そして、実際できなかったのだ。
「お姉ちゃん、とその彼氏さん。二人でおたのしみのところあれなんですけど、もうすぐで祖母が戻ってくるそうで・・・」
自分の部屋から出ると私は、居間にいる二人にそのように伝えた。
「そ、そうなんだね。でも楽しかったよ、有り難う。楓ちゃんだったっけ?お茶、おいしかったよ、ばいばい・・・」
「えっ?武くん、もう帰っちゃうの?もう少しだけゆっくりしていけばいいのに・・・」
「いや、君らのばあちゃんが帰ってくるってんなら俺がいちゃダメでしょ。だから帰るんだよ。それに、俺と桜輝ならいつだって連絡できるだろ?!」
「そうよね。じゃあ、また今度、大学でね・・・」
「あぁ、明後日の講義でな・・・」
姉の彼氏は、俺ってカッコいいといわんばかりの表情で言っていたが、私からしてみれば気持ち悪い以外のなにものでもなかった。
(それにしても私は何故、こんなにも姉にこだわってしまうのだろうか・・・?)
彼のことを玄関先まで見送りに行った姉の後姿を眺めながら私は一人、考えていた・・・。
姉の彼氏が自宅を出て行ってくれてからほどなくした頃。
「どう、楓?私の彼・・・優しそうでしょ?間違ってでも惚れちゃダメだからね?」
「大丈夫だから。私は、お姉ちゃんに関すること以外には全くもって興味ないから・・・」
「そう、でも、それはそれで心配ね。だって、これまでに一度も浮いた話の一つや二つ楓の口から聞かされてないもの・・・」
「そうだったっけ?そうであったとしても、高校生のときは勉強に部活で忙しかったから自然なことなんじゃないの?」
「そうよね・・・。けど、きっと大丈夫よ。楓は私の妹で美人さんなんだから彼氏の一人や二人すぐにできるわよ・・・」
私は、姉の言葉にこくりと頷いてみせた。そして、一つの疑問だけが残ったのである。
また、姉との会話を終えてから少し経つと祖母が買い物から帰ってきた・・・。
その日の晩のこと。私は顔の半分くらいまで布団をもち上げて姉にあのとき言われたことについて考えていた。
確かに、私から姉に気になる男子がいるなんてことは相談した記憶はない。なかったが・・・好きな人ができた、と一度くらいはあったのではないだろうか、いや・・・それもなかった気しかしない。
結局のところ、私は姉に恋話の一つもしていなかったらしい。
(そりゃー・・・姉だって私のことを心配するに決まってるじゃないか、だとしても、だとしてもだ・・・私は、どうして異性に好意を抱いた記憶がないのだろうか?)
その答えは、いつまで経っても出てくることはなく、私がハッとしたときには朝日が昇っていた。
そして、寝不足になっていた・・・。
次回も宜しくお願いします( ー`дー´)キリッ。