16.とある休日の私と桃花ちゃん(後編)
今回は、前後編の後編ですm(__)m・・・
翌朝のこと。私は、大学に手伝いに行くことになっている姉を玄関先で見送ると一度自分の部屋へと戻る。
そして、勉強机の斜め右上あたりに掛けてあるティクタク・・・という音をたてながら秒針が動き続けている正八角形の壁掛け時計に視線を向けた。
(んー・・・まだ八時なんだよな。桃花ちゃんは一〇時くらいって言ってたしな・・・)
時間を確認すると、私は時計から視線を逸らし数冊の書籍が積まれた机の方を見る。
(・・・あれ?今、なんで机なんか見たんだっけ?)
私は、ついさっきのことであるはずなのに、机を見た理由のようなものを忘れてしまっていた。もしかしたら、特に意味も理由もないのかもしれないが・・・。
――とにかく、私は、机の前にある可動式のローラーのついた椅子に腰を下ろしてみることにした。
そうすることで、何かを思い出せるのかもしれないと感じたためである。
(えー・・・と、なんだっけ?あれじゃないし、それでもないんだよな。もっと単純なことなんだよ・・・)
私は、椅子の背もたれに全体重をかけてその場で回ってみたりしていた。その後、
「たしか、本でも読もうと思ったんだっけか。まぁ、そういうことでいいよね・・・?」
誰もいない、答えてくれることはないというのに私は言葉を投げかけるようにして呟いた。
そうして、昨夜には全て読み終えることのできなかった『王家の者と村の民の秘密の恋路』という姉に内容の一部というか最終結末が知られてしまった小説を家を出るぎりぎりの時間まで堪能させてもらうことにした。また、なぜ全て読み終えていないのに昨夜、私が最後の結末を知っていたのかというと、それは、物語の最後が気になりすぎて先に最終章の頁を読んでしまったためであった。
ともかく、私は桃花ちゃんの家に向かう前までの時間を有効活用することにした・・・。
――そして、これはとある頁の引用部分である・・・
『私の名前はアリンス。民は私をアリンス王妃と呼び敬うが、私は誰かから尊敬されるようなことは、まだ成し遂げられていない。それに、私には誰にも言えない秘密ができてしまった。そんな誰にも言えない私の悩みを今回は、この手記に書き残しておくことにします。
私の最近の悩み、それは、恋。ある医者は不治の病と匙を投げ、またある医者は自らが「恋」という病に罹患して初めてその大病に気づく。そして、最も厄介なことにその恋とやらは誰かの手によってそうやすやすと治せてしまうものではない。だから私は悩んでいるのです。
これは、私が城をこっそりと抜け出して近くの村に足を運んだときのこと。ふとしたとき、私は前方不注意により衣服のあちこちが土や泥で汚れてしまっている村に住む細身の女性、おそらく農民であると思われる者とぶつかってしまったのです。私が「ごめんなさい」と軽く頭を下げて謝罪するとそのぶつかってしまった女性は「いえいえ、こちらこそ本当に申し訳ありませんでした」と丁寧な謝罪をしてくれた。これは、当然の行為なのかもしれないが、私は、そのとき胸の奥から何かが込みあげてくるのを感じていたのです。しかし、そのときは特に気にすることもなく村を見て歩いていました。
その後、城に戻った私は王や付き人に気づかれることのないようにして自分の部屋、自分だけの落ち着ける空間に向かったのです。そのときでした。急に脳裏にあの女性の姿が、ぶつかったときの瞬間の映像が浮かんできたのです。そして私は彼女にもう一度会いたいと思ったのです。彼女の声がもう一度だけ、一度とは言わずいくらでも聞きたい、そばで聞いていたい。それは私にとって突然の気持ちでした。
それから数日経つと、布団に入っても眠れぬ夜が続くようになったのです。彼女に会いたい、彼女こそが私にとって最もふさわしい相手、できることなら今すぐにでも城を抜け出して会いに行きたい。そんなふうに彼女への想いも日々、増えてきたのです。
それから数日が経過した今晩、私は城を夜が明けないうちに抜けて彼女のもとへと会いに行くことに決めました。それと、彼女の家は、占いで突き止めることができたので心配しないでください。
○月×日・・・・・・』
二階建ての北米風の住居。家の前には二台の車を停めることのできる駐車場。庭では二羽の鶉が飼われていたはず・・・。
そう、私は、桃花ちゃんの家の前まで来ていたのだ。
――そして私は、金属製の可愛らしいリスの飾りが二匹ちょこんと座っている郵便ポストのすぐ上にある呼び鈴を押した。
ピンポーン、ピンポ~ン・・・と音が反復して鳴った後、
「はーい、どちら様ですか?勧誘とかでしたら結構ですので・・・」
桃花ちゃんの声が聞こえてきた。
「桃花ちゃん、私だよ、わ・た・し」
「わたしさん?誰だか知らないです、そんな名前の人・・・」
「だーかーら、私だって。かえでだよ!?」
「ふふっ・・・知ってるよ、楓ちゃん。鍵だったらもう開いてるから入ってきて・・・」
「わかったよ・・・」
私は、桃花ちゃんにいじられていたようだ。それはともかく、玄関のドアを開けて家の中へと入った。
「おじゃましまーす・・・」
「ようこそ、楓ちゃ・・・ふふっ・・・」
桃花ちゃんは、まだ含み笑いのようなものをしていたのである。
「桃花ちゃん、さっきの悪戯だかなんだか、そんなに面白かったの?私は、そんなに面白いとも楽しくもなかったんだけど・・・」
「そっか、ごめん。けどね、一番初めのは毎回のことだから気にしないでよ。それと、さっきのちょっととした悪戯みたいなのも楓ちゃんをもてなす前座みたいなものなんだって言えば許してくれる?」
「前座ならしょうがない・・・とは言わないからね。とりあえず、あがらせてもらってもいいかな?」
「うん。私は二階左側、突きあたりにある自分の部屋で待ってるから。そこに靴脱ぎ終わったら来てよ」
「わかった・・・」
私が靴を脱ぎ終える頃には、すでに階段を使いスキップ気味の足取りで二階へと上がって行ってしまった桃花ちゃんに言われた部屋へと向かうことにした。
「・・・つきあたりの部屋だから、ここよね。『Momoの部屋』っていうトールペイントみたいな表札もあるし・・・」
それから間もなくして、私は桃花ちゃんの部屋だと思われる部屋のドアを開けて足を踏みいれた。
「おじゃまするよー・・・」
私がそう言いながら部屋に入ると、
「それ、何度目?二度も言わなくていいよ。とりあえず、こっち来て・・・」
「うん・・・」
私は桃花ちゃんの言葉に対して返事をすると、彼女がいる机の横へと向かった。
そして、そこで私は桃花ちゃんの机の上に置かれたあからさまに怪しいと判る銀色の分度器のようにも思えるけど、分度器より大きな金属製の覆いに目が留まった。
「・・・桃花ちゃん、その机の上にあるやつって何?」
「えー・・・内緒。楓ちゃんは、なんだと思う?」
「私?しかいないもんね。えー・・・っと中から虫が出てくるなんてことはないと信じたいし・・・」
私が頭を悩ませていると、
「仕方ないなー・・・。答えはね・・・」
そんなことを言うと桃花ちゃんが、片手を銀色の覆いの頂点の部分に手を添えて、ゆっくりと持ち上げていく。それに対して、私はごくりと唾を飲み込んで見守った。
「じゃーん・・・これで、どうかな?」
「クッキーだよね?」
「そう、クッキーだよ。けど、これは、ただのクッキーじゃなくて『ドレッセ・バニーユ』っていう種類のクッキーなんだって・・・」
「へー・・・そうなんだ・・・」
私は、桃花ちゃんが持ち上げた銀色の覆いの下から姿を見せてくれた積み重なったクッキーに視線を向けていた。それにしても美味しそう・・・なんてことも同時に思っていた。
「桃花ちゃん、もしかしてクッキーって私のためのおもてなしの一つ?」
私は、思ったことを聞いてみた。
「そうだよ。今日、楓ちゃんが来てくれることになったから気合い入れて頑張ってみました・・・なんてね」
桃花ちゃんは少し、頬を赤く染めて照れくさそうに言った。
「そうなんだ、有り難う。とっても嬉しいよ、桃花ちゃん・・・」
「いやー・・・そんなに褒められても、お金とかあげられないからね・・・」
「うん、それよかさ、桃花ちゃんが右手に持ってる銀色のやつってなんだっけ?よく執事ものの漫画とかに出てくるイメージしかないけど・・・」
「これのこと・・・?」
そう聞いてくる桃花ちゃんに対して私は、こくりと頷いてみせた。
「・・・これはね、『クロッシュ』っていう西洋の地域で温かい料理をなるだけ冷まさないようにして提供するための器具らしいんだけど、私は、雰囲気出るんじゃね的な感じで今回、使ってみたんだよ、初めて。まぁ、もとは二年前の執事もののドラマにハマったことがきっかけで購入したんだけど」
そんなことは聞いてないから・・・なんてことは言えず、
「そうだったんだね。教えてくれて有りがと、桃花ちゃん・・・」
と、伝えることにした。
「どういたしまして。というか、とにかく一つ食べてみてよ。結構、味には自信あるからさ。一〇〇点満点中九八点くらいの出来だと思うから・・・」
私は、もうそれなら四捨五入で繰り上げていっそ一〇〇点でいいんじゃないか、とも思ったが、それ以上のことは考えずにもらってみることにした。
・・・・・・
「うん・・・美味しい」
私がそう言うと桃花ちゃんが、
「どんな感じに美味しいかな?」
と、聞いてきたので私は・・・
「バターの風味であってるかな?それとかが嫌な濃さじゃないよっていう味だね・・・」
と、伝えた。それにしても、これはバラエティーとかでは採用されなそうな食レポだと思う・・・。
「それは、よかったよ・・・」
桃花ちゃんがつくってくれたクッキーは、私の食レポこそ下手なものだが、おせじでなく素直に美味しいと感じられるクッキーであったため、一つ目を食べ終えると意識せずとも自然に二つ目に手をのばしてしまっていた。
「楓ちゃん、そんなによかった?」
私は桃花ちゃんの言葉でハッとして二個目のクッキーに手が触れそうになったところで動きを止めた。
「・・・いや、いいんだよ食べてくれて。楓ちゃんのことを考えてつくったクッキーだし、それに沢山食べてくれた方が私にとっても嬉しいからさ。だから、理性を抑えようとしないで口に運んじゃいなよ!」
「うん、じゃあそうさせてもらうからね。よーし、いっぱい食べちゃうぞー・・・」
私は、桃花ちゃんの言葉通り、クッキーをむしゃむしゃ食べさせてもらうことに決めた。
「・・・あっ、そうだ。今、お紅茶でも淹れてくるからね、楓ちゃん・・・」
「有りがと、桃花ちゃん・・・」
私が口の中にいくつかクッキーを入れたまま、そう言うと桃花ちゃんが部屋を後にして下の階へと降りて行ってしまった。
「・・・うん、それにしても味付けが濃すぎないし薄すぎなくてさいこー・・・。そうだ、お姉ちゃんに写真でも撮って送ってあげよ。現物は持って帰らないけど、いいよね。だって、『そうじん屋』の飴はもらえるはずだし・・・」
そうして、私はカバンから携帯を取り出すと写真を撮り姉に短い文章と共に送ってみた。また、姉がどんな顔をしながら私の送った写真をみることになるのか想像してみるとなんだかニヤケてしまいそうだ。
――しばらくすると、桃花ちゃんが部屋に戻ってきた。両手で持ったトレーの上に二つのティーカップを載せて。
「うーん、爽やかな香り・・・」
「でしょ。私の一番お気に入りの紅茶だからね。楓ちゃんにも飲んでみてほしくて淹れてきたんだ・・・」
「そっか。でさ、桃花ちゃんの好きな人って同じ学校の人だっけ・・・?」
「いやー・・・どうだろう。知らない方がいいこともあると思うけど。それに、私のことなんかより楓ちゃんは、お姉さんと最近どうなのよ・・・?」
「えっ、いやー・・・まだ全然だと思うよ・・・」
私と桃花ちゃんは、しばらくそんな会話をしたのち、お昼過ぎくらいまで優雅なティータイムを満喫するのだった・・・。
時刻は、午後一時を少し過ぎた頃。
「ふぅー・・・今日は有り難う、桃花ちゃん」
「もしかして、もう帰っちゃうの?」
「うん。だって用意しなくていいからとは言ったものの、『昼食の用意して待ってます』ていうメッセージがおばあちゃんから送られてきたんだもの。だからさ、今日は本当に有りがとね・・・」
「そういうことなら、仕方ないね。気をつけて帰るんだよ、楓ちゃん。なんか最近、女子のお尻を背後から近づいて触ってみて気づかれたらニチャッっていう薄気味悪い笑みを浮かべて逃走する不審な女性が出たって母から聞いたからさ」
「心配してくれて有り難う。まさかとは思うけど、桃花ちゃんのお母さんとかではないよね?」
「何をいきなり言うのかと思えば、そんなことはないと思うけど。というか、そうじゃないって信じてるから変なこと言わないでよね・・・」
「ごめんってばー・・・。悪い冗談だから。それに、お姉ちゃん以外の人に私のお尻とか触られたくないから、いざということがあれば噛みついてやるつもりだし・・・」
「・・・まぁ、怒ってないけど。楓ちゃんは、相変わらずの『お姉さんLOVE妹』だね」
「うん、そうだよ。私には、お姉ちゃんしかいないし、いつになったら告白の返事くれるのかなー・・・って好い意味でも悪い意味でも思ってるもの」
「そっか。いつか楓ちゃんの想いが届くといいねー・・・っていうか思い出したわ。忘れるところだったよ」
「え?何が・・・って、そうだよね。あれだよ、桃花ちゃん・・・」
「楓ちゃんも言ってよね。また、渡しそびれるところだったんだから・・・」
そうだった。私は、まだ桃花ちゃんから『そうじん屋』の飴玉をもらっていないということをクッキーの写真を撮ったときは覚えていたのに、いざ帰るとなると頭の片隅からこぼれ落ちそうになっていたのである。そのため、桃花ちゃんが思い出してくれて本当によかった。
「・・・で、桃花ちゃん。肝心の飴玉は、どこに隠してるの?」
「隠しては、なくないけど・・・一階の納戸の中にあるよ。そこが一番、通気性とか一定に保たれてるというか、気温の影響を直に受けないし・・・」
「へー・・・」
・・・その後、私は無事に桃花ちゃんから『そうじん屋』の飴玉がいくつか入った未開封の袋を二つもらうと、玄関で靴を履く。
(これがあれば、お姉ちゃんからいっぱい褒めてもらえたりして・・・?)
そんな根拠のないようなことを考えているうちに私は靴を履き終えた。
「桃花ちゃん、今日は本当にお世話になりましたってことで、また来週、大学の講義で会お・・・」
「お世話になりましたって言っても、ほんの数時間だけどね。とりあえず、今日は来れなかった楓ちゃんのお姉さんにもよろしく伝えといてね・・・」
「うん、伝えるに決まってるじゃん。お姉ちゃんだって桃花ちゃんのおじいちゃんの飴玉、好きだって言ってたもん・・・」
「・・・楓ちゃん、その言い方は、なんというか危険な感じがするよ・・・」
「そう、かな?まぁさ、二回目だけどまた来週ってことでね・・・バイバイ」
「バイバイ。また今度ね、楓ちゃん・・・」
私は、楓ちゃんがドアを開けて完全に外に出て行くまでの間、見送った。
「お姉さんか・・・。私がもし楓ちゃんのお姉さんだったら、楓ちゃんは私に惚れてくれたのかな?」
そんな、現実味のないことを呟いたのち、私は玄関の上の鍵を施錠したのだった・・・・・・。
今回も最後まで読んでくださり有り難うございました。次話は姉が熱を出したりださなかったり・・・する話しです。
残り話数が少なくなってきましたが、もしよろしければ最後まで宜しくお願いできたらと思います。
それでは、また来年・・・ではなく、そのうちに(w)。




