15.とある休日の私と桃花ちゃん(前編)
今回は、前後編の前編ですm(__)m・・・
長かった夏休みが終わり新学期を迎えた。幸運なことにも私と桃花ちゃん、二人とも夏休み前の前期課程で受けた期末試験では追試もしくは次年度に再履修しなければならない科目がなかった。
そのため、後期の講義が始まったばかりの現時点では留年の可能性は少ないと思われる・・・。
「ふー・・・終わった、終わった・・・」
「そうだね、桃花ちゃん・・・」
「てかさー・・・夏休み明けたばっかなのに、いきなり飛ばして説明してくるから意味がわからなさすぎたよ。ね、楓ちゃん・・・?」
「まぁ、あの教授は最初の見た目からしてそういう嫌な?感じはしてたけど、まさかあそこまでとはね・・・」
「ほんとに、そうなんだよ。私、英文熟読の先生、嫌いになったよ・・・」
「そうかもしれないんだけどさ、桃花ちゃん。なんか反抗的な態度とってるように思われても嫌じゃない?」
「それは・・・たしかにそうかもしんない・・・」
私と桃花ちゃんは、夏休み明け初日の講義を全て終えて大学の構内を少し出ると、大学から近い公園へと向かって歩いていた。
「・・・そういえばって感じなんだけど、楓ちゃんって何かしらサークルとかって所属してたっけ?」
私の隣を歩く桃花ちゃんが、さっきまでの会話がひと段落すると、そんなことを聞いてきた。
「いや、私は特にどこかに所属してたりしないよ。フリーな女だよ・・・」
私が、桃花ちゃんからの質問に対してそのように答えると・・・
「えっ・・・不倫な女?どういうこと・・・?」
桃花ちゃんは、何かとんでもない聞き間違いをしているようであった。そのため、
「私はね、『フリーな女』って言ったの。だから、とんだ聞き間違いしないでよね・・・!」
最後の語尾を少しだけ強調するようにして私は、桃花ちゃんに伝えた。
「・・・いや、ほんとにごめん。私も悪気があって言ったわけじゃないからさ、許してよ。今度、おじいちゃんに『そうじん屋』の新作とか送ってもらうように言っとくからさ・・・」
「そこまではしてくれなくていいよ。ただ・・・」
「ただ、何?」
「以前に桃花ちゃんが言ってたダンボールで送る・・・みたいな話しは、どうなったのかなーって・・・」
私は、いつかの日に桃花ちゃんが言ってくれた『そうじん屋』の飴玉が入った袋を段ボールに詰めて送る、というような話しがあって以来、まだ送られてきていなかったため、つい聞いてしまった、
「・・・えっ?まだ送ってなかったっけ?」
そう聞いてくる桃花ちゃんに対して私は、こくりと頷くと・・・
「うん、まだ送られてきてないよ。別に無理な頼みとか、ちょっと質の悪い冗談とかだったらいいんだよ。ただ、食べられると思って期待してたってだけだから・・・」
私は、少し嫌味な感じで言ってしまった。そんな私の言葉に対して桃花ちゃんは少し沈黙すると、
「・・・わかった。それなら、明日の土曜日にでも私の家に遊びに来て。父は朝から仕事で家にいないし、母も四年ぶりくらいに会う友達とショッピングするとかでいなくなるからさ。それに、もしあれだったら楓ちゃんのお姉さんも一緒でもいいから、ね?」
「ほんと?明日、桃花ちゃん家に行ってもいいの?」
「うん。午前一〇時くらいには家にいるのが私だけになるから、そのくらいの時間帯にでも来てくれたら気持ち程度くらいのことしかできないけどもてなすし、飴玉の袋がいくらか入ったダンボールも渡すからさ。もちろん、楓ちゃんの都合次第なんだけど。けど、来るのが無理だったとしても近日中に宅急便で送るからね・・・」
「それは・・・ね、送料とかかかるし悪いから。だからっていうのもあれなんだけど、とにかく明日、さっき言われたくらいの時間にお邪魔させてもらうよ。それに、お姉ちゃんにも声かけてみる・・・♪」
「うん・・・じゃあそういうことで明日、待ってるからね」
「有りがと、桃花ちゃん・・・」
「ん~ん、夏休みが始まってわりとすぐにおじいちゃんから送られてきてたのに渡しそびれてた私が悪いから。だから、気にしないで・・・」
「それ、なら・・・気にしないことにするけど、どうする?」
「どうするっていうと・・・?」
「なんだかんだ言ってるうちに公園に着いたけど、話すこととかあったっけって思って・・・」
私がそう言うと、
「たしかにね。なんか、電話とかでも話しできるわ、とか思ったらね・・・」
「だったら、今日は家に帰ることにしますか、桃花ちゃん?」
「そう、しようか・・・楓ちゃん。それでまた何かあれば明日か帰宅後にメッセージでって感じで」
「だね・・・。じゃあ、そういうことで・・・」
――その後、ほどなくして私と桃花ちゃんは帰路につくことにしたのだった。
周囲の様子は、まだ暗くなっているということもなく、良好な視界が確保されていた。そのためか、桃花ちゃんと別れた公園では、子どもとその母親と思われる齢三〇代前半くらいの見た目をした女性が片手に野球用のグローブをはめて互いに軟らかそうなボールを投げ合いキャッチボールしていた。
(私もいつか、母親になる日がきてしまうのだろうか?それは・・・嫌だな。だって、私はお姉ちゃんとずーーっと一緒にいたい、から・・・)
公園で仲睦まじくキャッチボールをしている女性と子供を眺めていると、そんな思いが私の脳裏をよぎる。そして、そう思ってしまうくらいに私は姉のことが大好きなのだと、再確認した。
――姉からの告白に対する返事次第では、もしかしたら私は駅のプラットホームから・・・。
もしくは、普段は施錠されていると思われる大学の屋上へとなんとか辿り着き、片足ずつ、少しずつ前へと進めていき、最終的には両目を固く閉じ、宙を一瞬だけ蝶々のように舞うことになるのかもしれない。それ以外の可能性としては、自分の部屋にこもったきり外へと出ることができなくなってしまうかも・・・しれない。
現段階では、姉は私に対してできるだけ優しく接してくれているが、告白の返事が考えついた際には、姉は私にどう接してくるのか知りたいようで知るのが怖く感じられる。
ただ・・・一つだけ変わることのない私の願いとしては、いっぱい悩んだのちに最終的には『わたし』のことを選んでほしいし、これでもかというくらいに愛でてほしい。
私は、自分勝手で我が儘なところがあるのかもしれないが、やっぱり大好きな人には、振り向いてほしいと思ってしまう。それに、そう思ってしまうのが普通ではないだろうか・・・とはいえ、まだ私と姉は恋仲でもなんでもないのだが・・・。
私は、大好きな祖母と姉が待ってくれているであろう自宅に到着した。そして、玄関のドアに鍵がかかっていないことを確認したのち、中へと入る。
「ただいまー・・・」
私がそう言うと台所の方から、
「おかえりなさい、楓ちゃん・・・」
祖母の声だけが聞こえてきた。
(お姉ちゃんは・・・まだ帰ってきていないのだろうか・・・?)
私は、姉の声が聞こえてこなかったため、まだ帰ってきていないのかと思ったものの、念のため確認してみることにした。そこで、私は靴を脱ぎ向きを揃え終わると姉と共用しているニスだかラッカーが塗られた少し光沢のある木製の靴箱をガチャリと開けてみた。
「えーっと・・・・・・」
最も上の段から下の段まで順に見ていく。そして――
「・・・あった、けど・・・」
靴箱の中には姉の靴が置いてあったのだが、それは姉が主に休日によく履いているスニーカーで、普段酷使している靴は見当たらなかった。
普段から物を大切にする習慣のある姉は持っている靴の数も少なく、なんなら私が持っている靴の方が多いくらいだ。
・・・とにかく、姉は、まだ大学から帰宅していないようであった。
今年から大学三年生になった姉は、もうそろそろ自分が所属するゼミだか研究室を決めなくてはならないだろうし、忙しいということは理解しているつもりだ。けれども、私が帰ってきたときに姉の姿が確認できないのは、やっぱり寂しいものでもあった。
「・・・楓ちゃん、早く手を洗ってこっちに来なさいな。今日ね、カラメルソースなしのふわとろ卵のプディングつくってみたから。だから、楓ちゃんに食べてほしいのよ。桜輝ちゃんにも帰ってきたら実食してもらうけどね・・・」
私が、靴箱なんかとにらめっこ?している時間が長かったからか台所の方からそんなことを言っている祖母の声が聞こえてきた。
「はーい・・・すぐに行くね」
私は、そう言うと静かに靴箱の扉を閉め洗面所へと向かう。そして、水道の蛇口からぬるま湯を出し約三〇秒間くらいハンドソープをつけた手と手をこすったのち、洗い流した。その後、うがいを二、三度してタオル掛けにかかっていたクマさん柄のタオルで手と口元を拭くと祖母のもとへ向かった。
――それから、私は祖母にプディングのレシピやら何やらを聞かされると、ステンレス製のデザートとかを食べるときに使うスプーンで食べてみた。
・・・・・・
「ん~・・・おいしいよ、おばあちゃん」
私は、口の中に含んだプディングが一回も咀嚼することなく溶けていくのを感じると、自然とそんな言葉を呟いてしまう。
「美味しいか、それなら私も作ってみたかいってものがあるね。よかった、好かった・・・」
祖母は、私の言葉が嬉しかったようで満面の笑みを浮かべていた。
・・・しばらくすると、私のプディングの容器が空っぽになっていた。つまりは、私が全部食べ終えたということである。それにしても、プディングを口の中に含んだ瞬間に広がってきた卵のほんのりとした甘み、牛乳のコク、その他諸々のプラスの要素が沢山つまった祖母がつくってくれたプディング、本当に絶品のスイーツだった。
それと同時に、祖母がつくってくれたプディングがとある国の兵器のようにすら感じられた。
「・・・ごっそうさま、おばあちゃん。プディング、最高だったよ・・・」
「そう、それは・・・よかった」
「また、今度つくってくれる?」
「もちろんだとも。それと、もうすぐ夕飯もできるからシャワーでも浴びてサッパリしてくるといいよ」
「わかった。そうさせてもらうね・・・」
私は、そう言うと大学の荷物を先に自分の部屋へと置きにいったのちに、風呂の脱衣所へと向かった。
「はぁ~・・・プディング最高だったな。お姉ちゃんにも早く食べてみてほしいけど、お姉ちゃん今日は何時くらいに帰ってくるのかなー・・・?」
私は、夫の帰りを心待ちにしている妻が言いそうな言葉かは知らないが、そんな言葉を呟いていた。
・・・そして、姉が家に帰ってきたのは午後九時を少し過ぎるかすぎないかというくらいの遅い時間だった。
その日の午後十一時くらいのこと。コンコン・・・と部屋のドアをノックする音が聞こえてきたため私は、部屋のドアを開けた。するとそこには姉がいた。
「・・・お姉ちゃん、どうかしたの?」
「いや、なんとなく楓の顔を寝る前に見たいなって思って。それで来ただけよ」
「ふーん・・・そうなんだ。とにかく入れば・・・?」
私が姉に対してそう言うと、姉は、
「分かったわ。入らせてもらうわね・・・」
とのことだった。そうして、私は、お風呂から出てきたばかりであろう姉のことを部屋に入れることにした。べ、別にいやらしいことがしたいとかそんなんではないと思う・・・というか、普通に話しがしたいと思ったから部屋に入れることにしただけである・・・。
――私は、姉が大学から帰ってくる前にはお風呂と夕飯をすませてしまっていた。それと、姉が帰ってきたときには自分の部屋の布団の上でお妃様と外見だけで貧乏だとわかる村の女性が二人を分け隔てる険しい障害を乗り越えて最後には恋仲になるという物語を読んでいたため姉とは、大学から帰宅後まだまともに会話していなかったのだ。そういうこともあって私は迷うことなどなく姉を部屋に誘ったのである。
・・・・・・
「ねぇ、楓・・・私が部屋に来るまでの間、何をしてたのかしら?」
「えっ?普通に大学のレポートとか読書してただけだよ」
「そう・・・。読書って、楓が片手に持ってる本のことかしら?」
「うん、そうだけど、それがどうかした?」
「なんか今、後ろに隠そうとしてたみたいだから私には見せられないものなのかなー・・・って」
「べ、別にそんなことないけど。普通に清すぎるくらいのラブロマンス的な小説だよ!?」
「・・・だったら、私にも少しでいいから読ませてよ。ね、楓・・・?」
「そっ・・・それは、ちょっと」
「ちょっとって何よ?やっぱり私には見せられないような内容のものを楓は読んでたのかしら?」
「いやっ・・・そういうことじゃないんだよ。ただ、お姉ちゃんには刺激が強すぎるというかなんというか・・・」
「楓、私のことをどんなふうに思っているのかは知らないけど、ある程度の恋愛知識については持ち合わせてるわよ。一応、少しは男の人と付き合ってたのだから。今となっては忘れたい記憶でしかないけど」
そんなことを姉は言った。
「えっ・・・いや、でも・・・。とにかく、ある一国の若い妃様が村の貧乏な農民の女性と最終的には火照った身体を重ね合うっていう、お姉ちゃんには刺激の強い譚は見せられないよ・・・」
私は、つい言う予定のなかったことまで言ってしまった。
「・・・まぁ、とにかく楓は、そう言った感じのHなストーリーを読んで一人で興奮していたと・・・」
「そ、そういうことじゃないの!たしかに少しは、一人で興奮してたけどさ・・・」
私は、もうやけくそな気持ちになっていた。それに、姉に私の読んでいたものが知られてしまったのは恥ずかしい以外の何ものでもなかったが、今回のは完全に自滅した私が悪いのであった。
――その後、私は深呼吸をして気持ちを落ち着けると、姉に明日のことについて尋ねてみることにした。明日のことというのは、桃花ちゃんとの予定についてのことである。
「お姉ちゃん、明日のことなんだけど・・・」
「明日は無理なのよ。ごめんなさいね、楓。楓のことが嫌になったとかじゃないってことだけは分かってよね・・・」
私は、姉に内容も言わないうちに断られてしまった。それは、かなりショックであるのと同時に、なぜ無理なのか解決しておかないと気が済まなかった。
「・・・じゃあ、何?」
「はぁー・・・そうやって嫌な顔されてもね、明日は私の大学の学祭のリハーサル日で手伝いとか色々あるのよ。だから、楓との予定はごめんなさい・・・」
「・・・あれ?お姉ちゃんってなんかサークルとか所属してたっけ?」
「いいえ、どこにも所属してないわ。けどね、急な欠席とかで今日と明日は私が代わりに手伝うことになってるのよ」
「じゃあ、今日、帰りが遅かったのもその学祭とかの手伝いのせいなの?」
「そうよ、もし心配かけたのならごめんなさいね・・・」
そう言う姉に対して、ほんとにだよ・・・とは思ったものの、私は怒る気にはなれなかった。そして、
「じゃあさ、じゃあ・・・日曜日も手伝いとかあったりするのかな?」
私が、そう聞くと・・・
「それはー・・・もし頼まれても断るから安心してよね。その日は一日中、楓といてあげるから」
姉がそんなことを言ってくれた。そんな姉の言葉は、たとえ嘘であったにしても私のことを考えてくれたのだと思うと嬉しかった。
「あり、がと・・・お姉ちゃん。明日さ、桃花ちゃんの家に行くんだけどね、そのときもらってくる『そうじん屋』の飴玉、お姉ちゃんにもいくらかあげるからね・・・」
私がそう言うと、姉は・・・
「えっ?そうじん屋ってあの『そうじん屋』?」
驚いた表情で私に聞いてきた。
「そうだよ、あの飴玉専門店の『そうじん屋』だよ。嬉しくなかった・・・?」
「いや、嬉しいに決まってるでしょ。だって、昨日なんかフリマアプリで高額転売されてたのよ!もう少しで購入するところだったんだから。けど、どうして桃花ちゃんの家でもらえるのよ?」
「えー・・・っとね、桃花ちゃんのおじいちゃんが営んでるのが『そうじん屋』なんだって。それで、時折、桃花ちゃん家に孫可愛さからなのか段ボールに詰めて送ってきてくれるんだって。それで、わけあってそのうちの何袋かを明日もらう約束をしてるんだ・・・」
「へー・・・桃花ちゃんのおじいちゃんが、あの『そうじん屋』の草仁さんって、えー・・・!!初めてそんなこと聞いたわよ・・・」
「お姉ちゃん、うるさい。声のボリューム抑えてくれないと、おばあちゃんが見にきちゃうよ?」
「それだったら大丈夫よ。おばあちゃん、もう寝てるし、それに一度眠ったら朝まで何があっても起きないから・・・」
(・・・そういう問題じゃないような気もするけど)
とは思いつつも、姉に言うことはなかった。
「・・・けどよ、楓。今のことが事実だとしてよ、そのことを私の友人にも教えてあげていいかしら?」
「そ、それは・・・桃花ちゃんのためにもやめてあげて。迷惑とかかけたら嫌だから・・・」
「楓がそう言うのなら分かったわ。私と楓、二人だけの秘密ってことにしておきましょ・・・」
「二人だけの秘密。なんかいいね・・・。じゃあ、そういうことだから。私は読書の続きがしたくなってきたから、お姉ちゃんは、おやすみ・・・」
「ひどいわね、楓。あきたらポイって・・・。私も今度、楓のことポイしてもいいかしら?」
「い、嫌に決まってるでしょ・・・!そんなの・・・」
「なら、私にもしないでよね。今度からは・・・。まぁ、今回は素直に寝るけどね・・・」
そう言うと姉は、ガチャリとドアノブをひねり部屋を出て行った。
――私にとっては、姉と話しができたという事実だけで嬉しかった。とはいえ小説のことがばれてしまったのは、何とも言えないが・・・。
最後まで読んでくださり有り難うございました。まだ拙い文章力ではありますが、最後まで何とか執筆していきたいと思いますので、最後までぜひよろしくお願いできたらと思います。




