14.私と夏祭り(後編)
後編です。
夏祭りの会場からさほど距離のない河川敷から約三〇〇発の花火が打ち上げられる時間になるまで残すところ一時間をきっていた。
そして、私と姉と桃花ちゃんの三人は盆踊りを楽しむ人々を眺めるのにうってつけのベンチに腰を下ろしていた。
「なんか、盆踊りって不思議な雰囲気があると思わない?」
「・・・たしかに、楓ちゃんに言われてみるとそう感じるかも」
「そうねー・・・盆踊りには邪気を払う力があるらしいからね」
姉は、私と桃花ちゃんの会話に続けるように、そんなことをさらっと言ってみせた。
「え?お姉ちゃん、それってほんとのこと・・・?」
ふと、私は姉に尋ねる。
「ふふっ・・・ちょっとした冗談よ。本当のことだと思ったのかしら、楓は・・・」
「うっ・・・」
一瞬でも姉の言うことを信じてしまった自分自身が馬鹿みたいに思えた。
「ごめんなさいね、楓。それより、一緒にあの輪の中に入って踊りましょ?」
「いや、私は別にいいや。もう少ししたら花火も始まるし、なにより踊りなれてないから・・・」
「そうかもしれないけど・・・。なら、私だけで少し踊ってくるわね」
私は、そんな姉の言葉に頷いた。それからほどなくして姉は盆踊りの輪の中へと消えていった。
・・・・・・
「・・・桃花ちゃん、今さら言うのもあれだけど、今日は誘ってくれて有りがと」
私は、目じりを指の先っちょで軽く搔きながら桃花ちゃんに伝えた。
「私こそ、楓ちゃんと二人で・・・じゃなくて、お姉さんもいれた三人で一緒に来れたからよかったと思ってるよ」
「そうだね。で、桃花ちゃんは盆踊りにお姉ちゃんと一緒に行かなくてよかったの?」
「まぁ、私は運動系全般苦手だし、それに、楓ちゃんと一緒にいたいというか、なんというか・・・」
私は、桃花ちゃんから一緒にいたいと思われていることが嬉しかった。
「・・・それにしても綺麗だなー」
私は、ポツンとそんな言葉を呟いた。
「あ・・・あそこの楓ちゃんのお姉さんのこと?」
「そうなんだよ。なんかさ、見てるだけで癒されてしまうというか、なんというか・・・」
「そっか、よかったじゃん」
「うん・・・」
「それでなんだけど・・・」
「どうしたの、桃花ちゃん・・・?」
私は、急にもじもじし出した桃花ちゃんに聞いた。
「えー・・・っとね、今だから伝えたいことなんだけど、聞いてくれるかな?」
「いいよ、私でよければ」
桃花ちゃんの私に聞いてほしいことがなんなのかは判らなかったが、ひとまず聞いてみることにした。
「・・・楓ちゃん、あのさ、私ね、好きな人がいるんだ」
「へー・・・そうなんだ。ちなみにどんな人なの、その桃花ちゃんが好きになった人は?」
「その人はね、優しくて真面目で素敵な人なんだよ・・・」
「そうなんだ。じゃあ、私は桃花ちゃんの恋を応援しなくちゃね・・・!」
そのとき、私は姉との恋の成就を応援してくれている桃花ちゃんの恋路を応援してあげたいと思った。
「ありがと、楓ちゃん。けど、その気持ちは嬉しいんだけどね、きっと私の恋は叶わないんだ。だって、その私の好きな人は私の手の届きそうにないくらい遠くにいるから・・・」
「そんなの気持ちを伝えてみないことには、0か1かわからないじゃん。桃花ちゃん・・・」
私は、告白する前から内気になっている桃花ちゃんを励ますつもりでそんな言葉を伝えた。
「・・・楓ちゃん、私には、わかるんだよ。私のこの恋は叶わないって。だってその、私の好きな人には片想いの相手がいるらしいから・・・」
私は、桃花ちゃんのその言葉に対してどう反応すればいいのか判らなかった。だが、最低限の励ましくらいは送れるだろうと思い、
「桃花ちゃんもまた大変な恋をしてるんだね。けど、私は応援してるから。桃花ちゃんが私とお姉ちゃんの恋を応援してくれてるみたいに・・・」
そんなことを言ってみた。
「有り難う。楓ちゃん、私、少しは頑張ってみようかな・・・」
「うん。桃花ちゃんもきっと好い方向に行くって信じて頑張ってみなよ。相談事とかあれば聞くからさ」
「大好き・・・」
――桃花ちゃんが最後にポツリと呟いたそんな言葉は私の耳には届いていなかった。
・・・そのときである。
「お待たせ―・・・楓に桃花ちゃん。そろそろ花火が見える位置まで移動した方がいいんじゃないかしら?戻ってきたばかりの私が言うのもあれだけど」
額や鼻筋にうっすらと汗をにじませた姉が盆踊りから戻ってきた。その表情は、とても満足しているように思えた。その後、私はカバンから携帯を取り出して現在の時刻を確認する。
「・・・もうそろそろ移動した方がいい時間帯だね」
私がそう言うと、
「じゃあ、行きましょ・・・楓に桃花ちゃん」
「そう、ですね。少しずつかもしれないけど、人の流れがあっちからそっちに増えてきてるし・・・」
姉と桃花ちゃんがそう言った。
――それから間もなくして、私達三人は河川敷から打ち上げられる花火がよく見えそうな位置を探しながら移動することにした。
ズドーン、ヒュールルル・・・パララッ。というように花火が次からつぎへと打ち上げられていく。
そして、花火の形や色は様々で、いくら炎色反応により何種類もの発色がみえていると判っていても、つい見入ってしまう。私は、花火がもたらす不思議な魔法のようなものにより一瞬たりとも目が離せない状況になっていた。
「かーぎやー・・・」
「たぁーまやー・・・」
そんな言葉を時折、叫んでいる人達もいるようだった。
「・・・見事なものね、楓」
そう言ったのは私の姉で、姉は少ししゃがみ込むような姿勢をとると私の顔を覗き込んできた。
「どうかしたの、お姉ちゃん・・・?」
そんな私の言葉は、ズドーン・・・と打ち上げられた花火の轟音によってかき消されてしまう。
「ん?今、何か言ったかしら・・・?」
「えー・・・っとね、お姉ちゃんが急に私の顔を覗き込んできたからどうしたのかなーって」
今度は、花火の音によって私の声がかき消されてしまうことはなかった。
「さっきは、花火の感想について言っただけよ、楓・・・」
「だったら、なんで私の名前なんか言ったりしたの?」
私は、つい聞いてみた。すると、
「特に意味はないのよ、楓・・・」
「うわっ!?お姉ちゃん・・・びっくりさせないでよ。これはもう、一歩間違えたら心肺停止だよ・・・」
姉は、私の耳元で確信犯のごとく囁いてきたのだ。これには、私も驚かずにはいられなかった。
「楓、可愛いわ・・・」
姉のそんな一言は花火の音でかき消され、私の耳に届くことはなかった。
「・・・とにかく、私は花火に集中するから静かにしててよね、お姉ちゃん」
「分かったわ・・・」
そうして、私は打ち上げられていく花火を網膜が焦げてしまうんじゃないかというくらいに凝視する。
――どんな理由で、私の耳元に吐息をあてるように姉が囁いてきたのかは判らないが、私は、なんだかんだ言っても嬉しいと感じてしまっている。それに、大好きな姉の横で花火が打ち上がる様子を観られていることが幸せで、胸の奥から熱い気持ちが込みあげてくるのだった。
・・・ヒュールルル、パァーン。最後の花火が打ちあがる。
この日、最後の花火はピンクっぽい色をしたハートの形だった。
(うわー・・・まるで、今の私の頭の中みたいね・・・)
私は、そんなどうでもいいようなことを思うと、いましばし花火の余韻に浸ることにした。
――花火が終わると、どこからともなく微かに鈴虫の羽をこすり合わせるリーン・・・という音が聞こえてきた。
それは、夏がもうじき終わるということを意味していた・・・。
最後までお読みいただき有り難うございました。また、久しぶりの投稿となってしまったことお詫び申しあげます。
さて、次回からは残すところ6話ほどとなりました。拙い文章表現ではありますが、ぜひ最後まで宜しくお願いできたらと思います。
・・・誰か、語彙力と作文能力を分けてくれ~~~。




