12.私と夏祭り(前編)
前、中、後編のうち前編です。
これは、夏休みがもうじき終わりそうなとある日のこと。私は寝ぼけ眼な目をこすりながらゆっくりと身体を起こす。そして、朝一番の日課ともいえる携帯の通知を確認する。
「んー・・・誰かからメッセージがきてる。なになに・・・」
私は携帯の画面をまだ重くのしかかっている瞼の隙間から覗く。メッセージの差出人は友人の桃花ちゃんだった。
桃花ちゃんとは、この夏休み期間に突入してから一度も会ったり話したりする機会がなかった。そんななか、桃花ちゃんからなんらかのメッセージが送られてきたのである。
――私は一度、部屋に満ちている空気を鼻から吸い込み口から徐々に吐き出し、桃花ちゃんからのメッセージに目を通すことにした。
『楓ちゃん、おはよ。昨日は熟睡できたかな?私は沢山寝たから朝から元気いっぱいだよ。とまぁ、書いといてなんだけど、なんか恥ずかしくなってきたから早速だけど本題に入るよ。今度って言っても明後日なんだけど、夕方から夏祭りがあるんだって。場所は楓ちゃんも知ってる所でね。でさ、もし、もしだよ、よかったら一緒に行かないかなって思って。嫌だったら断ってくれていいからさ、とりあえず暇なときにでも返事ください・・・』
桃花ちゃんからのメッセージには、そんな長文が書かれていた。
「夏祭り、か。昨年は受験のこともあったし行けてないもんな・・・」
私は、布団の上で天井に視線を向けてボソボソと呟いた。
・・・・・・私の気持ちとしては、友人である桃花ちゃんからのせっかくの誘いを断るようなことはしたくない。だからといって桃花ちゃんと二人きりで夏祭りに行くというのも少し気が引けてしまう。どうせ行くなら、私と姉の二人だけで・・・いや、そこに桃花ちゃんを加えた三人で行きたいな。
そんなことを考えていると、ガチャ・・・という音がして姉が私の部屋に入ってきた。
「お、お姉ちゃん・・・急に入ってこないでよ。心臓に毒だから」
「そんなこと言ってるけど楓、本当は嬉しいんじゃないの?頬が桃みたいにほんのりと色づいてるわよ」
「・・・そ、そう?とにかく、今度からは最低限ノックしてから入ってきてよね!」
「分かったわ、楓。で、なんだけど・・・さっき夏祭りがどうとか言ってたみたいだけど、行くの?」
「えっ?行こうか迷ってるとこだけど。それより、どうしてお姉ちゃんが夏祭りのこと知ってるの?もしかしなくても私の言ってたこと聞いてた?」
私の言葉に対して姉は、こくりと頷くと口を開けて・・・
「桃花ちゃんからメッセージがあったとかないとかってとこらへんから見てたわよ・・・」
姉はそう言うと、微笑んでみせた。
(・・・ということは、私が起床してすぐくらいから姉に見られていたということだろうか?)
普通の人からすれば、なんだかおぞましいことのように感じられるのかもしれないが私からしてみれば姉に興味を持ってもらえてるという事実だけで嬉しかった。
「・・・で、楓は桃花ちゃんって子と夏祭りに行くの?もし嫌なら私と行くからって言って断ってもいいのよ」
姉の言っていることを実行するのは簡単なことではない。桃花ちゃんは私にとって大切な友人であるのだから。ただ、今回は少し気がのらないだけで。
――私は、しばし考えたのち、桃花ちゃんに『朝食後に電話してもいい?』とだけ送ってみた。すると、ものの数分経たないうちに返信がきたのだ。そこには、『わかったよ。今日は特に予定もないからいつでもいいよ、電話待ってるね・・・』と書かれていた。
私は桃花ちゃんからの返信を確認した後、部屋のドア付近に立っている姉の方を見た。そして、
「お姉ちゃん・・・」
と、呟くと姉が・・・
「なに、楓・・・?」
と聞いてきてくれたため私は、
「あのさ、明後日の夏祭りのことなんだけど、やっぱりというかなんというか三人で行かない?」
そう提案した。
「いいけど、楓は桃花ちゃんと一緒に行くのが・・・いや、やっぱりなんでもないわ。夏祭り当日は私と楓と桃花ちゃんの三人ね。分かったわ・・・」
姉は、何かを途中まで言いかけるも、そのことについては触れず三人で行くことを了承してくれた。
私にとって、冷静に考えてみなくとも桃花ちゃんは大事な友人であり、姉とはまだ恋人未満の関係なのだろうが大好きな人であることは変わらない。桃花ちゃんと姉、どちらも私にとってかけがえのない人達であるため、私は夏祭りに三人で行くことにしたのである。後は桃花ちゃんの返事次第なのだが・・・。
「お姉ちゃん、有りがと。で、なんだけど、あれってどんな感じかな?」
「・・・ねぇ、楓?もし、あれっていうのが告白の返事なのだとしたらもう少し待ってちょうだい。もう少しだけ、気持ちの整理をさせてほしいのよ・・・」
私が思い出したかのように姉にいつぞやの告白の件について尋ねてみると、姉はまだ答えられないとのことであった。
「わかった、お姉ちゃん。私は、いつまでも待ってるから・・・」
私がそう伝えると、姉は、こくりと頷くと私の傍へと来て・・・
「じゃあ・・・」
そう言うと、姉は私の手首をやさしく掴んだ。
――その後は、祖母が起きてくるのを姉と二人、居間で待つことにするのだった・・・。
朝食後、私は姉と祖母に一言だけ残して自分の部屋へと消えていった。というのも、桃花ちゃんに夏祭りに関することで連絡するためだ。
――携帯のロック画面を解除し、ホーム画面の下の方にある『連絡先』と記載されたアイコンを右手の人差し指で押して桃花ちゃんに電話をかけた。
そして、携帯のマイクの穴みたいなところを左耳にあてて桃花ちゃんが電話に出てくれるのを待った。
・・・・・・
『もしもし・・・』
「桃花ちゃん、楓だけど・・・」
『楓ちゃんか~・・・よかった。てっきり借金とりか何かかと思ったよ・・・』
どこをどんなふうに捉えれば私のことを借金とりだと思うのか判らないが、きっと今のは桃花ちゃんなりの冗談なのだろうと受けとめておくことにした。
「そっか。あのさ、桃花ちゃん明後日のことなんだけど・・・」
『・・・あっ、そうだよね。何かしら予定とかあったよね。私は全然平気だからね。楓ちゃんは、お姉さんとでも楽しんでねってことでじゃーね・・・』
「そういうことじゃないから、桃花ちゃん。一方的に切ろうとしないでよ、焦ったんだから」
何を思ったのか一方的に電話を終わらせようとした桃花ちゃんに対して私がそう伝えると、
『ごめん・・・ってことは一緒に夏祭りに行ってくれるってこと?』
と聞いてきたので、私は――
「うん、そうだよ」
と、電話越しの桃花ちゃんに言うと続けて、
「ただね、桃花ちゃんに確認しておきたいことがあってさ・・・」
そう伝えると、桃花ちゃんが、
『確認しておきたいこと?一緒に行ってくれるのなら私は、どんな頼みでも受け入れるからね・・・』
そう言ってくれたので私は姉を含めた三人で夏祭りに行くことになってもいいか尋ねてみた。
『・・・うん、いいよ。私としては結果的に楓ちゃんと夏祭りに行けるんだから。だからさ、楓ちゃんのお姉さんにも当日は宜しくお願いします・・・って伝えといてね』
「わかったよ桃花ちゃん。それと有りがと・・・」
『じゃあ、そういうことでまた集合時間とかについてのことはメッセージで送っとくからね』
「・・・わかった。うん、バイバイ、また当日にね・・・」
そうして、私は桃花ちゃんとの数分程度の通話を終えた。
「・・・楓、桃花ちゃんとの電話は終わったかしら?」
「うん、終わったよ。で、桃花ちゃんが当日は『宜しくお願いします』ってお姉ちゃんに伝えといてだって・・・」
「そうなのね。桃花ちゃん、案外きっちりしてるじゃないの。まぁ、私からすればどんな子でもいいのだけれど」
「そっか・・・」
私は、部屋で桃花ちゃんとの通話を終えると大好きな姉と祖母のいる居間へと戻ってきていた。
(・・・私と桃花ちゃんの二人で夏祭りに行ったことはあっても、今回みたく三人で行くのは初めてのことかもしれない。いや、初めてのことか・・・)
そんなことを私は一人、考えていた。
――それにしても、今から明後日の夏祭りが楽しみで仕方ない。
リンゴ飴を片方から交互に姉と食べ合いっこするのも魅力的だし、姉と二人でお花を摘みに行くついでに熱い口づけを交わすのも最高でしかない・・・のだが、きっとそんなこと姉は許可してくれないだろう。だって、まだ告白の返事すらもらえてないのだから。
時間が経つのは、あっという間で時刻は夏祭り当日の午後四時を少し過ぎた頃。
私と姉の二人は祖母に着物の帯などに緩みがないか確認してもらったのち自宅を後にしていた。
(お姉ちゃんが身に纏っている紫陽花の模様がところどころにプリントされた浴衣が可愛い。いや、それを見事に着こなしている姉が可愛い・・・)
私は、そんなことばかり考えて玄関で下駄を履くときから外に出て現在になるまで姉のことばかり見つめてしまっていた。そのおかげで何度か平坦な障害物の存在しない道の途中でバランスを崩し転倒しそうになっていた。
そしてその度、姉は私のことをちらちらと見てきたが、私は姉の視線に決して目を合わせることはなかった。というのは、いつにも増して綺麗で可愛らしい姉と目と目を合わせただけで私が尊死してしまいそうになるということが容易に想像できてしまったからだ。
――自宅を後にしてから桃花ちゃんとの待ち合わせ場所に向かっている私と姉だったが、姉が・・・
「ねぇ、楓・・・どうして私と目を合わせようとしてくれないのか教えてちょうだい?」
いきなりそんなことを聞いてきたのだ。
「いや、そんなつもりは全然ないよ。お姉ちゃんの気のせいじゃない・・・?」
私は、姉に対してあからさまにうわずった声で返事していた。その後、姉はあることに気づくと、
「楓、もしかしなくても私と目を合わせてくれないのって、今日のこの私の格好に見とれてるからよね。それで、目を合わせるのは恥ずかしいのね。うふふ・・・全く、楓は分かりやすいんだから」
「んっ・・・」
私は姉に言われたことが図星だったため何も言い返すことができなかった。すると調子に乗った姉が、
「・・・ふふっ、楓ったらすぐに頬を赤く染めちゃって可愛い妹なんだから」
そんなことを言ってきたため私は、余計に姉のことを意識してしまっていた。
「お、お姉ちゃん、その、有りがと・・・」
そして、私は一言だけ姉に伝えた。
――それからしばらくして、私と姉は目線を合わせることのないまま桃花ちゃんとの待ち合わせ場所である寂びれた神社に隣接する小さな公園へと到着したのである。
私達よりも先に待ち合わせ場所に着いていた桃花ちゃんは、私と姉の姿に気がつくと目いっぱいに両手を振ってくれた。
それからほどなくして、私は桃花ちゃんに対して微笑みながら手を振り返す。
「あの子が楓の友人の桃花ちゃん?」
「うん、あそこで大きく手を広げて振ってる子が桃花ちゃんだよ、お姉ちゃん。たぶん何度か会ったことあると思うけど・・・」
「確かにそう言われてみると、何回か会ったことがあるような気もするけど・・・楓はいつになったら私と目を合わせてくれるのかしら?」
「いや、それだけは無理だと思う。ごめん・・・」
「どうして、楓?」
「・・・だって、お姉ちゃんと目を合わせたら私、死んじゃうかもしれないんだよ!?」
「そんなことあり得ないから。だから、ほら・・・」
姉は私の言うことを聞いていないようで、姉は私の顎に左手を添えてクイ・・・っと『アゴクイ』なるものをしてきた。そのため、なかば無理やり私は姉と目を合わせることになったのである。
・・・・・・
「お、お姉ちゃん・・・もうそろそろ手をはなしてくれない?桃花ちゃんにも見られてるから」
私は自分の理性がどうにかなってしまいそうで、姉にそう伝えた。
「そうね。私もついやってしまったことなの、ごめんね・・・」
「全然怒ってないからいいんだけど、せめて今みたいのは二人だけのときにしてよね・・・」
「分かった。以後気をつけるわ・・・」
その後、私は姉から自由になったのだが、先ほどの姉と目を合わせる時間がもう少し長かったら私はどうなっていたのだろうか。
(きっと、後もう少し長かったら赤い雫が湧き水のように溢れていたかもしれない・・・)
私は、熱々の湯船から出たばかりのようなのぼせたような気分になっていた。
――そして、私が姉と顔を見つめ合っていた様子を少し先の所で待ってくれている桃花ちゃんが自分の顔を赤らめて見つめていたのを私は知らないでいた・・・。




