10.楓ちゃんと私
楓ちゃんに対する桃花ちゃんのお話しです。
私の名前は、草仁桃花。今年から『弥生大学』に通っている大学一年生。
高校では三年間、コンピュータ部に所属していた。
そして、高校二年の後期からは全二〇名ほどの部員がいるコンピュータ部の部長になることができた。
また、私の祖父は『そうじん屋』という時折メディアにもとりあげられる飴の専門店を営んでいる。
――私は、祖父のことが大好きだ。自宅から祖父の家までの距離が遠くなければ毎日でも会いに行きたいくらいに。
それくらい祖父のことが大好きな私ではあるが、私には、もっと好きな人がいる。その好きな人は私と同じ高校に通っていた女の子で、同級生。絶賛片想い中である。
私は、彼女のことを『楓ちゃん』と呼んでいて、彼女には私の気持ちを伝えていない。きっと、これから先も彼女には『好き』という気持ちを伝えることはないのだろう。
だって、私は彼女の恋を応援すると決めたのだから・・・。
これは、私が高校に入学してから間もない頃の話し。
私のクラスはD組で、席は廊下側の最後列。そのときにはまだ私は眼鏡をかけていて、黒板の文字は、かろうじて読める位置に私はいた。
そして、私の隣には彼女がいた。入学早々につくった二、三人の友達と私の席の周りで会話をする楓ちゃんが。私は、まだ彼女の名前が楓であるということを知らなくて声すらかけたことがなかった。休み時間になると、私は机に向かって一人で約三〇〇頁ほどある小説ばかり読んでいたためである。
――ある日のこと。私は教科書を何冊か忘れていることに気づかないまま登校してしまった。
私は、必死に通学カバンの中から次の時間の教科書を探すも見つかるわけもなくどうしたものかとあたふたしていた。
そんなときだった。私の隣の女の子が、じ・・・っと私の方に視線を向けてきていることに気づいたのは。
「どうしたの?何か忘れものでもした・・・?」
私は、隣の席の女の子に初めて声をかけてもらったのだ。記念すべき瞬間だった。
「え・・・っと、授業で使う教科書をいくつか忘れたみたいでね・・・」
そう伝えると、隣の席の女の子が――
「じゃあ、私の見せてあげるから・・・一緒に使お。桃花ちゃんでいいのかな?」
私は、隣の席の女の子に名前を読んでもらえたのがとても嬉しかった。
机の上に出しっぱなしにしていた前の授業のノートに書かれている名前を見たのか、それとも入学式の点呼のときから私の名前を憶えてくれていたのか不明だったが。
「えぇ、私は桃花よ。宜しくね・・・えー・・・っと」
「私は楓、本葉楓。こちらこそ宜しく・・・」
最悪である、私は隣の席の女の子の名前を知らなかったのだ。そもそも知ろうとしていなかった。
と、まぁ・・・それはさておき、その日以降、休み時間になると私は楓ちゃんとの会話にまぜてもらうようになった。きっと、『誰なの、この子?』なんてことを楓ちゃんが最初から接していた女の子から思われていたのだろう。
仮にそうであったとしても、私は嬉しかった。高校に入ってから初めての友達というものできたためである。
――中学生の頃なんか、私はもっと暗くて影よりも存在が薄い生徒だったように思える。そのため、中学ではたとえ私が何かを忘れたとしても誰一人声をかけてくれる子なんかいなかったのだ。
きっと、私がみんなからすればなんの面白みもないつまらない子に感じられていたからなのだろう。
しかし、高校に入ってからは楓ちゃんという一人の女の子が声をかけてくれたのだ。
次第に、私にとって楓ちゃんの存在は少しずつ大きくなっていくことになる・・・。
高校に入学したから数カ月が経過していた。私は、どこに行くにしても楓ちゃんにべったりくっついていて周囲からは楓ちゃんにまとわりつく『金魚の糞』のように思われていたのかもしれない。
そしてこの頃、楓ちゃんは私よりも前から仲のよかったと思われる友達に誘われて軟式テニス部に所属することになった。私も楓ちゃんに誘われたのだが断ってしまった。
現在となっては、あの頃のことを後悔しているが当時の私は全くと言っていいほど『スポーツ』と呼ばれる類全般が苦手だったのだ。まぁ、大学生になってからもそんなに運動ができるわけではないのだが・・・。
ともかく、そんな私の運動音痴の話しはさておき、楓ちゃんは軟式テニス部に所属したものの私は、どの部活にも所属していなかった。
そんな私に対し楓ちゃんからは、『桃花ちゃんも何かの部活に入ったら?絶対かは、わかんないけど、きっと楽しいから・・・』と言われ、意を決して運動部以外の部活を検討してみることにしたのだ。
それから私は、いくつかの文化部を見学させてもらったのち、趣味でたまに嗜んでいたコンピュータゲームを主に行う部活『コンピュータ部』に所属することに決めた。
入部当時、『コンピュータ部』にいた女子は私を含めて三人しかいなかった。そのため、ほとんどの部員が男子でやりづらいように感じるも、私はすぐに部活の雰囲気になじむことができたのだ。
そして、私が文化部に所属したことを楓ちゃんに伝えると、彼女は自分のことのように喜んでくれて、
「よかったじゃん、桃花ちゃん。で、なんの部活に入ったの?」
「えー・・・っと、地味で根暗だって思われるかもしれないけど、コンピュータ部だよ・・・」
「ふーん・・・コンピュータ部は、どんな活動をするとこなの?」
「みんなでゲームしたり、オンラインの大会に申し込んでみたり・・・とかだよ」
「へー・・・私にはよくわかんないけど桃花ちゃんが楽しめる部活なら、それが一番だと思うな」
「そういうものでいいのかな、楓ちゃん?」
「部活なんて深く考えてもよくわかんなかったりするじゃん。だから、自分が楽しめるところならそれでいいんだよ・・・」
そんな楓ちゃんの言葉は私の心の奥深くの乾いた層まで浸透していった。
「ありがと、楓ちゃん・・・」
「どういたしましてでいいのかな、桃花ちゃん・・・」
高校二年生になると、私と楓ちゃんは別々のクラスになった。
新学期になってからの数日間は、楓ちゃんと話すことも会いに行くこともなかった。
私は、待ち続けてしまったのだ。
(楓ちゃんなら、きっと私に会いに来てくれる。私から教室に行くまでもない・・・)
と、そんなことを思いながら。
しかし、楓ちゃんは私のいる教室に会いに来てくれなかった。新学期が始まってからバタバタしているのかもしれない、とは思いつつも、一年生のときはあんなに話したのに・・・会っていたのに・・・と思うと無性に楓ちゃんのいない新学期が辛くなってきたのだ。
――その後、私は、昼休みになると毎日のように楓ちゃんの教室に足を運び一緒に弁当を食べてもらったのだ。
そのくらいの頃からだった。次第に楓ちゃんの周りにいた友達が距離をとるようになっていったのは。
きっと、私のせいである。粘着するように私が楓ちゃんにまとわりついていたから、そんな私のことを気持ち悪がって楓ちゃんの友人までいなくならせてしまったのだろう。
それでも、私のことを楓ちゃんは嫌な顔一つせず笑顔で受け入れてくれた。そこからだった・・・私が楓ちゃんに恋をしたのは。
・・・・・・あるときから、楓ちゃんは私とあまり会話をしなくなっていた。そんな楓ちゃんのことを私は可愛らしいと感じてしまった。
普通だったら、私のことを嫌いになってしまったのではないだろうか、避けられているのでは、といったようなことを考えるのだろうが。
――そんなこんなで約二週間が経過していた。そして、そのときになって私は楓ちゃんの口数が少なくなっていた理由がわかったのだ。
二年生になってから第一回目の定期試験の順位表の上位一〇位以内に入っていたのだ、楓ちゃんが。
それを見た私は、すぐに楓ちゃんの教室へと向かい・・・
「凄いじゃん、楓ちゃん。学年で七位なんて。私、びっくりしたよ・・・」
そう伝えたのだ。そんな私に対して楓ちゃんはというと、
「うん、私・・・勉強頑張ったもの。負けたくないなっ・・・て思う人がいるから」
そんなことを私に向かって言ってきたのだ。少なくとも負けたくないと思う人が私ではないことは確かで、じゃあ誰なのだろう・・・とは考えてしまったものの、満面の笑みを浮かべて私に言ってくる楓ちゃんがとにかく愛らしく思えた。
高校三年生になると、私は楓ちゃんと同じクラスになることができた。
高校生活最後の学年で、楓ちゃんと一緒のクラスになり共に卒業できるというのは嬉しい以外のなにものでもなかった。
これは、とある日のこと。
「・・・楓ちゃん、私達、同じクラスだね。宜しくね・・・」
「うん、私の方こそ宜しく。なんか、あらたまって宜しくって伝えるの恥ずかしい・・・な、桃花ちゃん」
そんなふうに照れた表情で言う桃花ちゃんが可愛すぎて私は、どうにかなってしまいになっていた。
「どうかした、桃花ちゃん?口元を両手で覆って・・・」
「いや、全然大丈夫だよ。ちょっと、お花を摘みに行ってくるから楓ちゃんは先に教室移動してて」
「・・・わかったよ。もしかしたら桃花ちゃんが遅れるかも、とだけ伝えとくよ・・・」
私は、楓ちゃんにそんなことを言われ、頷くこともなく急いで向かった――
「あー・・・危なかったー。楓ちゃんが、あんなに私の理性を破壊させそうになる表情できるなんて・・・」
私は、そんなことをお手洗いに設置された鏡に映るもう一人の非対称な自分に向かって呟いていた。
それに、私の理性が勝手に崩壊しそうになっただけであって楓ちゃんは全くもって悪くない。そんな当たり前のことは私だって知っている・・・。
高校最後の文化祭も終わり、この日は卒業式当日。
私がまだ中学生だった頃は、卒業式と言えばクラスの一人か二人以上が涙を流している印象だったが、高校の卒業式では涙する生徒は少なくとも私と楓ちゃんのいるクラスでは、いなかった。
私からしてみれば、卒業式が云々というよりも大学に行ってからも楓ちゃんが友達として接してくれるかの方がよっぽど心配であった。
――クラスで高校生活最後の帰りのホームルームを終えると、私は楓ちゃんの方に視線を送った。それに対し楓ちゃんは、僅かに口元の筋肉を動かして反応してくれた。そして、
「すぐに行くから先に下駄箱で待ってて・・・」
とでも言ったように声は出さずに唇の動きだけで伝えてきたのだ。
――私が下駄箱に着いてから少しして楓ちゃんが姿を現した。
「・・・楓ちゃん、私も楓ちゃんと同じ大学に通うことになるってのは、前にも言ったよね?」
「うん、桃花ちゃん本人から聞いてるよ・・・」
「じゃあさ、私と楓ちゃんは大学に行くようになっても友人でいてくれるよね?」
「少なくとも私は、そうだと思ってるよ・・・桃花ちゃん」
「よかったよー・・・」
「んなっ・・・桃花ちゃん、急にどうしたの?みんな、こっち見てるから・・・」
私は、楓ちゃんに言われてホッとしたのだ。それで、つい、感情に流されるままに私は楓ちゃんに抱きついてしまったのだ。
「ご、ごめん・・・。嫌だったよね?」
「私は、桃花ちゃんとなら今みたいなことしても平気だと思うから」
「つまり・・・?」
「嫌じゃなかったってことだよ・・・」
そのとき、楓ちゃんがどういうつもりでそんなことを言ってくれたのかは、わからなかった。そして、私は楓ちゃんとならそんな関係になれるのではないか、と心のどこかで期待してしまっていた。
・・・その後、大学に入学してからタイミングを見計らって楓ちゃんにダメもとで告白してみようとしていた矢先、楓ちゃんの口から姉の話しを聞かされることになるのだった。
大学から帰る頃。
「桃花ちゃん、お待たせー・・・」
「そういえばさ、もう足とか治ったんだね。よかったじゃん・・・」
「そうなんだよー・・・。あのときは歩くだけでもやっとだったからね」
「見てる私にだって、楓ちゃんが頑張って歩いてる感が伝わってきたんだから。もう、あんなことにはならないように気をつけてよ・・・」
「えへへ・・・これからは気をつけるし、桃花ちゃんに心配とか迷惑かけたりしないようにするね」
「本当によ、今度からは何かあったら私に電話して頼ってきなよ・・・楓ちゃん」
「はーい・・・。桃花ちゃん、なんだか私のお母さんみたいだね。なーんて・・・」
「んなっ・・・なにをいきなり。急に変なこと言わないで、心臓に悪いから・・・」
「ごめんって、桃花ちゃん。だからさ、コンビニでアイスだけ買ってこ?」
「いいわ。私は、ユーゲンダッツの新作にするわよ・・・」
「じゃあ、私も桃花ちゃんと同じので・・・」
――私は、こうやって楓ちゃんと一緒にいられるだけで幸せである、と自分自身の脳内へと言い聞かせるようにしている。いつか、楓ちゃんの恋が成就する日がくるこ、とを願って・・・。
最後までお読みいただき有り難うございました。次回から3話は夏休み関係の話しです。ぜひ、宜しくお願いしたいです・・・




