完成と提案
あとは実務的な話をしただけで終わった。
その中でも特筆すべきは、鍛冶師のヒンドレー親方が帝都での役割を終え、ジュシュリに戻ってくるという件だ。ヒンドレー親方はすごい鍛冶技術を持っているのに指導力も高いという、非常にありがたいお爺さんである。親方は今日夜の緊急特別転移で皇帝陛下が戻るのに便乗して、すれ違いで戻ってくるとのこと。きっとギグもゼルンも喜ぶはず。……ゼルンは私のせいで寝込んでしまったとのことだったから、あとでお見舞いに行かなくちゃ。
常に陛下と共にあらねばならない聖女のテオン様とはろくに話ができるタイミングもなかったけど、テオン様も陛下とともに帰る。ので、少しだけ陛下の前でだけど会話をすることが許されたのはありがたかった。そこで謝罪と感謝を伝えておいた。
陛下はこのあと私のプランに合わせるため、ケイン砦長と会って話をするらしい。ケインさんには心労をおかけして申し訳ない。いつも助けてもらってるからね。
私はといえば、精神は張り詰めていて緊張しているけど、体がもう持たないようだ。八才がこなすような事柄じゃないし。五神官と朝とお昼もできなかったので夜に一緒に話しながら食事したんだけど、食事中にうとうとしてしまったからね。いろいろと今日中にやっておきたいことが山積みだったけど、食べてすぐに寝ることになった。デゥズがもう休むよう強硬に主張したし、今の私はデゥズたち側仕えに頭が上がらないし、実際体力の限界は来ていたから。
帰還した次の日。朝から五神官と話し合い、午前中から様々な人と面会して話や謝罪、不在時のことや予定の進行具合など、様々な話をした。
まとめると私の不在によって出た影響は、大きくはゼルンが倒れたことと、陛下が心配して何度か来ていたこと、それにより国政が少しおろそかになってしまっていること、ぐらいだった。……ゼルンはともかく大影響じゃん! ハームルやラキウスによると、逆に隙が出来て、帝国内の反皇帝派のあぶり出しが進んだとのことだったけど、いいのかそれで。まあ帝国内のことはよく分からないので彼らに任せるとして。
ジュシュリに多少でも影響がなかったのは、実務は五神官が取り仕切っており、グゲ、ゲゴがいない穴はガギたち残りの神官が穴埋めしてくれたからだろう。
ゼルンは一番最初に見舞いに行ったけど、すでに元気だった。顔を合わせた瞬間、お互いに謝りまくるという事態になってしまったので、ゼルンにお互い様、ということでまとめられた。
ラキウスがそのあと、いったん足を休めるための休憩中に訪ねてきた。足を乾燥させるための時間が必要だったので面会した。
「リン様の身命の指輪をお持ちしましたので、私のそれをお返しいただきたく」
あー、そういえば今首にかけてるやつ、ラキウスのだった。すっかりファッションみたいになっていたので忘れていたよ。
「ラキウスの並に大きくないですか、これ。また首からぶら下げないと」
「いえ、これは自動でサイズがあう魔法がかかっておりますので大丈夫ですよ。私のにもかかっていたらよかったんですが」
おーいつぞやの血族証明の指輪と同じような感じのものか。……左手にはすでにパサヒアスの指輪をつけているので万一魔力干渉が起こったら嫌だから右手の中指にでもつけておこう。首にかけていた切れやすい紐はディズに保管してもらうことにした。
「あと親衛としてリン様の側に常にありたいのですが、ご許可願えますか?」
真剣な顔つきで、片膝を付いて、そんな事を言ってきた。
「え? 多分ダメだと思うよ。すでに私の周りにはたくさんいるし、人族がいたら困るところもあるしね。朝の食事会議とか。一応ガギがいいって言ったら許可できるけど」
「そんな……。そういうのは仕方ありませんが出かけられる時ぐらい、ぜひお許しを」
「いや私の一存だけじゃ無理だって。私の周りに常にいるなら影響大きいもの。とりあえずガギに許してもらってからじゃないと、私は許可できないかなぁ」
「そ、そうですか。分かりました。頑張ります!」
「どうせしばらくしたらミリシディアへ遠征だから、その間にレニウムには何人かゴブリン語が話せる人もいるから、その人たちからゴブリン語の練習をさせてもらっておいて。どっちにしろその遠征には人族であるラキウスは連れていけないから」
たぶん皇帝陛下である叔父に何か言い含められているんだろうけど、皆の邪魔になってしまいかねない今のラキウスを連れて回るわけにはいかない。少しかわいそうだけど、是非とも頑張ってガギを説得してほしい。そのためには皆と打ち解けないとね、ゲゴとはもう大丈夫だろうけど、他の神官とはあまり絡んでないしね。
工房に行って、現状を視察した。最近の工房はもう工房街みたいになってて、すごいことになっている。オートメーション化は出来ないので雑然としていて、いろんなところに組み立て中のゴーレムとかが見える。最近では牛型ゴーレム及び馬型ゴーレムはほとんど帝国産になっていて、こちらではもうあまり作っておらず、レニウム工房街では大型ゴーレムおよびさそり型ゴーレムが主体になっている。
最近では開発研究が主体になっているギグの工房を訪ねた。
さっそくギグが出迎えてくれた。
「私がいなかったときの進捗状況とそのときに計画されたものがあったら教えて」
「はい、まず魔法投射型の二号機の後継、十号機がようやく満足の行く形で完成しました」
おー、十号機、遅れてたけど完成してたかー。良かった。
「次にサキラパ殿の提案でリン姫様がおっしゃっていた改良点を含む改修をさそり型に施しました。さそり型改と言えるものですが、すでにレニウムにあるさそり型は全て改修予定ですので、改と区別はつけておりません」
もう元になった普通のさそり型はなくすから、さそり型はイコールさそり型改ってことね、了解。
「どんな改修を行うの?」
「はい、まずは姫が提案された小型の四対目としてバッタのような足をつけます。また主足関節の全てに関節を守る機構を取り付け、さらに足全体を覆う装甲としてのカバーをつける予定です。ですがこれは重いので取り外しも可能にするつもりです。またハサミ部分にスパイクやカッターを取り付けました。一番の改修点はさそり型の背中に術者がさそり型に乗り込む形としました」
「他は分かったけど、最後の乗り込むとは?」
「はい、さそり型にとって術者が比較的安全な場所はさそり型の背の上、尻尾のあたりだと思われたのと、魔導線の絡みが大型ゴーレムや牛型などと比べても大きく問題となりましたので、操り人形みたいにしようかと。背に乗り込みますが、今まで通り制御棒と魔導線を使っての操縦となります。また背に乗ることで従来のものより若干遠距離攻撃に弱くなりますので、仮面用魔術を応用した盾を左右正面上につけようと思っています」
「なぜまだその盾をつけていないの?」
「はい、仮面ではないので新規に魔法を構築せなばならないので、ゲゴの帰還を待っておりました」
こっちのせいだった。ごめんよー。ゲゴしか出来ないってわけじゃないだろうけど、ゲゴが一番ってのは確かだろうし。
「さらにまだモックアップですが、ゴブリンのための射撃用小型ゴーレムの開発を行いたく」
なんか凄いことを言い出した。
「なんですか、それは? 実現できたらすごいことになりそうですが」
「はい、戦闘用牛型ゴーレムに変わるものがいけそうだと思われましたので。今までの魔力節約術やクロスボウの発射機構などの新規技術も獲得しておりますから」
ゴブリンが直接使える弓は、狩猟用の小さなものしか無理なので、九号ゴーレムが持つクロスボウと同等レベル、いやそれ以下のものでも、飛躍的に攻撃力が上がると思うし、牛型とは曲射か直射かで棲み分けもできそうだし、なによりゴブリンの生存確率があがりそうだ。
「工業力は足りるの?」
「牛型、および馬型や、金属部品の多くは帝国で生産されているのが大きいです。むしろ木工部門が暇になりつつあるので、多くが木工で作られる予定のこのゴーレムはちょうどよいと思われます。またあればよい、程度の優先度ですので、途中で中断、もしくは生産休止してもあまり痛くありません。いかがでしょう?」
『面白いわ! 他に影響がそれほどないのなら進めて頂戴」
そうか、帝国が金属部品を作ってくれるようになったし、金属部品が多くなってきてるから木工部門に余裕ができてるのね。これはいいことを聞いた。
「あと、そうね。木工部門には義手、義足を作れる職人を増やしてほしいわ。もう一つ、これは後々でいいんだけど、空を飛ぶ専門のゴーレムを作りたいと思っているの。もちろん魔法なしに飛ばせとは言わないけど、なるべく飛びやすい形状にしたいと思っています。作り出すのはまだ先になると思うけど、そのつもりでいて」
「承りました、ゴブリンは我らハイゴブリンより器用な面がありますので、適正にもあってると思いますので、義手、義足の生産を安定させられるようにします。それが実現すれば魔法投射型の量産も可能かもしれません。あと空を飛ぶゴーレムですか。確かに魔法で二号機を飛ばしていましたが、例えば形状が鳥のようでしたら、より効率的に空を飛ぶ魔法が使えるのですか?」
「そこはまだこれからですね。でもたぶん理屈にあった羽の形状があればより良く、安定して、もしかすると魔力を抑えて飛べるかもしれません。でもまだわからないことだらけですので基礎研究からになると思います。羽の形についてはアイディアがありますが、大きさや重さなどはさっぱりわかりませんし」
「なるほど、それは面白そうですね。サキラパ師やヒンドレー親方と相談してよろしいですか?」
「ええ、サキラパ師は問題ないわ。むしろ面白がってくれると思いますし。ヒンドレー親方はゴブリン用ゴーレムはいいけど飛行用ゴーレムは待って。まだ基礎研究の段階で親方を悩ませるわけにはいかないから。では私も首を突っ込みますが、よろしくお願いします」
「了解しました、いやぁ楽しくなってきましたぞ。さすがリン姫様だ」
何がさすがなのか分からないけど、ギグの士気があがったようでなにより。




