祟り神
「そういえばアルゴス、体に多くの目を持つ巨人ですが、あれが元王族だったというのは本当なのですか?」
『ん? ああ、そうだな。たぶん王族だな。勝手にそうなったものだから私に意図はなかったが、巨人化には、元々持っていた悪徳や要素が全面に出てくるようでな。私には他者の悪徳や構成要素を見ることが出来る力がある。やつらには他者を監視したい、というどす黒いものを見ることができたからな』
「なるほど、巨人の種類にそんな理由があったのですね」
『そうなるな。一つ目の巨人は視野が狭い者、心の小さき者が変異したもの。双頭の巨人はお互いしか見えていないつがいが融合変異したもの。醜く特に筋肉質な巨人は、暴力に頼っていた者が変異したものだ』
一つ目はサイクロプス、二つ目はイオデンだろうけど、三つ目はまだ見たことない。最果て、ミリシディアにはまだ隠された戦力があるようだ。
『悪徳を持たぬ、もしくは小さいものは石灰と化すようにした』
「そういえば、私のこの体の両親も石灰化で亡くなり、私のこの足も石灰化して失ったようなのですが……。それに私達が住んでいた村もありに滅ぼされたのですが……」
パサヒアス様は仇かもしれない。けど、ぶっちゃけ記憶に一切ないこの体の両親の仇としても、足が失われてしまったのだとしても復讐したいとは思えない。正直敵には回したくないので確認のために言っただけなのだけど思った以上にパサヒアス様は狼狽えた。
『そ、そうだったのか……、大変申し訳無いことをしてしまったようだ。しかし言い訳ではなく、私は断罪の霧をこの地以外には広げておらぬし、ありに関してもこの地のもの以外のことはまったく知らぬのだ。しかし原因を作ったのは私であるのは確かだ、それは認めよう。さすがの私も死者の復活はできないが、その村を取り戻す手伝いなら出来るだろう』
おお、今は戻る気ないけど、戻りたいというゴブリンはいるかも知れないし、本拠地はあったほうがいいよね。レニウムの食糧事情がいいので人口は増えそうだし、先の展開として確保しておくのはありかもしれない。
「分かりました。それで手を打ちましょう。あと最初から気になっていたのですが、パサヒアス様の魔力、たいへん大きいのは分かるのですが、ところどころで途切れてしまっているように思えるのですが、いかがしたのですか?」
『ほう? 私の魔力が解るばかりか見えるのか』
「はい、いろいろやってますから。特にパサヒアス様の魔力は大きいですので、より際立っております」
『そうか。自覚はなかったのだが、おそらくそれが弱体化の原因だな。うまく大きな魔力を使えないのだ』
「もしかすると、病的な異常とかなら私が癒せるかもしれません」
『本当か! 眷属にしたいぐらいだが、友を眷属には出来ん。上下関係が出来てしまうからな。ふむ、今複製した私の核をリンに授けよう。これを受け取ればリンは私のことを多く知ることができるし、魔力供給装置にもなるだろう。それにそれを身に着けてくれれば私はリンのすぐ近くにいつでも転移できるようになる。もちろんリンの許可が必要になるので、遠隔で会話が出来るようにもなる』
そう言ってパサヒアス様の熊の手から指輪が渡された。皇族であることを証明する、あの自動でサイズが変わる指輪に似ているようだ。
ついている装飾は宝石ではなく何らかの石で出来ているデザインされたうさぎだった。子供向けのファンシーグッズだといっても大差ないものかもしれない。けどこんなのこの世界ではとても貴重だと思う。素材も、見た目も、独自過ぎる。
『これでリンが望み、私が拒否しなければ、リンは私の多くの情報を得ることができるようになった』
とりあえず左手の中指に付けておこう。
『パサヒアスの指輪、とでも名付けておくか。この指輪に私を知りたいと願えば客観的データがいろいろと出てくるはずだ』
「もう探らさせてもらっています。過去の、全盛期のパサヒアス様の魔力の流れ、そして今の魔力の流れ。あきらかに違っていますね。癒せるかどうか分かりませんが、触れて私の魔力を流して良いでしょうか?」
『ああ、もちろんだとも』
パサヒアス様はこちらに来て、ひさまずいてくれた。身長の差が二倍以上あるから仕方ないね。そして熊の右手を差し出してくれた。姿勢的にライオンの顔と向き合う形になる。そっと熊の手に触れるとライオンが牙を向いた。
内心、ひっ、となったが、たぶん微笑んでくれただけだろう。肉食獣が笑うと牙を向いたようになるだけなのだろう。それ以外に反応はなかったので、魔力の流れが悪くなっている場所に向けて、私の魔力を流し込むイメージで、全盛期の流れに戻すよう、働きかける。
最初は私の魔力ですらその流れが悪くなっている部分でせき止められている感じだったけど、徐々に浸透していって、パサヒアス様の全身に私の魔力が行き渡ると、パサヒアス様の魔力がせき止められてた場所を突破して流れがよくなっていく。
しかし相手が強大だからか魔力消費が半端なく、中途半端にしか回復していなかったので魔力がつきてしまい、そこで中断してしまった。
「申し訳、ありません……魔力、切れ、です……」
パサヒアス様はそのまま動かない。どうしたんだろう? まさか何か不具合が? なんだか体が震えているし……。
『……素晴らしい……』
パサヒサス様の魔力の様子を見てみる。完全ではないものの魔力の流れはだいぶ良くなっているように見える。痛みなどもないはずだ。あ、指輪の力を使っても精神状態はブロックされていて見れなかった。私には参照できない様子。まあ確かに精神状態まで分かってしまうといろいろと不都合ではあるとは思う。
熊の手に置いていた私の手が逆に取られた。
『素晴らしいぞ、今までの弱々しさが嘘のようだ!』
まるで手を取って踊りだしそうな感じだけど、今の私は義足を外しているので片足だ。立つこともままならない。
思わず踊りだしそうになったパサヒアス様はすんでのところでそれに気づいてくれて、私の手を持つ力を緩め、再び椅子に座らせてくれた。
『すまない、つい浮かれてしまった。素晴らしい効果だよリン。魔属に癒やしの使い手はいないから初めての体験だったが素晴らしいものだった。リンには恩や借りをいくつも重ねてしまったな、必ず報いよう』
ははっ、それは良かった。とりあえず敵どころか大きな味方になってくれそうだ。気絶してないから完全に使い切ってはいないのだろうけど、魔力枯渇がつらい。目の焦点が合わなくなってきたし、パサヒアス様に返答も出来ない。
しばらくぼうっとしてしまったけど、すぐに回復してきた。あれ、なんでだ? と思うとパサヒサス様が私の左手もとって、右手に付けたパサヒアスの指輪をさすらせていた。……そういえば魔力供給装置でもある、とか言ってたっけ……。
『早速役に立ってくれたようだな。この指輪には若干の魔力が蓄えられており、供給者がいれば供給者から、いなくても周囲の空間から魔力を吸い上げて装着者の魔力に変換してくれるものだ。変換効率は悪いが、こういう時特に役に立つな。今は私が供給者だから遠慮はいらん、ガンガン吸い上げるといい。リンのおかげで調子がいいのでな』
本当に遠慮なく吸い上げてしまったらしく、すぐに魔力枯渇の症状は消えて、パサヒアス様を癒やす前まで程度には回復してきた。けどまだパサヒアス様の魔力は溢れていた。この世界で有数と思われる私の魔力量の何倍の魔力量があるのだろうか。やっぱり敵に回さないように全力で対応して正解だった。それにパサヒアス様自身、ちょっと抜けてるところがあるし、邪悪な魔族とは思えなかった。これなら嘘偽りのない友人関係が築けるかもしれない。
『さて、長らく時間を取らせてしまったな。一緒にいた緑が心配しているだろう。私とはもはやいつでも会おうと思えば会えるようになったのだし、帰るか?』
「そうですね、そうさせてください。魔力自体は回復はしましたが魔力枯渇で体力を消耗してしまったようです」
わたしはグゲほど丈夫でもなんでもないしね。
扉から再び、あの何とも言えない外見の召使いが出てきたけど、私は彼?が手伝う前に義足をつけるのを完了した。外すよりつけるほうが難しいから自分でやったほうが確実だしね。
ああ、そうだ。思い出した。うさ耳村長から頼まれたことがあったんだった。
「いつでも戻れます。が白いうさ耳からの伝言がありました」
『なんだ? 言ってみるがいい』
「はい、村で作っている衣服の素材が一部なくなりかけているので補充してほしいとのこと。あと、村を代表してパサヒアス様には常に感謝している、とのことです」
『ほう、素材の件は分かった。帰ったらなんとかすると伝えてくれ。そして態度で分かってはいたが、言葉で感謝されるのは、その……、なんだ、……いいものだな』
「動機や扱いがどうであれ、パサヒアス様の人徳の結果だと思います」
そうだ、彼はおそらく祟り神に近い存在なのだろうと思う。扱いが悪ければ祟り、災厄をもたらすけど、扱いよく奉ればその分恩恵を返してくれる律儀な方なのだろう。魔族ということだから祟るのは仕方ないと思うし、むしろ奉れば恩恵で返してくれるのは珍しいと思う。
『ありがとう、リン。君のおかげで白いうさ耳の本心も知ることが出来た。私は心が読めぬので、態度や行動で見るしかなかったが、わざわざ君にうそ、おべっかを伝えるような個体ではないはずだ。彼らを世話してきて本当に良かったと思う』
ガギの顔が感極まった感じになっている。ただの邪悪な存在がこんな表情は出来ないだろう。パサヒアス様は苛烈ではあるけど、同時に慈愛も持っているのだと思う。
『ああ、すまない。嬉しすぎて少し固まってしまった。では戻ろうか。少しの間目をつぶってくれ。君が場所を認識していると転移しにくいのだ』
そういう理屈なのね。言われたとおりに目をつぶって、できるだけ何も考えないようにした。




