秘密
ガギが帰ってきたけど、なんかガギの様子がおかしい気がする。なにがどうおかしいのかは具体的には言えないんだけど、なんとなく。
「リン姫様には隠し事は出来ないようですね。明日の朝、説明させていただきます。その際は人払いさせていただきます」
世間話みたいなものだったのでたまたま近くにいたゲゴが異を唱えた。
「なりません。リン姫様とガギと二人きりで、などと。わたくしも聞きますわ」
「よいのかゲゴよ。ことは重大であると先に言っておく。お前が知るのは構わんが、このことがいろいろとついてまわるかもしれんぞ」
な、なんのことなんだろう? ゲゴが知ってもいいけどやばいことで、私がメインの話? もしかして私が人間であるということに関係があるのかも?
とりあえず仮面の文化のおかげで私の顔色が悪いことはばれないので、そのへんは良かったけど、他人の顔色も見えないのよねぇ。
ともかく明日だ。正直今日は私もいろいろとあったから疲れている。かなりおネムなのだ。以前の私なら多少の眠気などものともせず動き回っていたはずなんだけど、あの事故のせいか、子供の体だからか、眠気に抵抗できないのよね。まあここでは夜ふかししたって、何も調べられないし、何も出来ないんだけどね。ということで、とっとと寝た。ぐっすりだ。
次の日の朝。朝ごはんを五神官とともにいただく。食事をしながら五神官同士で互いの行動のすり合わせをしていた。今まではそれに私がまじることはなかったけど今日は違った。ギグからの報告があったから。
「リン姫様、先日頼まれましたものですが、本日の昼には出来ると思いますので、調整のためお時間いただけるでしょうか?」
義足のことだ。私の足に合わせないといけないのだから調整は必須だろう。もちろん了解した。
「ギグ、貴方自らが調整をするのではないでしょうね? 娘に任せなさいよ。彼女は次期ギグでもあるのでしょう?」
ゲゴはどうも男女でのやり取りに厳しいようだ。まあでも風紀を保つにはこういう人もいるよね。
「ああ、もちろん娘に任せる予定だ。わしがリン姫様にふれるなど恐れ多い……」
んー、前もそんなことあったけど私の感覚で言えば職人さんが仕事で相手に触れるのは問題ないと思うんだけどねぇ。
まあこんなところで抵抗しても仕方ないので流れに任せる。
皆食事と情報のやり取りが終わって、ガギとゲゴを除く三神官が出ていった。今は葉っぱや食器などを片付けているゴブリンが出入りしている。
「では片付け終わったらリン姫様の席の近くで」
私は座ったままでいいっぽい。義足が出来る前だから助かる。
「ゲゴ、本当にいいんだな?」
「え、ええ、なんのことか想像も付きませんがわたくしとて五神官。ガギが受け止めていることならわたくしにだって出来ますわ」
風紀を心配して、ということもあるのだろうけど、ガギへの対抗心もあるのかもしれない。
「ふ、ゲゴには今後いろいろと手伝ってもらうことになりそうだな」
片付けが終わったのでガギが人払いの魔法を行使した。確かに人払いの魔法を使うと、こちらのことは何もわからなくなるから、危ないと言えば危ないよね。まあガギが私に悪意を持ってるならこんなことしなくても最初の時に無視すればいいだけだから私はガギを信用してるんだけど、そんなことゲゴには関係ないからね。
「まず、リン姫様のお手をお借りしたい」
手? どうするんだろう? とりあえず手を斜め前に突き出してみる。
ガギが小さな箱をゲゴに渡した。ゲゴがその箱から取り出したのはリング部分が鈍く金色に光る青色の宝石の指輪だった。
ゲゴが私の右手の親指にその指輪をはめる。親指とは珍しい。と思ってたら、指輪がきゅっっと輪っかが縮まってぶかぶかだった指輪が親指にはまった。
「な、なんですか、これ?」
私は右手を斜め前に突き出したまま、ガギに聞いた。ガギが私の手に触れず、仮面を近づけた。
「ありがとうございます、確認が取れました。正直私も戸惑っていますが……」
「まず、信頼の証として仮面を取ることをお許しください」
そういってガギが改めて私に跪く。グゲはわけがわからないといった感じで明らかに狼狽えていたけど、ゲゴも私に跪いた。
「まだ何のことか分かりませんが、わたくしも信頼します」
「そういうことでしたら私も仮面を取りますね」
一昨日の改造のおかげで仮面がじゃまになることは減ったけど、やっぱりないほうがいい。さっきも仮面が邪魔で正面に手が出せなかったし。
私は二人より早く仮面を取る。彼らと違って私には仮面を取ることにためらいはないからね。
二人共仮面を取って、私の前にハイゴブリン美男子とハイゴブリン美女が現れた。
しかしハイゴブリン美男子の顔色は優れない。確かに動揺の影が見える。ハイゴブリン美女はそんなガギの顔を見たせいか不安げだ。
「まずゲゴに前提として言っておかねばならんな」
やれやれと言った表情でガギが話し始める。
「リン姫様は、ハイゴブリンではない。おそらく人間だ」
ゲゴが、ふっと薄く笑った。
「わたくしがそれに気づかないとでも? 薄々ですが気づいていましたよ。リン姫様はあまりに規格外すぎる」
「ふむ、ならば良い、が一つ思い違いをしておるぞ、ゲゴよ」
ガギの重苦しかった表情が晴れて、いたずら坊主っぽい笑みを浮かべる。意外と表情豊かなんだな、とか思った。普段仮面しか見てないから余計にそう思うんだろうけど。
「リン姫様は人間としても規格外なのだ。どうも人間でも位の高い貴族の者のようだ」
え? なにそれ? 私も知らないんですが。
「貴族、ですか。いまいちピンときません」
ゲゴもよくわからないという表情をしている。私はどんな表情をしてしまっているのだろう。
「今この世界は人間が支配している。我らゴブリンは端っこの存在だ。そんな大多数の人間の頂点付近にいるものと考えて良い。今の皇家や貴族のことごとくは神話の時代に人間たちを導いた者の子孫らしいしな」
「え? それはたいへんなことなのでは?」
「だから悩んでおるのだ。リン姫様にはお気を使わせたくないが我らだけで決めて良いことでもないのでな」
「あの~」
小さく手を上げて発言する。二人が私に注目する。
「私が人間だとして、何故お二人はまだ私を姫、と呼んでくれるのですか?」
ガギの表情がわずかだが曇った。逆にゲゴの表情は明るくなった。
「それはもちろんわたくしがリン姫様を我らの姫である、と認めていたからですわ。今更姫様の属性が違っていたからといって態度を変える方がおかしくなくって?」
「いやいやいや、属性って重要でしょ? それにまだ数日しか経ってませんよ?」
「属性は属性ですわ、それによって今のリン姫様が変化するというのですか? されておられないではありませんか。それに忠誠に期間は関係ありません。期間だけが重要な忠誠の方が疑わしいです」
はっきり言い切ってくれた。何だこのかっこいい人。
正直私のほうが戸惑うぐらいゲゴはまっすぐだった。とてもありがたい。
「我らの方はだいたいゲゴと同じかと思います。時期を見て他の三神官にも伝えたい、とは思います。その理由があるのです」
ゲゴの晴れやかな宣言のあとでもガギの表情は優れない。
「先日私がジュシュリより出かけたのはある遺体発見の報を受けたからです。特殊な遺体ですので、皆に言い含めておりました」
遺体……。まあこんな小さな子があの小屋で一人っきりというのもおかしいとは思ってたんだ。
「彼の遺体は完全に石灰となっておりました。がこの箱だけは石灰とならずにあったのです。その中には私に宛てた手紙とともにその指輪が入っておりました」
え? ガギに宛てた手紙? 彼ってたぶん私のお父さんだよね。人間だよね。なぜガギに?