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パサヒアス様

『どうしたのかね、君たち?』


煙から現れた異形がそう言った、ように私には聞こえた。キャンプファイアーから吹き上がる煙はどんどん異形の者に集まって異形の姿を隠していく。


「パサヒアス様が来てくださった」

村長を含め、キャンプファイアーの周辺にいた獣人全員が異形に向かってひれ伏した。おかげさまで辺りで立ったままなのが私達だけになってしまった。非常に目立つ。


『見かけない者たちだな、獣人でもない。おまえ達は何者でどこからきた?』

ひえっ、やっぱり注目されてしまった。煙の中から異形がこっちを見ているのがはっきり分かるし、私にはそう言っているのが聞こえた。


「姫様……」「姫!」

グゲとゲゴがそれぞれ私の前に立つ。二人にはパサヒアス様の言葉は分からないはずだけど、気配は感じて、私たちを見ていると気づいたのだろう。


その動きを見て村長も気づいたようで、立ち上がり、弁明してくれる。

「パサヒアス様、この者たちは私が許可して村に入れた者です……!」


煙に包まれた異形が動く。こちらに浮いたままで近寄り、村長に頭に手を突き出した。どうみても大きな熊の手にしか見えないけど、これがパサヒアス様の手? 村長は言葉は通じないと分かっているのに、弁明を続けてくれる。


熊の手が村長の頭に触れるかと思ったとき、熊の手からなにか光が発せられたように見えた。すると急に村長がペコペコし始めた。

「ありがとうございます! ……ありがとうございます!」


『分かっている。だから少し待っていなさい』

そう小声でパサヒアス様が言ったあと、私の前まで降りてきた。そこでようやく煙が霧散していって、パサヒアス様の姿があらわになった。


『私をよく見るのだ、そこの三人。私はお前たちの目に写った私の姿を見る』

意味のわからない宣言をして、こちらを見つめる。


パサヒアス様の姿は村長が言っていた通りの悪魔っぽい姿だった。

腕は先程見た通り熊、足はたぶん虎だけど二足歩行できるようにやや歪んでいる様子。とかげのようなしっぽが生えており、胴体には金属鎧に見えるものを着ている。背中にはコウモリの羽のようなものを背負っているけど、空中にいても動かしてはいない。そして一番悪魔っぽいのが頭部が3つあることだ。こちらから見て右側は山羊、左側はライオンに見える頭部がついている。そして中央の頭部は……、え? 私? しかも今の私ではなく過去の私の姿だ。そんな元私の顔がうっすら光っていた。


そんな元私の顔がじっと私の顔を見つめる。元私の顔の瞳に今の私の顔が写っているのが見える。過去の私だとそこまで見えなかっただろう。


『そこの緑の二人は問題ない。しかしこの者は特異よな? 何者だ?」

「私の顔……、パサヒアス様、あなたはいったい、何者なのですか?」


お互いがお互いに興味をもったセリフを言ってから、ようやくパサヒアス様は私が会話できる相手だと気づいてくれたようだ。


『お前は私の言葉がわかるのか?』

問われたので目を伏せてから答える。

「はい、パサヒアス様。お越しになられてから全て聞こえておりました」


『ふふっ、まさか私の言葉が分かるものが現れるとはな、独り言を延々と聞かれたかのような気恥ずかしさがあるぞ』

「御冗談を」

とりあえず愛想笑いでごまかす。

『立ち話もなんだ。我が居城へ参ろう。ここのもの、そばの緑や白いうさ耳には心配するなと伝えよ』

「え? あ、はい」

つい、返事してしまった。私、さらわれるの? 


「グゲ、ゲゴ。私、パサヒアス様に連れ去られるようです。しかし心配はしなくていいとのことです」

二人がパサヒアス様から視線を外して驚愕の表情を浮かべる。

「村長! 私、パサヒアス様に連れ去られるようですが、心配しなくてもいいそうです。伝えたいことはありますか?」


さっきから恍惚となっていた白いうさ耳こと村長は、はっとなって返事をした。

「そ、素材がいくつか足りなくなっております。何がないかは説明できなかったので数が少なくなっている様を見せたかったのですが。あと我らは常に感謝していると」

「わかりました。のちほど伝えます」


村長と話してから、パサヒアス様の方を向いて話す。

「伝えました。村長……白いうさ耳からの伝言は後ほどに」

『ふむ、お前が彼らに話したというのはさっぱり何を言っているのか分からなかったが、今のはちゃんと分かるな。では良いと言うまで少し目をつぶっていなさい』


近くで見守っているグゲとゲゴから少し離れてから目をつぶる。

「じゃ、ちょっと行ってくる。たぶん大丈夫だから待っててね」


後で聞くと、私はそれを言った瞬間、ふっとパサヒアス様と一緒に消えたそうだ。


私はというと、目をつぶったらすぐに浮遊感を感じただけだった。

『もうよいぞ』

声をかけられたので恐る恐る目を開けてみると、石でできた大きな広間だった。やや傷んでいるものの装飾が凄い。玉座もあるし、ここ謁見の間じゃないの? ……確かに居城と言ってたけど、本当に城の中なの?


「ここは……お城の中、ですか?」

『そうだ、元王城だ。今は私の居城である。名は必要なかったからつけておらんな』

「乗っ取った、ということですか?」

元私の顔が苦笑した。自分の顔と会話するとかなんだか気持ち悪い……。


『それは心外だな。私はここの主だったものに呼ばれただけだよ。なぜ召喚に成功したのか分からぬぐらいに杜撰なものだったがな』

「ではなぜその主を?」


『まあ待て。その足では立っておるのも辛かろう。椅子と飲み物を持ってこさせる』

パサヒサス様が言うが早いが、私の後ろの大きな扉が開き、なんとも言えない姿のものが同時に小さなテーブルと椅子、そしてお茶を持ってきてくれた。


あえて言うならDNA構造と同じような本体に触手が何本も生えていて手足の代わりになっている、という感じかな。どこが頭でどんな感覚器官があるのか全く把握できないけど、普通に椅子とテーブルを並べてくれたあと、できの良い執事や側仕えのように優雅に椅子に導いてくれ、お茶を注いでくれた。

そしてゼルンのような手際の良さでするっと右の義足を外してくれた。義足はテーブルの足にもたれさせてから、退場していった。


「あれ、……あの、方? はいったい?」

『私の創造物だ。私にはそのような能力がある。やつには私の居城での細々とした用事をしてもらっている。召使いといったところだな。見た目は……、まあ気にするな』

気にするな、と言われても、なんとも個性的というかなんというか。でもまあ確かに今はどうでもいいことか。


パサヒアス様はそう言うと、おもむろに玉座に座った。あの見た目なのにすごく優雅に見えた。


『ふむ、この顔のままでは話しにくそうだな。では話しやすい顔に変えよう』

そう言うと、私が認識できないうちに顔が元私の顔から、なぜかガギの顔に変わっていた。パサヒアス様はガギを見たことがないはずなのになぜ?


『さっき言った通り、お前が一番話しやすい相手の顔になったはずだが、不都合あったかな?』

「ふ、不都合というわけではないですが、パサヒアス様が知らないはずの人物の顔に見えますので」

本物のガギはそこまで表情豊かではない。今のパサヒアス様が変化したガギはうっすらと微笑んでいるように見えて、その、なんだ、なぜドキドキするんだ?

『私自身には鏡でも見ないと今の顔がどうなっているのかは分からない。お前の記憶から出てきたものだからな。そしてそれも自動的なものだから、今の顔が誰かなどと私には分からない』


そ、そうなんですか。心でも読まれたのかと。なんだかちょっと安心した。

『それで、だ。お前は私をパサヒアス様と呼んでくれるが、いいかげんお前の名前を知りたいのだが? 私もずっと話が出来る相手をお前呼わばりはしたくないのでね』

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