癒やしの術
そんなやり取りをしているうちに現場に到着したようだ。湖岸のようだけど辺りを見回しても、近くにヒュージクラブは見かけない。
「リン姫様、紹介が遅れましたが、この者たちがリン姫様の側仕えとして護衛に立ってもらう予定の者たちです」
紹介されたのは女性のハイゴブリンと男性のメジャーワーカーだった。
「ザービと申します。リン姫様の近くで護衛することになるかと思います」
「ブゥボ、しゃべるの苦手、けど頑張る」
「二人共くせはあるかと思いますが、忠誠心、戦闘能力ともに申し分のない者たちです」
確かにパッと見、個性は抜群のようだ。ザービの髪の色は金髪でとても美しい。赤系が多いので金髪は目立つし、ハイゴブリンだから人間と同じような見た目なんだけど出るとこ出てて引っ込むところ引っ込んでる、とても素晴らしいスタイルだ。それとブゥボ、しゃべるのが苦手だと言ってた通りだ。その大きな手に見合った、しかし体格にはあってない、とても大きな斧と盾を持っていた。
紹介が終わった直後、声があがった。少し離れたところの波打ち際の地面? 水面から本当に巨大なカニが現れたのだ。
かに道楽ってレベルじゃないぞ、ってほどの巨大なカニだった。え? こんなのゴブリンが倒せるの? と思っていたらグゲが強かった。
ヒュージクラブはぶんぶんとその大きなハサミを振り回したり、掴みかかったりするけどすぐに駆けていって接敵したグゲにはかすりもしない。グゲがおとりになって、他のゴブリンたちが着実にダメージを与えていっているようだ。メジャーワーカーたちは斧やハンマーで思いっきり足などを殴ってるし、ゴブリンたちは槍で関節を狙って突いているようだ。
グゲがはさみなどのメイン攻撃を避けている間にメジャーワーカーたちが足の一本を切り倒し、その時に体勢を崩したヒュージクラブにゴブリンたちの槍が足の根本の関節部分に吸い込まれていく。そこで完全に動きがとまったヒュージクラブの口に、グゲが大剣を突き込んで勝負は決まった。
こちらの被害は足に吹き飛ばされたゴブリン数名と、足の攻撃で肩口を切り裂かれたメジャーワーカー一名のみだった。
「彼は大丈夫なのですか?」
グゲに聞いてみた。
「狩りに危険はつきものですので……」
え? それってダメってこと?
一応ゴブリンたちが傷口を葉っぱで抑えたりしてるようだけど、大丈夫なのかな? 思わずゴーレムを降りてけんけんでそのメジャーワーガーの元へ近づいていく。もし私に大きな魔力があるならこういうときにこそ役に立たないとダメでしょ、とか漠然と考えての暴走なんだけど……。
「大丈夫ですか?」
メジャーワーカーの囲みに無遠慮に近づいて声をかける。近くにいたゴブリンたちが跪く。それを幸いにとメジャーワーカーへ近づく。そして魔力をゆっくり出しながら傷よ~治れ~、みたいに唱えながら傷口がふさがっていくイメージをした。
意識を失っていたメジャーワーカーの体の緊張がなくなった。血も無事に止まったようだ。
「癒やしの術?!」
追いかけてきたゲゴが驚きの声を出す。
「そうなのかもしれません。傷口を塞いだだけですが」
ゴブリンが傷口を抑えていた葉っぱをめくって確認していた。血で汚れてはいたけど傷口らしいものは見えなくなっていた。
「確かに傷消えてる」
「死なずにすんだ」
「姫様すごい、治った」
「姫様、女神」
口々にゴブリンたちが報告してくる。その報告はやがて私への称賛に変わっていった。いや、そういうのはいいから。そんなのを目の前で言われると恥ずかしいというか、なんというか。
「リン姫様は癒やしの術を使えたのですね」
グゲが連れてきてくれたゴーレムに再び乗る。
「癒やしの術、かどうか分かりませんが、魔力で治せないかな、とは思いました」
「そうなのですか。わたくしにも癒やしの術は使えませんので。過去使えた者も神話の時代まで遡らなければいなかったはずです」
「そうなんですか。まあ本当に癒やしが使えるのなら足生やしたいですけどね」
心からそう思う。けど再生は難しいんだろうな。ゴーレムの術を教えてもらうのとともに義足も作ってもらわなきゃ。魔力で義足を本物の足のようにできないかな?
そんなことを考えながら、解体されていくヒュージクラブを眺めていた。
メジャーワーカーって、ゴブリンは蟻かな、とか冗談で思ったけどヒュージクラブを解体していくさまは本当に蟻のようだ。巨大なものに取り付いて小さく分けていく。道理で武器をもっていないゴブリンたちがたくさんついてきてるな、と思ったんだ。荷物持ちだったのね。
無事に皆でジュシュリに帰還したら、もう夕暮れだった。さっそくカニの調理が始まる。ゴブリンたちは生で食べるみたいだけど、ハイゴブリンは焼くようだ。私も流石に生は怖いので焼いたものを出してもらった。
確かに大味な感じがするけど、ちゃんとカニの味だ。塩もふんだんに出してもらったのでカニ三昧だ。大量にあるのにそんなに長持ちしないから早く食べてしまわないといけないかららしい、当分カニになりそうだ。でもカニなら三食食べてもいいや、昔から連食耐性は高いほうなんだ。というかポン酢が欲しい。ポン酢はさすがにないよなぁ。マヨネーズは作れるかもだけど。
結局この日、ガギは帰ってこなかった。何の用事なんだろう。
次の日は残りの謁見をして、ゲゴから魔法の指導を受けた。魔法はイメージが大事らしく詠唱は補助みたいなものらしい。ゲゴの後継者として育てられているらしいハイゴブリンと一緒に勉強したけど、飲み込みや実践は私のほうが上だったようで、ゲゴの後継者が嘆いていた。
「貴方はゲゴとなる者で、上位の存在であるリン姫様に敵うわけがないでしょう。貴方は貴方の役目があるのですから落ち込まなくていいです」
私と比べられて落ち込む彼の姿に罪悪感を覚えたけど、確かにゲゴの言う通り、役目が違うのだから能力が違ってもおかしくないし、それを恥じる必要はないよね。あーでも優秀だった者がぽっと出の誰かに抜かされたら確かに落ち込むかも。問題なのはそのぽっと出が私であるということと、その私自身は何の努力もせずこの力を持っている、ということだ。けどそんなことは言えないし、私にはどうすることも出来ないな。
この日は他にはギグに松葉杖と義足を説明して作ってもらえるよう、頼んだ。簡単な作りなので一日ぐらいでできるとのことだ。まー松葉杖はともかく義足は海賊みたいな一本の棒みたいな義足なんだけどね。
その次の日にはもう謁見はないので全部フリータイムだ。けどやることは勉強しかないので勉強していた。この日にはもう木切れからゴーレムを作れるようになっていた。しきりにグゲが褒めてくれてたけど、確かに魔力の差なのか木切れが膨張してゴーレムの形になるのは私のほうがずっと早い。今思えばガギのゴーレムはだいぶと遅かった気がする。
ゴーレムの制御は何も難しいことはなかったから問題ないんだけど、攻撃魔術の行使は難しかった。たぶん私が掌から炎の球を出して相手にぶつけるとかのイメージがなかなかうまくいかないせいだ。相手を傷つける行為も火の球が掌から出るというイメージもなかなか出ないためだ。なんでゴーレムは簡単に出来たんだろう? と思ったけど、たぶんロボットのアニメとか見てたせいでロボット=ゴーレムのイメージなのだろう。昔ロボットのアニメが何故か私達の間でも流行ったんだよ。その時にキャラにハマって、ついでにその時のストーリーをちゃんと理解したいと思って何故人型のロボットで戦ってるんだろう、とかどうして戦争になってしまったんだろうとか色々調べた覚えがある。昔から興味のわいたことはとことんつきつめないと気がすまない性格で、おかげで研究職につけたんだけど、そこで寝不足になった結果があの事故だよ! などと思いだしてしまった。
ともかく魔法はもっと慣れが必要っぽい。ゴーレムだけが順調だけど、生活に関わるのでこれは助かる。
この日の夕方にようやくガギが帰ってきた。
何をしていたのか聞いたんだけど、疲れているので後日に、とつれなくされてしまった。むぅ。まあ確かにそうだろうとは思うからわがままは言わなかったけどさ。