安息の日々
「いやぁ、素晴らしい兵器ですね、さそり型は」
隊列を組んで南門からレリウス砦に撤収中、ケイン砦長に話しかけられた。
「ええ、並の相手なら無双できそうです。ヒュージアントにも強いでしょうし、ケンタウロスなどなら一薙で終わりそうですし」
「今の所、よく見かけるのはそいつらと巨人だけですからな。巨人には量産型が頑張ってくれるでしょうし、守りがより固くなりましたし、砦にこもるだけでなくうって出るのが容易になったのは助かります。以前はうって出ると相応の被害がありましたからな」
九号量産型大型ゴーレムは、ジュシュリだけの運用ではなく、すでにレリウス砦にも配備されており、レリウス以西の支砦にも配備されているので飛躍的に打撃力は上がったはずだ。水平発射が基本のクロスボウでなくロングボウをゴーレムで扱えればより良いんだけど、さすがにまだそこまでの器用さは実現できていない。ロングボウだと力の加減がゴーレム次第で、ゴーレムのパワーは術者の魔力である程度左右されるみたいなので取り扱いが難しいのだ。
ただ量産型だと巨人相手になら万全だけど、ヒュージアントはともかくケンタウロス相手だと相手が小さすぎてクロスボウも当てられないし、身長差があるため叩き潰す動きの近接攻撃しか出来ず、それだと命中率がすごく悪いからね。
その穴を埋めるべくさそり型が出てきたので砦長としては願ったり叶ったりと言ったところなのだろう。
「早急に今回の試作型を改良したものを量産ラインにのせてみせますよ」
勧められたとおり模擬戦を観戦してよかったと思う。この目で見てないとわからないだろう弱点もあったし、その解決法もすでに見えている。それになによりさそり型は土木九号の不得手な部分を補える優秀な土木ゴーレムにもなりそうだから。
本日も最果てからは何も現れず、無事に撤収できた。砦の中でケイン砦長とは別れて、ゴーレム整備工房へ向かい、ゴーレムを預けてからサキラパさんの研究室へ向かう。
「よお、リン。待っとったで」
研究室の一室にはすでに『技巧』のギグと『魔術』のゲゴ、それにゼルンもいた。目の前のテーブルにはさそり型のモックアップが置いてある。椅子はサキラパさんのものの予備を借りた。
「さっそくやが、こいつの改良点はどこや?」
サキラパさんが指し示したのはもちろんさそり型だ。
「まずは足の可動域を増やしてほしいですね。それと足を隠すための装甲、カバーを付けたほうがいいかもです」
「関節にか?」
「関節そのものにもカバーはあったほうがいいのは確実ですが、足そのものを覆うものがほしいですね」
「せやなぁ、模擬戦では足狙われてたもんな。実戦でもそうなるかもしれん」
「足に偶然にでも巨人の振り下ろし攻撃があたってもやばそうですし。ゴブリンがヒュージクラブやヒュージアントなどの大きくて硬い相手と戦う時は関節部を狙うのが基本ですから、そうされるのを想定したほうがいいでしょう」
検討にギグも参加する。ギグは職人だけど戦闘ができないわけじゃないからね。戦闘面でも話が聞ける。
「これはついでですが、はさみの外縁部、今はスパイクですがもっと致命的に刃にするとか。あとはさみの内側ももっと攻撃的でいいかもしれません。巨人の足を掴むというコンセプトなんでしょうけど、それでダメージを与えてもいいと思うので」
「そういやそうやな、生き物としてのさそりにこだわり過ぎてたかもしれんな」
「尻尾を水平にして超信地旋回、その場周りして薙ぎ払う、というのは出来ませんか?」
「今の構造からすると少し無理があります。それに魔導線が絡んでしまうかも。また尻尾の関節は横からの衝撃に耐えれないかもしれません」
ああ、そうか。トゥン・ティタールがあるとしても一回使っただけで壊れていては魔力が足りなくなるか。魔力の節約のためにも関節に対するダメージは今後も減らしていけないといけないよね。
「尻尾で殴りつけても関節は大丈夫なんですか?」
「ええ、もちろん。垂直方向への衝撃には強い構造になっておりますので、最低限のダメージで済んでいます」
「なら足をもう一対追加するのはどうでしょう?」
「え? なんで足を増やすんや?」
「元々さそりの足は八本のはずですし、追加した足は歩くのには使わず、尻尾の打撃時に踏ん張るように使うのです」
「おお、なるほど。普通の虫を基本に作っていたので足の数は六本になっていました。数が少ないほうが整備や製造にも楽だという理由でしたが、性能が上がるのであれば追加してもいいかもしれませんね」
「せやな、歩くのには特に使わんのやったら、いっそのことバッタの足みたいにしてもええかもしれんな」
「魔力的には大丈夫かな? ゲゴ」
「はい、元々さそり型は魔力をそれほど使っておりませんので、特殊な足を一対追加するだけなら問題ないかと。むしろ術者の把握の問題のほうが大きいかもしれません。超信地旋回とか」
「それなんですが、サキラパさんのところに乗馬が得意な方はおられませんか? もしかするとその方ならうまく超信地旋回できるかもしれません」
「ん? なんでや? 馬に乗れるやつ、おったかな? うちんとこ基本的に頭脳労働やからなぁ」
「ジュシュリでも馬はいなかったのでジュシュリに馬に乗れるゴブリンはいません。けど他をこちらでも探してみますね」
「せやな、頼んどくわ。こっちでは用意できんかもしれん」
砦の兵士の中に馬に乗れる方いると思いますし、頼んでみますか。
他にもいろいろとやるべきことをやりながらも春の日々を楽しんで暮らすことができました。
最果てが再びやってきたのは、前年よりかなり遅い、三週間後でした。




