ハームルの補給
本日は朝早くから集まって皇帝陛下のありがたいお言葉を賜る会があった。初対面であったり、ましてや姪でなければ感慨深いものもあったかもしれないけど、前日に会って話もしてるから、まったくそんなことはなく、また朝礼みたいな話だったので、むしろ退屈だった。しかし対面的にあくびとか出来ないので少々緊張感はあった。前日のパーティーには長居せずに早くに帰ってたっぷり寝ていて良かった。
先日夜のパーティーでは久々にテオン様とあーでもないこーでもないという他愛のない会話を楽しんだだけで、皇帝陛下はずっとガギと話していたから特に何もなかった。
皇帝陛下は朝の集まりのあと砦の各所を見回っていたようで、私たちジュシュリの工房にも見学にきたのでジュシュリの副隊長として案内した。お付きの人へのアピールもあるので姪だからと甘えず、きちんと役割をこなしたつもりだ。ずっと一緒に皇帝について回っているテオン様にねぎらいの言葉をいただけたのは、思わず笑いそうになってしまった。友人とお互い立場ある中で会うのはたいへんだなぁ、と思った次第。
各所で皇帝陛下直々の賜り物を受け取っていたようで、砦内の士気はかなり上がったようだ。そういえば前世でもそんなことがあったような気がしたなぁ。すごいおえらいさんが見学に来て、邪魔したねと高級なおかしを置いていったこととかが。そういえば私も今はジュシュリのトップなのに、五神官にも、ガギにすら、なにか感謝の品を渡すとかしたことなかったな。村での生活の時だったら、それらを手に入れるのにもガギたちの力が必要だから意味なかったけど、今の状況なら、多少はね。五神官だけでなくジュシュリのゴブリンたちにもたまにはなにかした方がいい気がしてきた。ゴブリンたちにはそんな文化はなさそうだけど。
さすが皇帝陛下だ。自らの行動で教えてくれるなんて。……まあ偶然だろうけど。とりあえず五神官たちに朝食の時なんかにでもさりげなく皆が欲しいものと、ゴブリンたちが喜びそうなものを聞き出しておこう。ギグあたりは酒かタバコあたりの気がするけど。ゴガとかはまったく思いつかないや。それだけ個性すら把握してないってことだよね。
皇帝陛下はテオン様とヒンドレー親方ともにお昼頃には転移で帰っていった。入れ替わりにハームルがいろいろと持って帰ってきてくれた。
「ただいま戻りました。リン姫様」
「おかえりなさいハームル。お疲れ様でした。……ハームルはジュシュリの隊長で私は副隊長なのに、私は呼び捨てでハームルは私を様づけと呼ぶのはおかしくありませんか?」
ふと疑問に思ったのでハームルに聞いてみた。
「ははは、まあ帝国寄りの場所で特別部隊ジュシュリとしてなら、そうかもしれませんが、その場合だけですね。私は都合上隊長になっているだけで、実権は姫様のものですし、リン様は元々ジュシュリの姫様ですので何の不思議もありませんよ」
作業を止めてハームルはわざわざ私に向き直って笑った。
「リン姫様の視点は相変わらず面白いですな、退屈しなくて充実します」
元の世界の現代では子どもが実権を持つこととかなかったからなぁ。それに私は中身が大人だからこそ自分の今が子どもであるということを人一倍気にしてるからそのせいもあるかもしれない。
「帝都の様子ですが、かなり皇帝陛下の支持が集まっております。今まではお飾りなどと舐められもしましたが、ようやく陛下の優秀さを理解し始めてくれたようで……」
「え? ちょ、ちょっと待ってください。陛下は皇帝陛下なのですよね? 何故陛下が侮られなければならないのですか? 貴族社会とはそんなに恐ろしいところなのですか?」
私はハームルの言うことに動揺してしまったけど、ハームルは受け流した。
「ああ、リン姫様はご存知なかったかもしれませんが、陛下の前の皇帝であった方、陛下のお父上ですね、お父上が太上皇帝としてまだご存命なのですよ。太上皇帝陛下は実務や実権などほとんどを皇帝陛下に譲ってはおられるのですが、とても恐れられていた方であったため、未だに太上皇帝を気にしすぎる方が多くて、皇帝陛下も思うように動けなかったようで」
へぇ、なんだかややこしいけど、帝国としては無理でも皇帝として、一貴族としてならとか言ってたのもこれのせいか。私から見たらおじいさんってところか。太上皇帝陛下は。
「太上皇帝陛下と皇帝陛下の関係は悪くありません。しかしながらリン様のお父上、アンドリュー様への感情は微妙かと思われます。出奔なされる前は仲は良かったと思うのですが、出奔されたあとは大層お怒りになられまして即座に廃嫡となってしまいましたから。ですから陛下は太上皇帝陛下にもリン様をお隠しになられてるのかと思います」
なるほどね。いきなりいなくなったと思ったら勝手に死んでいて、けど子どもは残していて、いきなり成長した孫が現れたら、太上皇帝陛下も混乱なされないとも限らないよねぇ。確かに匿ってもらう方がいいのかも。たぶんただ一人の孫なんだろうけど、私からはなんとも言えない件だねぇ、これは。
「そのへんのことは皇帝陛下に任せましょう。帝都では忙しかったのですか?」
ハームルがにこやかに答えた。
「ええ、おかげさまで忙しすぎてパーティー一つにも出れない有様でした。まあその方が気楽でいいので感謝しておりますよ。忙しく動いたのでリン姫様のご要望は全て完璧にこなせたかと思います。本日も金とヴェルフェルゴーの実もたくさん持ち帰りましたし、現金も持って帰ってきておりますよ」
「おお、さっそくトゥン・ティタールが製造できそうですね。ありがとう、ハームル。今のジュシュリがあるのもハームルのおかげですね」
「そういえば、陛下ご推薦の錬金術師の方も一緒に来られていますよ。今は空き家に道具を運び込んでいるはずですが」




