襲来
砦長のところから辞して、次は療養所へ赴く。
まず負傷したゴブリンたちが収容されているところへ行き、患者のゴブリンたちに額当ての魔力を補充すると言って、少しずつ癒やしの力を流し込んできた。魔力の関係で少しずつだけど、ある程度痛みは引いて、治癒しやすくなったはずだ。もっと早くにしてあげたかったけど、朝起きても魔力が満タンになった気がせず、砦長たちと話していた時にやっと満タンになってくれたっぽかったので。
人間の療養所にも赴く。元気なローガンさんとサーチェスさんに迎えられた。サーチェスさんは両手に松葉杖を持って歩いていた。
おー、松葉杖! 松葉杖には、私も最初ジュシュリに来たとき、義足もまだだったから最初に松葉杖を作ってもらったんだけど、ジュシュリには松葉杖というものがなく、私も元の世界で使ったことがあったけど細かいところはうろ覚えで設計してもらって、うまく行かず試行錯誤して完成させた、という思い出がある。しかし帝国ではこうしてすぐさま支給されている。やっぱり知識は力だよねぇ。
この療養所には、ジュシュリが救出に来る前に怪我をしていたビスマス砦の人と支援部隊として来てくれて怪我した人が収容されていた。幸い人間の死者はいないと聞いているし重傷者もいないらしい。けど痛いのはやっぱり嫌だろうから、見舞いと称して怪我人に近づき、ジュシュリのまじないだと言って、ただの害のない美容用の油を肌に塗りつつ癒やしを少しだけ行った。もし今度ジュシュリのまじないを求められたら、薬草を煎じたものを含ませた油のポーションを塗ればいい。私は聖女じゃないからね! ジーゼに持ってきてもらっていたジュシュリで作った野いちごのドライフルーツを見舞い品として渡したのも好評だった。近くに野いちごを収穫できる場所があれば今後もジュシュリ特産としてドライフルーツを作ってもらおうかしら。最近の食料班はあまりやることなくて暇してるかもだし。
ローガンさんとサーチェスさんには軽く先程砦長と話し合ったことを話してから療養所を辞した。
昼食を取るためにいったん戻る。その際に足を外して休ませるのも怠らない。怠ったら痛い目にあうのは自分だからね。
昼食をいただきながら、次はゴーレム工房へ行こうかと考えていると、見慣れない人物が私のところまで通されてきた。
「ジュシュリのリン副隊長ですね? 皇帝陛下の令であります。すぐに陛下の元へ出頭するように、とのことです」
え? 皇帝陛下が? 帝都までこいと呼びつけられたの?
「なお、現在皇帝陛下はこちらレニウムの迎賓館に御座します」
ええ?! 陛下こっちに来てるの? なんで?
「あ、ええと、現在足を外しておりまして……、なるべく急いで向かいますが、どうしても少々時間がかかりますことを皇帝陛下にお伝え願えますか?」
伝令の人にそう伝え、あわてて準備を始める。
「デゥズ! すぐに用意できるドレスとかあるかしら? 神官服でいいわ! ザービはガギを探して連れてきて! たぶんゴーレム工房にいるわ。私はもうすぐ出発するから直接迎賓館へ来るように伝えて!」
慌てて着替えた後、デゥズに髪を整えてもらいながら、ジーゼには足のメンテナンスをお願いし、自分は化粧、ってほどではないけど肌の手入れをする。陛下に会うだけなら五神官全員を揃える必要はないと思うけど、せめて筆頭のガギは連れて行くべきだろうからガギも呼んでもらった。
私は走れないし、走ったら髪の毛が乱れるだろうし、そんなので皇帝陛下の前に立てないしで、急いてるけどゴーレムを出して乗っていくことにした。普段は歩いてるんだけど、足を休ませていたところだから、念の為。
当然普段見かけない光景になるわけで、まだ皇帝陛下が来たと知らない兵士ばかりのようで、注目を浴びてしまった。パーティーの時以来の神官服を着てハームルからもらった肩掛けをつけた格好もしてるしね。
迎賓館についた。ほぼ同時にジーゼとガギも迎賓館に到着した。門番は親衛隊でなくこの砦の兵士だった。
「リン様、この中へはゴーレムでは入れません。申し訳ありませんが、降りてからお入りください」
私が義足である、というのは特に言いふらすことでもないので、一部の人しか知らない。隠してもいないのだけど、子供とはいえ、素足を見せるのはダメという文化らしいので。基本見えないしね。
足のことを気にして降りるのをためらっているとガギが察してくれたのか、ゴーレムから私を拾い上げ、抱っこしてくれた。
「あ、ありがとうございます、ガギ」
「足を痛めているのですか?」
「いえ、痛めてはいないのですが、まだ赤いままの状態で付けてきましたので」
「分かりました。このままでいきましょう」
ガギは私の世話役みたいなものとは認識されているので、すんなり通してくれた。リーゼにもついでにお世話係としてついてきてもらうことにした。
大きな扉の前に案内されたけど、そこで止められた。呼ばれたのは私だけだと。気を使いすぎたか? いやたぶん皇帝陛下はそういうつもりじゃないと思う。
「ガギは今は私の足代わりです。詳細は陛下が知っておりますので、陛下に聞いてきてください。リーゼはこのへんで控えさせてもらいます」
リーゼにはこの大きな扉の部屋の控室で待ってもらって、必要なときに来てもらうことにした。けどガギはそれでは困る。陛下はただ私の顔をみたいだけかもしれないけど、そうでない可能性もある。もしそうだった場合、私一人では太刀打ちできないかもしれない。
扉の前にいたラキウスと同じ鎧を身につけた、おそらく親衛隊が一人部屋に入っていく。すぐに戻ってきて、そのまま入って良いとの許可が出た。
部屋の中には立派な玉座があって、そこには誰もいなかった。あれ? しかしその傍らには一人の少女がいた。
「リン様、お久しぶりです」
わっわっ!? なんでここに帝国の至宝、聖女のテオン様が!?
「陛下にわがままを言って、ついてきちゃいました。万一陛下が怪我したら私がいないと困るでしょー? 仮にもここは最前線みたいですし」
にこにことテオン様が声をかけてきてくれた。
「いま陛下は奥の執務室で書類を読んでるわ。……その方が噂のガギ様?」
え? わ? 私ガキに抱っこされっぱなしだった。慌てて降りたいとガギに目で訴えかける。陛下の前なら別にどうでもいいんだけどテオン様の前だとなんか恥ずかしいんだよ! 理解して!
無事察してくれたようで、ゆっくりと私を降ろしてくれた。
「貴方がガギ様ですか、お噂はかねがね」
「お目にかかるのは初めてですね。リン姫様から話は伺っております、テオン様」
ガギは優雅に片足をついてテオン様に挨拶した。テオン様、噂のガギってどういうこと? 何の噂なのー?!
「む、来ておったか、リンよ」
奥の扉が開いて皇帝陛下、私の叔父が出てきた。




