血の味
腕の傷を癒やしてからはローガンさんもうめき声は発しなくなった。さあ次は頭だ。腕の傷がひどかったので後回しになっちゃったけど、頭の怪我も十分大きい。麻酔が効いてるうちにある程度は治しておかないと、脱出させられない。
頭の傷を改めて見る。さっき見たよりさらに傷口がふさがっているようだ。頭に流れていった魔力のおかげだろう。この程度の傷なら村でゴブリンたちを何度も癒やしたことがある。……頭部はそんなにないけど。
傷口が塞がるよう、あと頭に受けただろう衝撃によって不具合が起こってないか、起こっているなら治るよう祈りながら頭部の傷口に触れないように手をかざして魔力を送り込む。
傷口に対して消費する魔力がおかしい。ハームルさんのときでもここまで消費しなかったというレベルで消費したけど、なんとか魔力が押し戻されるようになってきた。これは治療完了の合図だ。頭の傷口も完全に塞がり、すでにふさがったところに毛が生えてきている。ローガンさんは痛みが完全になくなったおかげか安らかな顔で寝息を立て始めた。
「ふー。さあ次は足だね」
「あ、あれ? あれほどの傷が完全に治っている?! 一体どうやって?」
セリックさんが驚愕の表情でこちらを見ていた。
「貴方は何も見ていない」
そう言いながらセリックさんへ近づく。
「ひっ、し、しかし……」
「何も、見ていない」
セリックさんの横を通り過ぎる。
椅子を上に向けられた患部の足の近くに持ってきて、その上に立つ。こちらも縛っているところはかなり強く縛っているせいか、真っ青になってしまっている。それでも血は止まっていない。エノジーゼックの魔法で痛みは抑えられているものの、このまま血を流し続けてしまうと体力が持たないだろう。
「セリックさん、二人とも血が足りてないと思います。手っ取り早く血になってくれそうな食べ物の準備をしてくれますか? 二人ともこの有様では食事も出来ていないでしょうから衰弱するばかりですので」
「た、助かるのですか……二人とも」
「助かります、たまたまね。たまたま私が持っていた薬草がすごく効いたのです。それはもう素晴らしい効果でした、ということです。それに思っていたより傷は浅かったのです、たまたま」
「た、たまたまなのですね。分かりました。食事を持ってきます」
セリックさんが言いふらすことはないと思うけど、脱出できたら確保しておいたほうがいいかもしれない。医者、というか薬師?癒し手としてもなかなかだと思うし。
さて、最後の傷が一番大きい。頑張って魔力を注ぎましょう。
腕のときと同じように傷口に一度肉塊が出来てから萎んで皮に包まれた。つい先程までグロい切断面がさらされていたとは思えない。
足の治療が終わったあとも魔力が吸い込まれていく。なんか心臓の方へ流れていった感じがする。もしかすると心臓が弱っていたのか、足りない血の代わりになってくれたのか。ともかく思った以上に魔力を消耗してしまった。結構限界ギリギリだった。ゲゴからもらったタブレットがなければやばかったかもしれない。
サーチェスさんも安らかに寝始めたので良くなったと判断する。失われた四肢は戻せなかったけど、うちに来たらなんとかなるだろう。私だってそうなんだし。セリックさん共々スカウトしてもいいかもしれない。実際脱出できてもこのまま兵士は続けられないだろうし。
しばらくゲゴと一緒に患者の様子を見ながら休憩したおかげで多少は魔力が戻ってきた。タブレット様々だ。脱出時に魔法を使うかもしれないし。
待っていたらセリックさんがトレイに2つの椀を乗せて帰ってきた。見てみたらスープのようだったけど中にはどす黒いソーセージが何本か入っていた。
食べてもらうために二人とも起こす。これから脱出するからしばらく食べ物にありつけないだろうしね。
「俺、生きてるのか?」
二人とも自分は死んだと思い込んでいたようだ。まあ仕方ない、あのまま放置だったらたぶん本当に死んでたしね。
「せっかく助かったんです、食べてください」
私がそういうと左腕を失ったローガンさんが首をかしげた。
「あんた誰だ? というか女の子? なぜ砦に?」
セリックさんからお椀とスプーンを受け取ってソーセージをすくってローガンさんへ突きつける。
「え? いいよ、自分で食えるから」
といってローガンさんは小さく「あ」と呟いた。
「すまねぇ、誰だか知らないけど」
よほどショックだったのか素直に私が差し出したソーセージを食べてくれた。
「ん? これブラッドソーセージか。俺嫌いだったはずなんだが、美味しく感じるな」
左足を失ったサーチェスさんへはセリックさんが直接お椀とスプーンを渡した。
二人ともお腹が減ってたのだろう、すごい勢いで食べていった。途中で給仕をゲゴに代わってもらって、食べている間に私達のことを二人に伝えた。
「お二人がサーチェスやローガンを助けてくれたんだ。俺では手のうちようがなかった」
セリックさんも付け加えてくれる。どうやって、は言わないあたり、ちゃんと理解してくれていたようだ。助かる。
「あ、ああ、そうだな。命あっての物種だしな」
二人の顔は浮かないけど、明るく言ってくれた。
「そろそろ砦から脱出することになると思うので、三人とも準備をお願いします。お二人に代わりの服とか」
怪我をした二人とも血で汚れたせいなのか服は着ておらず下着に貫頭衣を来ていただけだったから。脱出の際この格好では寒いだろう。
「ああ、そうだな。お嬢ちゃん、それに緑色のお姉さん? 名前を聞かせてくれないか?」
ローガンさんが私達の方を見てうったえるような目で見つめる。
「え、ええ、私はジュシュリのリンよ」
「私はリン姫様にお仕えする五神官の一人、【魔術】のゲゴです」
「ジュシュリ……、なんか最近聞いたことあるような」
「あ、あの補給ゴブリンたちの姫様なんですか?!」
ローガンさんは分からなかったようだけどサーチェスさんはジュシュリのことを知っていたようだ。
「そうです、我らの姫です。お三方のお顔も名前も覚えましたので、脱出したのちは速やかにジュシュリへ出頭してくださいね」
ゲゴがにこりと笑ってそんな事を言う。出頭って……。
「失礼します。ラキウス様がお越しになられました」
救護室の前で歩哨を続けていたクァータさんが入ってきて告げた。そのあと場所を譲って再び外に出てドアを締めた。
「お待たせしましたリン姫様。脱出の大枠が決まりました」
「そうですか、では私達も会議室へ戻りましょう。お三方またあとでお会いしましょう」




