この世界にもすずめはいる
到着したら、またちゃんとした椅子に座らせてくれた。片足だと床に直に座ると立ち上がりにくそうだから助かる。
まずは食事からだった。テーブルがないのか、皿代わりの葉っぱに乗せられた肉や木の実、焼いたキノコをガギやゴガが捧げ持ってくれている。それを片手でなんとか仮面を持ちながら片手を伸ばして仮面の裏で食べるのだ。とても大変だ。仮面を支えるのはもうすぐ解決しそうだからいいとしても食事用テーブルがないのはきつい。人、ゴブリンだけど、人をテーブル代わりにする趣味はないんだよ。
さっきの祭りをみても、皆地面に直座りで葉っぱも地面に並べていたから食事のときにテーブルを使うという概念があまりないのかもしれない。けど私は椅子じゃないと面倒だし、椅子に座ったまま食べるとなるとテーブルは必要だ。行儀が悪いけど食べながらガギにテーブルも明日にでも至急作ってくれるよう頼んだ。正直味を云々考える余裕はなかった。ちなみにここでようやく水が飲めた。ちゃんとしたきれいで澄んだ水だった。ガギによるとちゃんと濾過していると言っていた。
食事が終わったら風呂だったけど、その前にデゥズが紹介された。さっきと同じような感じでお互いに顔見せして白い肌の一部をデゥズに見せた。するとデゥズは泣き出してしまったので、ゴガも焦りまくっていたのが印象的だった。
デゥズは普通のゴブリンの女性だったので正直怖い顔つきをしていて、ゴブリンとしてはかなり太、ふくよかな感じだ。しかし服は側仕えだからということなのか、人間が着ていても不思議ではない普通の服を着ていた。髪の毛も豊かな赤だ。
そんな彼女に五神官用らしい風呂に入れさせてもらった。初日だからということでゴガも一緒だ。
これ、ファンタジー世界だと考えたら並の平民以上の暮らしじゃないの?と思えるちゃんとした風呂場だった。
ここで初めてお湯に写った自分の顔を多少見ることが出来た。わ、悪くはないんじゃないかな? 尖った耳が気になるけど、ここでは周り皆そうなので逆に溶け込めそうなので、いいか。
それに自分で美人だとか可愛いとか言えるほどタフな精神持ってないし。明らかに美人のゴガに言わせると、ハイゴブリンや人間はゴブリンから見ると醜く感じるらしい。そっかー、醜いのか。デゥズにも聞いてみたけど、愛嬌がある、と誤魔化されてしまった。まあゴブリンにもてても仕方ないし、いいよ。ゴガの基準ではどうなのか聞いてみたら、今は可愛いけど、将来美人になると言われた。まあ、確かに今は幼くて美人とは言えないと思うし、ハイゴブリンの感覚は人間と同じようで良かった。というかハイゴブリンって人間の方に近くない?
そんなことを湯で塗っていたものを流し落としながら聞いてみた。
「ハイゴブリンは、神話の時代に生まれた当時のゴブリンキングとハイエルフのミックス、しかも魔法的な、という話があるようです、ガギにそんな話を聞いて覚えがあります」
魔法的な、とはどういう意味なんだろう? キメラってこと? まあ伝わってるだけだから真実とは限らないし。ハイエルフもいたのか。私も実はハイエルフ、ってことはないのかな? 魔力が大きいとか言われてたし。
風呂につかって、右足のない部分をしっかり見てみた。すでにちゃんとした皮膚で覆われていて、傷口という感じではなくなっている。丸くつるんとしてるのだ。骨もそんな感じで丸まっているようで押しても痛くはない。ここがゴブリンやゴーレムが実在するファンタジー世界だと考えると、この治療した痕は不自然だ。魔法かなにかで癒やしたのかもしれない。魔法ならきっちり癒やして生やしてくれよとも思うけど。でもこれなら義足を作るのもありだと思う。生産技術は高いみたいなことも言ってたし、テレビとかで見ただけだから詳しくはわからないんだけど、どのように作ればいいか説明すれば、ある程度のものは出来ると思う。
義足に慣れたり、リハビリしたりは苦痛だと聞いてるけど、幸い足の方に痛みはまるでないので、頑張ればなんとかなるのではないかな。さすがにこのままずっとゴーレムに頼りっぱなしはまずいと思うし。楽ではあるけどさ。オフロードばかりだから車椅子はダメそうだしね。
お腹も膨れたし、風呂に入れてすっきりしたし、心配していた寝台もちゃんとしていて清潔で良い毛布だったので安心した。仮面の置き場所に困ったけど、確か最初に寝てたときにカバーとして置かれていたので、寝る時に仮面をかぶって寝た。透けて見えるから狭苦しく感じないし、何故か空気もこもらない感じだし。
今日は目覚めてからいろいろありすぎて何も考える暇なかったけど、結局ここはどこで、私は何なのだろう? うとうとしながらそんな事を考える。私はアサナギリンで、日本に住んでいた20代の女だったはずだ。けど今は、今もアサナギリンで、けど幼稚園から小学低学年ぐらいで、栄養状態が悪く育ちが悪かったとしても十代ではないと思える少女だ。そして片足がない。日本での事故のせいで片足がやばい感じだったのは覚えてるけど、そのせいなのかどうかも分からない。そもそもこの体の元の持ち主は誰で、どこにいってしまったんだろう? 都合よく私の中にはいないようだし、もちろんその記憶もない。それともそんなものは最初からおらず、こちらに来た瞬間にこの体が作られたのだろうか? 私は本当にアサナギリンなのだろうか……本当に私は人間なのだろうか……。
朝チュン?で目覚めたのはいつぶりだろうか。この世界にもすずめはいるのね。とか考えながら起きて、頭をカバーにぶつけた。あいててて、見えないし空気もこもった感じしないから存在を忘れていた。軽いからそれほど痛くはないけど、首の様子がちょっとおかしく感じた。頭をぶつけた時に首を痛めたかな? と思って首をさすってるとぽろっと何かが落ちてきた。
カチューシャみたいに湾曲してて、首の筋というか顎のラインというか、耳の後ろから顎へ向けてのラインに合わさる程度の大きさの装身具っぽいものだった。真ん中に大きな宝石らしきものが埋まっているし。こんなのつけてたっけ? さすったから取れたのかな?
扉の向こうから、ギャッギャといった感じの耳障りな声が聞こえる。入ってきたのはデゥズとゲゴだった。あれ? 確かにデゥズが喋ってるみたいなのにギャッギャといった意味のない声にしか聞こえない。
そういえば最初ガギたちが来た時もこんな声が聞こえてきた気がする。……翻訳機能がなくなってる? え? 昨日と違うところは? と考えると、そういえば今耳の後ろから首筋にかけてから謎のものが出てきた。首筋は多くの人に見られているのに指摘された覚えもない。寝てる間につけられたという可能性もなくはないが、ずっとつけてたけど感じなかったし、見えなかった、の方が可能性は高い気がする。ということは、今この手にあるこれを再び首筋につければ……。
「……リン様? お目覚めになられているのですか?」
前と同じでギャッギャという声も聞こえるけど意味のある日本語訳された声も聞こえてくる。やっぱりこれか。つけたけど保持できるような形ではなかったので何らかの謎力でくっついているようだ。ついている感触もまったくないし。存在を知らなければ気づかないレベルだ。実際さすらないように触ってみてもその装身具の感触がない。まるで首筋に吸収されてしまった感じだ。
鏡があったらぜひ確認してみたい。
「まだ寝ていらしているのでは?」
「そうかもしれませんが、先程大きな音が聞こえましたので」
おおっと、こっちのことで考えるのにいっぱいいっぱいで二人のことを忘れていた。
「はい、今はっきり目覚めました。どうやら寝ぼけてしまっていたようです。ごめんなさい、今起きます」
といってカバーを起こす。ベットに直置きなので足をひっこめてから。行儀が悪いけどあぐらをかく。片足であぐらだと足をくまなくていいから楽だ。バランスを取るのがちょっとむずかしいけどね。