帝国の聖女
無事、皇帝とのやり取りを終えた次の日、ハームルさんがやってきたので、ガギとともに面会した。
「これはお返しするとのことです」
弟の形見だということで皇帝に渡したものだったのだけど。自分の出自を表すものだし、皇帝の血族であるという証明となる権威の象徴なので、役立つこともあるだろうから大事に持っておくといいと、皇帝からの伝言付きで指輪を返してくれた。ありがたく受け取って以前通りという事でガギに管理を頼んだ。
「うまくまとまって良かったです。先日皇帝陛下もおっしゃっていましたが、長いお付き合いを続けることになりそうです」
ハームルさんがにこやかに別件を話しだした。
「陛下が言われていたとおり、私が名目上の、独立部隊ジュシュリの隊長となりそうです。あーでも書類上そうなるってだけで私はリン様にあれこれ指示を出すつもりはありません、むしろ私が帝国内でのしがらみの壁となるつもりです。基本的にはリン様の判断の追認となるでしょう。これは皇帝陛下もお認めになっています。むしろそうするために私が名目上の隊長になるとお考えください」
おお、帝国側で直接関わる人が、すでにジュシュリのことを理解していて皇帝陛下の信が厚いっぽいハームルさんであるのはたいへん助かると思う。
「さらに、私の上には第四軍の将軍と皇帝陛下しかおりませんから、リン様たちに無理を言う人間はいないでしょう。ですからご安心ください」
軍に組み込みたいと言われた時はどういった意図で、と思ったけど、本当に私達のことを考えてのこともあったようだ。まだ名前も知らない第四軍の将軍のことは分からないけど、その人も皇帝陛下の信が厚いみたいだし。
それからしばらくの間、帝都にとどまって、講習会を開いたり、パーティーに出席したり、なにもない時は惰眠を貪らせてもらったりした。ジュシュリにいた頃はいろいろと環境が激変したり、いつヒュージアントが襲ってくるか分からない状況だったりしたので、安心して眠れるのは最近なかったので。帝都にいる間はこちらの護衛の他に皇帝陛下の親衛隊の方々も護衛についてくれたりしていたので。
「リン姫様、お帰りになられるのですって?」
話しかけてきたのは帝国の聖女と呼ばれる、癒し手のテオン様だ。彼女は十二歳と今の私より年上だけどとても聡明でいろいろなことに興味を持っている好奇心旺盛な娘だったのでパーティーで仲良くなったのだ。と言っても今日で会ったのは三回目だけど。ちなみにパーティーはいろいろな名目で昼や夜に毎日のように行われていた。
レニウム砦に帰還の件は、パーティーに出席する前にハームルさんから聞いた話だ。広まるの早いな。それだけ注目されてしまってるってことか。
「残念ですわ、年の近い子でこんなにお話が楽しい人はリン姫様以外いませんでしたから」
「ええ、私もです、テオン様。ぜひ機会を作ってでもゆっくりとお話したいものです」
テオン様は私と同じような尖った耳を持つ金髪の美少女だ。テオン様から直接聞いたわけじゃないけどチェンジリングのハーフエルフらしい。私と同じ種族だから癒やしの術を使うのにはハーフエルフが有利なのかもしれない。
「では今度リン姫様のお膝元へ遊びに行きますわ」
「え? しかし今ジュシュリは最前線におりますし、帝国の至宝を最前線に送り込むなど……」
普段どおりの優しい笑みを浮かべながらテオン様は答えた。
「帝国の至宝だからこそ、わがままも聞いてもらえるのですわ。でもよければ次はリン姫様だけでもまた帝都に来られるというのもありではありませんか? 皇帝陛下もお喜びになられるでしょうし」
すでに私が皇帝陛下のお気に入りであるということは周囲にバレている。さすがに姪であるということまではバレていないけど。陛下がパーティーに来られると必ず私に会いに来てくれるしね。私が皇帝に新技術をもたらし帝国に利益を与えるという話まで広がっているということはテオン様からも聞いたし。
「そうですね、陛下と直々に打ち合わせをしないといけないかもですし、その際はテオン様にも伝わるよう、ハームル様にも伝えておきます」
「ああ、ハームル様の元に組み込まれるらしいですねリン姫様。……お気をつけくださいね。ハームル様は帝都のお姉様方からも大変人気のあるお方です。私やリン姫様などまだ子供と思ってくれない方もおられるようですから。ああ、ほんと、面倒くさいです」
うへぇ、それは確かに面倒くさい。確かにハームルさんは最前線に立つような人には見えないぐらい綺麗な男性だから人気あるのも分かるけど、どう考えても今の私がライバルになるわけないじゃん。帝都にいる間はハームルさんと気軽に話さない方がいいのかな。といってもハームルさんとの話っていわゆる仕事の話ばっかりなんだけどなぁ。
あーでもこういうところでもテオン様と同じ方向性らしいのは頼もしいというか嬉しい。私の心の平穏のためにもテオン様と気軽に話ができる機会を作るようにしなければ。




