防衛配置
「もう、また【最果て】からモンスターがやってきたようです。通常なら二週間は間が開くのですが……」
ワインが入っていたグラスを給仕役に戻し、ハームルさんがこちらを見る。
あーはいはい、皆まで言わなくていいよ。ジュシュリの戦力は大きいものね。
「お世話になっている以上、協力させていただきます。敵勢力次第ですが、壁に取り付く前に倒せるでしょうし」
砦に滞在した一週間のうちに、街の設備を使って整備基地や開発メインの工作所とかも作ってあるし、ちゃんと全ゴーレムの整備も完了しているはずだし、ジャベリンの量産もしていた。ジュシュリ村と違ってこちらには壁があって、その向こうは荒野ということでジュシュリに元からあったけど使えなかった武器も用意できている。
「ジュシュリの協力に感謝します。残念だがパーティーは一旦中断だ。手早く片付け、再開しようではないか。殊勲者には特別に良い酒を用意させよう!」
そう言って、あとのことは砦長に任せたようだ。砦長がこちらを見る。協力すると言ったからこちらに合わせてくれるようだ。
「砦の壁には観測兵をお願いします。こちらは壁越しにいろいろと投げます」
そう砦長に言うと、砦長は請け負ってくれた。偏見のなさそうな人で良かった。まあハームルさんが信用してる人みたいだし。
あとはこちらだ。
「ゴガ。今回は貴方にも来てもらいます。観測兵とのやりとりが出来るようにお願いします」
残念ながら観測射撃なんかジュシュリでは必要もなかったので、それの前提である観測ができるゴブリンがいないので仕方ない。砦に居を構えるなら観測ゴブリンを育てないといけないな。
「牛型ゴーレムの指揮はギグに。ガギはアレの準備を。ゲゴは……集団戦用の魔法使える? いける? ならそれで」
名残惜しいがパーティーは手早く終わらせたら再開すると言っていたし、腹ごなしも兼ねて素早くいけるようにしよう。
「あ、グゲはしばらく待機ね、打って出るのは大勢が決まってからでいいから」
「ええ? なんでですか? 前の奴ら程度なら俺が前に出てやったほうが楽ですよ」
【戦技】のグゲが駄々っ子のようなことを言い出す。
「必要のない危険はおかさなくていいからです。掃討になったら任せますからそれまで待機ね」
はーい、と気の抜けた返事をするグゲ。一騎当千なのにすごく子供っぽいんだよなぁ。これでも戦闘系ではトップだから指導者のはずなんだけどね。
皆にある程度の方針を言ってからゴブリンたちがいる区域まで急いで戻る。なぜかハームルさんが付いてきた。
「ハームルさん、なぜこちらに?」
「はははっ、砦のことは砦長に任せないといけませんし、ゴーレムの様子をちゃんと見ておきたくてですね、……迷惑でしたか?」
顔は笑ってるけど目は笑ってない。こちらの情報を少しでもつかもうという感じかな。まあ今更見られて困るようなことはないんだけどね。牛型ゴーレムの技術とかは乞われれば渡すつもりでいるし。大型はまだカードとして持っておきたいけどね。見られただけで取られるようなものはあまりないはずだ。
「いえいえ、ハームルさんにはジュシュリを預けているつもりですし、構いませんよ?」
村ではガギとばかり話してたのに、やっぱ助けたせいなのかな? あるいはさっき皆に指示をたくさん出したせいか? 今まではお飾りのトップで実質はガギが持っている、と思っていたのかもね。普段はそんな感じで任せてるしね。けどガギが私に判断をするように言ってくるんだよなぁ。私はお飾りでゴーレムの研究をしているだけの方が楽なんだけどさ。
ゴーレムの整備をしている建物までやってきた。中から慌ててハイゴブリンとゴブリンが二人ずつやってきた。
女性ゴブリンのデゥズが私に椅子を持ってきてくれて、布を広げもって私の足元を隠してくれた。デゥズは私の側仕えをしてくれているゴブリンだ。やってきたハイゴブリンの女性の一人はゼルンだ。【技工】のギグの実の娘で次期ギグでもある優秀な職人だ。彼女には私の右足の義足の制作を任せている。だいたい戻ったらまっ先に足の様子を見てくれている。
私の義足にはゴーレムで使用されている技術の応用、というか義足の技術がゴーレムを生み出すきっかけになったのだけれど、魔力を使ってそれなりに自由に動かせる高度なものだ。しかし足との接合部分にはずっと悩まされている。足に固定するのは簡単なのだけど、すぐに蒸れて、そのせいか足にダメージがいってしまうのだ。さすがに私の元の世界の義足がどうなっていたのかまでは知らないから、自分を使っての実験続きだ。
今では義足のソケット部分は足の形に合わせて形成したミスリルを使っている。軽くて丈夫、しかも魔力によく馴染むからだ。そのまま足につけるのが一番なんだけどそのソケット部分に嵌る足がかく汗の対策がまだ出来ず、吸水性と通気性がなるべくいい布で作った靴下のようなものを足につけてはめ込んでいる。義足の固定はベルトが主だけど、魔法の力も若干使って足に吸着させている。そんな作りなので定期的に足をはずして足そのものを休めて靴下を脱いで足から湿気を取り去らないといけないのだ。一度そのへんを分からず長時間調子に乗って歩き続け、足を痛めたこともあるぐらいだ。
義足のメンテナンスを任せているゼルンは慎重に私の右足から義足を取り外す。そしてもう一人のハイゴブリンの女性、というか私と同い年ぐらいの女の子でデゥズと同じ側仕えのジーゼ、が濡れた布でまず私の足を冷やしてから乾いた布で丁寧に足を拭いてくれる。今回は短時間での取り外しだったのでそこまで熱もたまっておらず、ちょっと冷っこかった。これが無理をしたときとかもう足が真っ赤になってたりするからね。
ジーゼが私の右足をメンテナンスしてくれている間、ゼルンは取り外した義足の関節などをチェックしていた。一緒にやってきたゴブリンの一人は【技巧】のギグ配下の職人ゴブリンだったようで、ギグにゴーレムたちの状態を報告していた。
ゼルンとジーゼは素早く義足と私の右足のメンテとチェックをし終えて、再び義足を付けてくれた。魔力を流し、義足とつながる。痛覚やちゃんとした触覚はないものの、体の一部分として認識できるようになる。
「ありがとう、ジーゼ、ゼルン、それにデゥズ」
ガギが私をジュシュリの姫として担いでくれたのは本当に助かった。でないと右足のない私には歩くことも出来ず、ジュシュリのお荷物だったに違いない。……いや、今もお荷物だとは思うけど、それなりにジュシュリにも見返りを渡せてると思う。大型ゴーレムや牛型ゴーレムはこの世界、少なくともジュシュリにはなかった技術、発想だったようだし。
向こうから私の護衛であるハイゴブリンのザービと少し特殊なゴブリンであるメジャーワーカーのブゥボが走ってきた。
「お待たせしました。大型ゴーレム、戦闘用牛型ゴーレム全機動けそうね。ギグ……にはアレを使ってもらうつもりだからガギが細かい指示を出して。私は大まかな指示を出します」
五神官それぞれの護衛達も集まってきた。大型ゴーレムもこちらに回してくれたし、号令をかけて南門前の広場へ向かった。




