パーティー
全然心配なかった。パーティーは私の元の世界で想像できるレベルのものであった。ケーキまであるよケーキ! 甘いものとかジュシュリでは熟れた果実ぐらいしかなかったからなぁ。
ケーキを食べながら唐突に気づいたけど、やっぱり私の感性とか思考、嗜好が体の影響を受けているようで子供っぽくなっている気がする。あっちでの私は子供の頃こそ甘いものが好きだったけど成人してからはむしろ苦手だったはずなのだ。あちらと違うこちらの雑に甘いケーキとか食べられなかったはずだ。しかし今の私は体が求めている!って感じで美味しくいただいている。
五神官たちは見慣れない食べ物を喜んで食べている私を不安げに見ている。忘れてた。彼らはケーキとか知らないよね。私がすでに食べているからやばいものではないということは理解しているだろうけど。五神官にも食べてもらってジュシュリでも食べれるようにしなくては。
私の分を切り分けてくれた給仕役の人に五神官の分も切り分けてもらった。五神官たちは慎重にそっと食べてみて目を丸くしている。
「こういう甘さのものがあるのか……」
真っ赤な長髪と肌の色が緑色なこと、八重歯みたいな牙が見えていること以外は、クール系美男子だとしか言えない見た目の【口伝】のガギは信じられない、と言った風である。ガギは長髪で尖っているはずの耳は隠れているので気にならない。
ガギとは真逆のタイプ、野性味あふれる金髪美形、という感じの【戦技】のグゲは美味しいのだからそれでよいという感じで切り分けてくれた給仕役に追加をもう要求している。
【戦技】のグゲは人間の言葉はしゃべれないのだが、今はしゃべれる。【言語】のゴガが近くにいるからだ。彼女は数多くの言語を知り、私の額飾りが持つ翻訳機能を自らの魔力で発動でき、それを他人にも使えるようにするリンクが使えるからだ。他の五神官と違い、明らかに幼い感じの美少女(ただし緑色)である。思うにハイゴブリンは美形ばかりだ。幸い私の今の体もかわいいと言えると思うので助かっているけど、万一元の世界のままだとコンプレックスで押しつぶされていたかもしれない。
ケーキを私達六人で占拠してしまったが、遠慮しているのか他のパーティー参加者はこちらを遠巻きで見るだけで近寄っては来ない。それ幸いと貪っているんだけどね。
「お、肉もあるじゃないか」
ケーキを二切れも食べたあとに【技工】のギグ、ガギとは違う系統の赤色の短い髪をしたハイゴブリンの特徴以外は普通の職人のおじさんといった雰囲気を醸し出している、がローストビーフを今度は要求していた。
ジュシュリでは塩味の焼いただけの肉しか食べていなかったので、こちらの世界のローストビーフの味は私も気になったのでギグのあとを追った。すると他の五神官もついてきた。甘いのも美味しいけど、やっぱり甘いのだけじゃ食事した気にはならないよねぇ。おやつだからね。
「皆さん、もうお越しになられていたのですね」
向こうから派手な軍服といった服装をしたハームルさんが来た。美男子がそんなかっこよさげな軍服を着ているとすごくかっこいい。
「お食事中失礼します、ご挨拶をと思いまして」
「も、もご」
つい口にものを入れたまましゃべろうとして間抜けな声が出てしまった。こんなミス成人してからは向こうではやったことなかったのに。やっぱり体に引きずられているに違いない。と心のなかで責任をそれに押し付けながら咀嚼して、改めて。
「あ、はい。お招きいただき感謝します。ジュシュリにはなかったものばかりでこのように皆で楽しませていただいています、ハームル様」
ハームルさんはしゃべりはもちろんとして動きも優雅だった。貴族かなにかなのかな? 砦の長より地位が上みたいだしね。
「いえいえ、ようこそ我がパーティーへ。今回のこれは私が個人的に開催した公式のものではないのでお気を緩めて。帝国へ行った際の予行演習と思ってください。砦の皆の慰労も兼ねてのものですし」
帝国に行ったら偉い人の前で挨拶することにもなるだろうし、その場であまり粗相は出来ない。予行演習をさせてくれているハームルさんに感謝しかない。美味しいものも食べさせてくれているし。
「しかし普段も可愛らしいのに正装されると引き立ちますな、幸い私が送った肩掛けもリン様の髪の赤色にあったようでなによりです」
光に当たると輝く真っ赤な髪をセミロングに留めているのも、あまり長いとこの世界ではうっとおしいからだ。ジュシュリには整髪料とかなかったから油で代用し、なるべく風呂に入れるようにした結果、ぎりぎり私の世界の基準でもいけるはずの髪質を維持できている。
そのために野外入浴用牛型ゴーレムまで作ったぐらいだ。すなわち荷台の代わりに湯船がある牛型ゴーレムである。お湯はクリエイトウォーターで【魔術】のゲゴが作れたので、二番風呂を約束してお湯を出してもらったのだ。こちらが提示したのは一番風呂だったのだけど私を差し置いて一番風呂は恐れ多いと固辞されたので。グゲも風呂に入れるのは魅力的だったようだ。移動は数日だったけど大変喜ばれた。三番目は女性の五神官だからということで【言語】のゴガが、そのあとは希望者が入っていたようだ。
男性は遠慮して体を拭くだけだった様子。移動前のジュシュリでは私が嫌なので強権を発動してなるべく全員に風呂に入るか、せめて水浴びをするようにさせていたので、ゴブリンにも臭いのはいないはず。砦に入ってから真っ先にやったのも風呂の確保だったし。だって人間と同じところで暮らすのにゴブリンたちが臭いとそれだけで不利になると思ったから。
ハームルさんのお世辞には適当に答えて、次の獲物を探す。すでにケーキとローストビーフで満腹に近いのだけど、このチャンスを逃したくはなかった。どうせ帝国では食べる暇もなさそうだし。と、一つ疑問に思ってることがあったんだった。
「ところでハームル様、私達は帝国の慣習には疎いのですが、女性が肩を出すのはあまり好まれないのですか?」
「さすがは聡明なリン様だ。左様でございます。公の場で肩を見せる衣装は慎みが足りないと見なされる場合があります。リン様ぐらいの子でしたらきつくも言われないでしょうし、民族衣装にまで強くは言いませんが、あまり良くは思われないでしょうからね。やはり淑女としては肩を隠しておいたほうが無難かと」
文化の違いは面倒くさいなぁ、と思いつつ、とりあえずハームルさんには微笑みながら感謝で返した。
「お答えいただいて、ありがとうございます」
「いえいえ、帝国にそのような文化があることを隠してもリン様はこのように見抜かれるでしょうし、無礼を承知でしたので。むしろますますリン様の聡明さに感服する次第です。リン様なら帝国でもやっていけると思います」
ハームルさんがいい人で良かった。ジュシュリを守ってくれるなら帝国にいてもいいと思っている。【最果て】なんてやばいものがあるならなおさらだ。無限のようにヒュージアントが湧いてくるとか地獄でしかなかったし。たぶん村でのアレは【最果て】のせいなんだろう。
そこまで考えて、そういえば【最果て】のことを詳しく聞いていないことを思い出した。まあ名前の意味や起こった現象とか思い出せば大体の想像はつくけど。
そんなことを考えながらも楽しんでいると、武装した兵士を引き連れた砦長がパーティー会場に入ってきてハームルさんへ報告しに来た。……嫌な予感しかしない。




