脱出
頼もしくもあるが、厄介な方々が来てしまった。彼らはいつも死に地を求めているのだ。年寄から死んでいくべきだと言って聞かない人たちだ。けど私はそうは思わない。特に今のジュシュリには年寄りたちの知識や経験が必要なのだ。彼らを死なせずに無事撤退するという役割が出来てしまった。確かに彼らは死を恐れないので戦力としては高い部類だけど。けど死んで戦力が減るのは指揮者としては困るんだけどなぁ。そんなに強くなくてもいいから死なずに戦線を維持できる兵士が、指揮者としては理想かもしれない。
グゲは一人で森へ突っ込んでいった。グゲについていけるものは、他に誰もいないから仕方ない。彼がヒュージアントに万が一ですらあるようには思えないし、それで帝国の兵士が助かるなら、と。
蛇亀隊がくっついてしまったので私は帝国の兵士の後ろに陣を構えた。蛇亀隊にも二機ほど戦闘用牛型ゴーレムがいたしハイゴブリンの年寄りも混じっている。ハイゴブリンは人間に近いと思うんだけど、やっぱり考え方はゴブリンなのね。
どんどんジュシュリからゴブリンたちが出発していくのも見送りながら、ゴガに頼んで村に居残りがいないか見て回ってもらった。私がやろうと思ってたんだけど、ぞろぞろと蛇亀を連れて回るわけにはいかなかったから。
どーんと森の方向から大きな音が響いた。これはグゲの戦技? 前のヒュージアントとの戦いでも後半で聞いたことがある気がする。
すぐに森から帝国の兵士たちがこちらに飛び出してきた。
「おお、お前たち! 走れ! もう少しだ!」
ハームルさんが叫ぶ。ほぼ同時にヒュージアントたちもぞろぞろと出てきた。
「友軍に当てるなよー、放てー!」
ハームルさんの部下が号令をかけてヒュージアントを攻撃する。
「蛇亀の皆さん! 今役目が出来ました。テントを解体して担架を作ってください!」
ジュシュリでは小屋は少なくテントを居住に使っていたゴブリンが圧倒的に多かった。ずっと立てたままだったので解体せず放置してあるテントも多い。それを今壊して担架を作ってもらうのだ。
「なぜ? いえ、リン姫様のご命令だ! 我らの力を見せてやれ!」
ランク老も一瞬疑問に思ったようだけど、私の言葉に従ってくれた。
ゴガたちも戻ってきたのでそれを手伝ってもらった。すぐに兵士たちがジュシュリにたどり着き、疲労で倒れていく。蛇亀隊には彼らを担架に載せ移住部隊まで運んでもらう役目を与えた。ゴガたちにもそれを手伝ってもらって先程最初に帰ってきた兵士同様の薬を与えるように頼んだ。
前線で戦わせてくれ、と文句を言いそうな年寄りゴブリンは、それをぐっと飲み込んでくれて、一つの担架につき四人の蛇亀がついて移住部隊へ運んでいってくれた。私の意図に気づいて、自分たちの望みが果たされることはないと気づいてくれたのだろう。
グゲが森から戻ってきて、逃げる兵士を襲おうとしているヒュージアントを後ろから潰していっている。……あいかわらず凄まじい戦闘力だ。
ゲゴも範囲魔法では逃げる兵士を巻き込んでしまいかねないので、単体攻撃で潰していってくれている。帝国兵士の弓も効果が高くヒュージアントたちの進軍をせき止めることに成功した。
「姫様ー! お逃げくださーい!」
グゲが叫んだ。
「リン姫様! ただちにおひきください、わたくしはグゲを回収してから合流いたしますので。ゴガ、頼みましたよ」
ゲゴがそんなことを言って、私の前に立ちはだかる。こんなゲゴは初めて見る。
「わ、わかりました。必ず生きて戻ってきてくださいよ」
二人が心配だがおとなしく下がったほうが良さそうだ。
「ハームルさんも、お下がりください」
私はゴガとまだ残っていて蛇亀だちと共に下がる前に、ハームルさんたち帝国兵にも下がるように言った。
ハームルさんはそれでも残って戦ってくれるつもりだったようだけど、私の声掛けで考えを変えてくれたようで、撤退を始めてくれた。幸い移住部隊は先程最後の者たちが出発したあとだったので良かった。まだ残っていたらたいへんだった。
移住部隊に追いつこうと、牛型ゴーレムはまだ走らせることができないので、それなりの速度で歩いていると森が爆発したように見えた。しかし爆発音は聞こえない。なんだろうと目を凝らしてみると、爆発したのではなく森から爆発したかのようにヒュージアントが溢れ出てきたようだ。
これはグゲでも抑えきれないかもしれない数だ。こんなのに追いかけらたらそりゃー、帝国兵も逃げ出す。
あれってグゲでも大丈夫なのかしら? グゲの強さは破格だけど、あんな土砂崩れのような勢いで迫るヒュージアントの大群とかどうするのかしら。
遠目だから詳しくは分からないけど、グゲの前九十度ぐらいのヒュージアントが吹き飛んだ。あれが人が出来る技なの? 少なくとも私が前にいた世界では人には不可能な技だ。……ゲームとかでは見かけたけど。そのゲームと同じような事ができるグゲ、改めてやばいと思った。味方で良かった。
そして残ったゲゴもなんか巨大な火の柱をヒュージアントたちの前に立てた。ゲゴは炎の魔法が得意だと言っていたけど、ジュシュリの周りは可燃物が多いので見たことがあったのは単体攻撃のものだけだったけど、あれは範囲っぽい。それが三本、四本とグゲを守るかのように立ち上がる。もうジュシュリへの被害や森のことも考えなくていいからと思いっきりぶっ放しているようだ。あんなにヒュージアントが出現したらもう森もぼろぼろだろうしね。
そろそろ高低差や角度でゲゴたちのいる場所が見えなくなる。立ち上がった火炎の柱は今は五本に増え、火炎竜巻となってヒュージアントたちを焼き、また寄せ付けない壁となっている。
すでにかなりの距離を稼いだし、もう誰もいないけど、ジュシュリには持ちきれなかった物資や食料などもあるのでヒュージアントに追いつかれることはないだろう。けど、なるべく早くここから離れようと、進む。ハームルさんたちもなんとか全員逃げ延びられたし、帝国兵士を運ぶということで蛇亀たちも一人もかけることなく移住部隊に戻ることができた。まだ帰ってきていないのは、グゲとゲゴだけだ。
二人のおかげで私達は生き延びることが出来た。私はなにか役に立てたのだろうか? ジュシュリの最後を見届けるというのも果たせなかったし。
「リン様、ご無事で何より。おかげさまで我らも一人もかけることなく戻れるようです」
ちょっと疲れた感じの表情のハームルさんが話しかけてきた。
「なんとかなると思ったんですが、さすがにあの数は我らには無理ですね。リン様が声をかけてくれて助かりました」
私が声をかけなければ、あの状況でも踏みとどまるつもりだったのだろうか。私達のために人が良すぎるというかなんというか、軍師には向いてなさそうな性格だ。
前からガギが来た。
「ご無事で何よりです、リン姫様」
「ガギ、ありがとう。他の皆は無事だったけど、まだグゲとゲゴが戻っていません……」
「あの二人ですか。あの二人なら心配には及ばないでしょう。彼らの生存能力は著しく高い。私なんかよりよほどね」
「はい、ガギの言うとおりだと思います。彼らは、我ら五神官の中でも飛び抜けておりますよ」
「歴代でも最高かもしれんしな。グゲなどは間違いなく、な。神話の時代を超えておるかもしれん」
そ、そこまでなのか。ギグの姿は見えないけど、五神官として移住部隊を率いてくれているのだろう。けど私はグゲやゲゴをそこまで信頼できるきっかけや時間が足りない、ということかな。
「そこまでなのですか……」
「ええ、ゲゴには条件次第では私ガギとギグ、ゴガの三人でかかっても敵わないでしょうし、グゲに至っては無条件で敵いませんからね」
私はプロトタイプ牛型ゴーレムに横乗りして右の義足を外した。それを護衛の女性ハイゴブリン、ザービに義足を持ってもらう。結構むちゃしたから赤くなってしまっている。装着時間も安全圏をオーバーしてたし。痛いけど、今は移動中なので冷やすことが出来ない。せめてということでゴガがやくそうを渡してくれた。それを自分で赤くなった足に当てる。冷やしていないのでやくそう自体が熱を奪ってくれて少し気持ちいい。
万が一にもヒュージアントに追いつかれてはいけないので、歩みを止めるわけにはいかない。せめて半日分は進まないと……。
「リン姫様、帰ってきたみたいですよ」
おお? と慌てて今歩いてきた道を見る。だいぶと遠くまで見えるはずなんだけど人影は見えない。え? どゆこと?
「上です、リン姫様」
上? 視線を上げると、空を飛んでいるゲゴにぶら下がっているグゲが見えた。なんだこれ? ゲゴって空飛べたの?
そんなに早くはないのか、ゆっくりと近づいてくる。
「おおーい」
プロトタイプ牛型ゴーレムの上で二人に向かって手を振る。皆の言っていた通り、いらぬ心配だったようだ。グゲは気づいたようでこちらを向いて何かを言っている気がする。けどさすがにまだ声が聞こえる距離じゃないようだ。ゲゴはなんか苦しそうな顔をしている。両手でグゲをぶら下げているからか、つらそうだ。私に気づいた感じはないけど、まっすぐにこちらに向かってきている。
だいぶ近づいてきたところでグゲが落ちた。……降りた、かな? 見事な着地をしてこちらに走り出した。グゲが重かっただけか、ゲゴの飛行も速くなった気がする。
「おまたせしました。グゲ、ただいま合流しました」
「ただいま無事帰還しましたわ、リン姫様」
二人がほぼ同時に私に報告してきた。良かった、幽霊とかでもなさそうだ。グゲは軽いランニング、ゲゴはまだ浮かびながらだけど。
「おかえりなさい!」




